1-1

快晴…。

丘に立ち、海を見つめる、一つの影があった。

時折吹く風が、その人物の髪を揺らし、頬をなでる。

影になっている人物は寄せては返す波を見つめる。

けれども、地は何も答えない…。

ただ、陽が降り注ぎ、風が吹きわたる。

丘から眺める海には、カモメの影一つさえも見当たらなかった。

柔らかい、秋の日差しの中、一つの影は海を見つめたままだった…。


「先生―!」

坂を駆け上ってくる、2~3人の幼い声に振り向く。

「先生、またここにいたんですね。」

「何も、来ませんよね」

「大丈夫ですよ!」

その言葉に、先生と呼ばれた人物は、ふと微笑み、そうですね、とつぶやいた。

歳は18・9といったところだろうか。

先生と呼ばれるには、いささか若すぎる。

肌は抜けるように白い。

濡れそぼったような漆黒の髪は長く、背の中ほどまである。

それを無造作に一つに束ねていた。

蒼いエリ付きワイシャツを、きっちりと上までボタンをかけている。


「そろそろ、稽古の時間でしたね」

その言葉に、子供たちは、はい!と元気な声で答えた。

4人で、その場から離れていく。

彼等の背後には丘。そして海原。

子供たちは何も来ない、と言ったが、それは彼等の願いである。

何も来て欲しくない…

ここしばらく、この町には平和が訪れていた。

だから…もうしばらく、いや、ずっと平和であって欲しい。

それは住民すべての願いであるのだ…。


主要の都市と都市の間に点在する町や村。

この町もそういった類の一つだ。

ただ、島という特殊な在り方であり、どういうわけか、気候はずっと秋の涼やかなものを保っているのだった。

まれに、旅人…巡礼者、傭兵、定住地を持たぬ商人などが訪れる。

それだけの町である。

とりたてて珍しいものが取れるわけではない。

これといった売りのある産業があるわけでもない。

平凡で慎ましい小さな町である。

ただ、四方を海に囲まれているため海賊などのならず者に襲われる危険はあったが。

“自らの島は、自らが守る”

それが、この住民の言い分であり、事実、そうしてきた。


この丘の上には、いつもと同じように、一つの影が島を囲む海を見つめている。

この小さな町のはずれにある、この場所に、たいてい同じ人物の姿があった。

その日も、その場所にその人影はたたずんでいた。

入り江のすぐ横に丘、そして一本道。これが町へと続くのだろう。

道の両脇は林。

そして町を囲む塀が見える。

この丘からは広大な海原が見渡せる。

見晴らしは大変によい。

……自分たちの町は、自分たちで……

普通なら門番でもいそうな町の入り口を見つめていた人物は、とてもとても悲しい目で傍らにある苔むした石に目をやった…

石には花が供えられており、墓であることをうかがわせる。

青い石のついた指輪をしている右手で、ぎゅっと自分の胸のあたりをつかみ、唇を噛み締め、辛そうに眉を寄せる。

再び前方に目を転じた時に、その人物の表情がやや険しくなった…。

船影が見えたのだ。

小さな船だ、せいぜい二人か三人…海賊ということはないと思うが…用心するに越したことはない。

息を殺したまま、その影がゆっくりとこの島へ近づいてくるのを見ていた。


入り江に入ってきた小舟から降りたのは、一人の青年。

しかも、腰には見慣れぬ形の剣を下げている……。


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