第13話 ずっと一緒に(叶芽・最終話)


 気づくと冬真とうまが部屋からいなくなっていた。


「あいつ……相変わらず人に無茶苦茶しておいて……勝手に帰ったのか?」 


 前日の夕方、理玖りくの家から帰ると、冬真がマンションの前で待ち構えていて、そこからお仕置きと称して襲われた叶芽かなめだが。


「昨日は本当にしつこかった……」


 今まで我慢させたせいか、冬真は深夜になっても止まらず、途中で叶芽は気絶するように眠ってしまったのだった。


「我慢させたのがかえってよくなかったのか……ん?」


 疲弊しきった体に鞭うってベッドから起き上がると、サイドテーブルに『ごめん』という書き置きがあった。


「なるほど、俺に怒られる前に逃げたってところか。もう、なんなんだよ」


 それでも講義には行きたいので、簡単にシャワーをするもの……鏡を見て絶句する。


 そのキスマークの数は異常だった。


「これは……何を着て隠せばいいんだ?」


 叶芽は首まである服を選んで着込むと、なんだか恥ずかしい気持ちで外に出た。


(キスマーク……見えないよな。冬真のやつ……覚えてろよ)




 なんとか朝の講義に間に合った叶芽は、冬真の隣の席にバックパックを置いて笑顔を作る。


「おはよう、冬真。久しぶり」

「あ、え、叶芽」


 平静を装って挨拶する叶芽だが、怒りを隠しきれてはいなかった。


 冷たい叶芽の笑顔に、冬真はたじろぐ。


「あとで時間あるよな?」 

「今日は用事が……」

「逃げるなら別れる」

「用事なんてなかった」

「良かった」


 叶芽が隣に座ると、冬真は青い顔で俯いた。




 講義が終わった後、食堂で向かい合って食事をする間、叶芽はひと言も喋らなかった。


 叶芽の怒りを感じ取ったのか、珍しく冬真も黙っていたが──


 食事がひと通り終わったところで、叶芽はやれやれといった感じで大きく息を吐く。

 

「ねぇ、冬真……何事にも限度があるってことはわかる?」

「俺には我慢の限界がある」

「それは俺のせいってこと?」

「叶芽があいつと会ってたと思うと……苦しいんだ」

「……わかった。もう理玖と2人では会わない。これでいい?」


「ほんとに?」

「ああ。俺もちょっと油断しすぎてたところがあるし」

「やっぱり、何かされたんだ?」

「……告白されただけだ」

「嘘だね。何かされただろ?」

「もう、その話はさんざんしただろ? 何もなかったって」


「キスだけですよ」

「そう、キスだけ……って、理玖!?」


 食堂に突然現れた学ランの少年に対して、叶芽がぎょっとしていると、理玖は嬉しそうに叶芽を見下ろした。


「ここ、食堂も一般開放されてるんですね」

「お前、何しに来たんだ?」


 理玖が現れたことで、いっきに機嫌が悪くなった冬真は、低い声で告げた。


 だがそんな冬真の威嚇にも、理玖はものともせず笑顔を崩さなかった。


「もちろん、叶芽さんに会いに来ました」

「叶芽は俺のだよ」

「わかってます。でも諦めませんから」

「ちょっと2人とも、公共の場でやめてよ。目立つから──とりあえず移動しよう」


 それから叶芽は食器を片付けた後、冬真と理玖の腕を引いて慌てて食堂を出た。


 そして一番近い空き部屋を見つけるなり、2人を押し込んで鍵を閉める。


「午後は講義なくて良かった」

「で、叶芽はこいつとキスしたの?」

「……うん」

「浮気者」

「……うん。反省してる」


 自分からしたわけではなくても、隙だらけだったことは間違いなく、叶芽は素直に認めた。


 冬真は険しい顔をするもの、冬真が言葉を発するよりも先に、理玖が口を開いた。


「浮気じゃないですよ。俺は本気ですから」

「でも叶芽は本気じゃない」

「そんなこと、どうしてあなたにわかるんですか?」

「ちょっと理玖、俺はお前とは付き合えないって……」

「言ってません」

「え? 言ってない? あれ?」


 昨日は酒が入っていたこともあって、理玖と何を話したのか、叶芽はぼんやりとしか思い出せなかった。


「確か、俺には冬真がいるって言ったはずだけど……」

「でも付き合えないとは言ってないですよね? そうだ! 叶芽さん、俺のスマホを壊したんですから、修理のついでにデートしましょ」

「叶芽、こいつのスマホを壊したの? なんで?」

「なんでと言われても……触ってたら勝手に壊れたんだよ」


 まさか脅迫されたとは言えず、言い訳をすると冬真が怒りの形相に変わる。


「どうして嘘つくの?」

「どうしてと言われても……」

「叶芽さんはヤキモチを妬いて俺のスマホを壊したんですよ」

「は? 何を言ってるんだ?」

「俺が女の子と写ってる写真を見てヤキモチを妬いたんです」

「なんでそうなるんだ!?」

「叶芽、本当なの?」

「いや、違う。それはさすがにない」

「ひどいなぁ、叶芽さん。熱いキスまでした仲なのに」

「お前……」

「叶芽は俺のだよ」


 言って、冬真は叶芽の首まであるニットの裾をめくりあげる。


 すると、まるで星のように無数の印が散らばった肌があらわになった。


「冬真!」  

「ああ、またお仕置きされたんですか?」


 理玖は茶化すように言うが、目は笑っていなかった。


「いいです。俺が全部上書きしますから」

「理玖、何を……」

「叶芽は渡さない」 


 理玖に殴りそうな勢いで迫る冬真を、叶芽は必死に止めに入った。


「どうして止めるの?」

「相手はまだ高校生だよ? ていうか、殴るのはダメ」

「叶芽は俺のこと殴るのに」

「それはお前が……」

「ねぇ、叶芽さん。俺なら叶芽さんを大切にしますから、俺を選んでくださいよ」


「俺だって、叶芽を大切にしてる」

「お仕置きとか言って、叶芽さんに無理させてるくせに」

「お前には関係ないだろ」

「そうやって、叶芽さんを困らせてることに気づいてないんですね」

「叶芽は俺のことが好きだからいいんだよ」

「……もう、やめてくれ」


「ねぇ、叶芽さん。本当に冬真さんのことを好きなんですか?」

「子供のくせに、大人の恋愛に口を出すなよ」

「やめてくれ、お願いだから」

「好きな人に無理させるのが大人の恋愛ですか?」

「叶芽は俺のことが好きだから……」



「──やめろって言ってるだろ!」



 とうとう耐えられなくなった叶芽は、近くにあったガラスの花瓶を叩き割った。


 こうでもしないと、止められないと思ったからだ。


 激高した叶芽を見て、冬真と理玖は驚いた顔で静止した。


「何が大人の恋愛だよ! いつも怖いって言ってるのに……冬真は俺のことを少しでも考えてくれたことあるのかよ! 大人だったら、相手をおもんぱかることくらいできるだろ?」

「……」


「それと理玖! お前が高校生じゃなかったら、ぶん殴ってるところだった。人の気持ちを引っ掻き回して楽しいか?」

「……」


「あのさ、理玖。お前の気持ちは嬉しいけど……俺には冬真がいるって言ったよね? ちょっと俺とは噛み合わないところもあるけど、それでも俺はこいつのことが……放っておけないし、好きだから。悪いけど、お前とは付き合えない」

「でも……」

「ごめんな、理玖」


 押し切るように強く言った叶芽に、理玖はもう何も言わなかった。


「……」


 それから叶芽は理玖を帰したあと、冬真と一緒に花瓶を片付けた。管理している准教授には怒られたが、必死で謝罪して許してもらった。


「……やっと帰って来れた」


 冬真のマンションに移動した叶芽たちは、リビングに入るなりソファになだれ込む。


 色んなことがありすぎて、溜め息しか出なかった。 


「叶芽」

「なんだよ」

「体、大丈夫?」

「……大丈夫だよ」

「抱きしめてもいい?」

「冬真はいつも唐突なんだよ」


 ソファに座ったまま叶芽を遠慮がちに抱きしめる冬真。


 そんな冬真の顔を伺うように叶芽が覗き込むと、冬真は泣きそうな顔をしていた。


「どうしたの? 冬真」

「……俺は心配なんだ。いつか叶芽がどこかへ行ってしまうんじゃないかって」

「何をそんなに心配する必要があるんだよ」

「だって叶芽、いつも怖いって言うから……逃げるんじゃないかと思って」

「逃げるようなことをしてるって自覚はあるんだな?」

「叶芽は何が怖いの?」

「お、少しは俺のことを考えるようになった? 俺が怖いのは、もちろん冬真のことだよ」

「俺?」


「うん。お前いつもそういう時だけ別人になるから……あとは弱い部分に触れられるのが怖い。全てをさらけ出すのも怖いし」

「もう慣れてもいいと思うんだけど」

「そう簡単に慣れたら苦労しないよ」

「じゃあ、少しずつ触れればいいの?」

「できるの?」

「……無理かも」


「もう少し待ってほしいけど、我慢させたら反動が怖いし……もういっそ、一緒に暮らす?」

「え!?」

「四六時中顔を合わせてたら、冬真も落ち着くんじゃないかと思って。ついでに冬真が抱えてる不安も拭えるだろ?」

「いつ荷物を運ぶ?」


「気が早いな。とりあえず引っ越し会社に見積もり出してもらうか」

「じゃあ、さっそく今から聞いてみよう」

「本当にお前は……」


 さっきとはうって代わり、顔をほころばせる冬真を見て、叶芽は苦笑しながらも心は弾んでいた。


 ――が、叶芽はこの選択で泣きを見ることになる。


 冬真と一緒に暮らし始めた叶芽は──ずっと一緒にいるにもかかわらず、飽きるどころか毎日のように求めてくる冬真に、ますます頭を抱えた。


 ただ、以前よりも優しく触れようと努力する冬真に、叶芽もそれほど恐怖を感じなくなったのだった。






 ***






「おい、少年」

「なんだ、知武じん兄さんか。何しにきたんだよ」


 自室の机で勉強していた理玖の背後に、幼馴染の長身の青年が現れる。


 スーツに身を包んだ知武じんは嫌な笑みを浮かべて、理玖のベッドの上に足を組んで座った。


「なんだはないだろう。お前、失恋したんだって? 慰めてやろうと思って来たんだよ」


「誰から聞いたの?」

「叶芽から。傷心のお前を支えてやってほしいって。どうせお前が振られた相手って、叶芽のことだろ?
」

「……うるさい。叶芽さんも、なんでこんな奴に言うんだよ」


「本当は気にしてもらえたことが嬉しいくせに」

「どうせなら、叶芽さんが来てくれたらいいのに」

「おいおい、諦めてないのかよ」

「諦められるわけがない」


「まあ、止めはしないが。あいつも厄介なやつに惚れられたな」

「その前に受験だけど」

「合格したら、お前のために合コン開いてやるよ」

「どうせ兄さんが楽しむための飲み会でしょ? それに俺は未成年だよ」

「だったら、叶芽を呼んでやるよ」

「ほんとに?」

「俺からの合格祝いだ」

「それじゃあ、頑張らないと」

「お、ようやくやる気を出したか」


 知武が背中を叩くと、理玖は机に向かって初めてと言っていいくらい闘志を燃やした。






                                 終わり








 *****





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