第3話 嫉妬(冬真)



 親友の叶芽かなめにはたくさん友達がいる。


 それは今に限った話ではないのだが、冬真とうまはどうしようもなく妬いてしまうのだった。


 隣にいるのが自分じゃない寂しさは豪雪のように積もりに積もって、いつか雪崩なだれを起こすのではないかと心配していた。

 

 だからといって距離を詰める勇気も、遠ざける潔さもなく。

 今日もただ、叶芽が他の友達と喋っている様子をひたすら見ていた。




「おい叶芽かなめ金沢かなざわが何か言いたそうにこっち見てるぞ」


 食堂の自販機近くで叶芽かなめと立ち話をしていた四年生の平川易虎ひらかわ やすとら冬真とうまを気にしていた。


 それもそのはず。すぐ近くのテーブルで叶芽と易虎やすとらのことを冬真は睨みつけるように見ていた。


 俺以外と喋るな、とは言えないながらも、独占欲は剥き出しだった。

 

 優しそうな見た目で、しかも人当たりの良い性格が人気の先輩なだけに、叶芽を取られはしないかと、そんな心配ばかりしていた。


 だが鈍感な叶芽は冬真の気持ちなど知らず、振り返って冬真に笑顔を向ける。


「じゃ、冬真が暇そうなので、俺行きます」

「今夜の飲み会には来いよ」

「……行けるようなら。たぶん無理ですけど」

「なんだよそれ、つきあい悪いな。前はちょくちょく参加してたくせに」

「俺の愚痴がそんなに聞きたいんですか?」


「あはは、根暗な叶芽はまだ健在なのか?」

「うるっさいな、冬真の前ではその話しないでくださいね」

「はいはい、彼氏の前ではイイ子ぶりたいんだな。いつかはバレると思うけどな」

「彼氏って何?」


 思わず真面目な顔で割り込んだ冬真に、易虎やすとらは噴き出す。


「お前のことだよ、金沢」

「え? 俺?」

「そうだ、金沢も来いよ」

「ちょっと、易虎先輩」

「なんの話?」

「サークルの飲み会に叶芽を誘っていたんだ」

「叶芽と平川先輩のサークルって、駄菓子研究会だっけ?」

「違うよ、テニスサークル!」


「あはは、確かに駄菓子ばっかり食ってるよな、うちのサークル。金沢よく知ってるなぁ」

「女子から聞いたんだ」

「そういえば叶芽がやたら合コンを開いてるって聞いたぞ。どうして俺を呼んでくれないんだ?」

「先輩には彼女がいるでしょう? 密告しますよ」

「叶芽は厳しいな」

「叶芽は行くの? 飲み会」


 冬真が凝視すると、叶芽は慌てたように首を振る。


「いや、行かないよ。俺が酒に弱いのは知ってるだろ?」

「じゃ、酒飲まなきゃいいじゃん」


 易虎が提案すると、叶芽は目を瞬かせる。


「え?」

「金沢はどうする? 気さくな集まりだし、良かったら来ないか?」

「叶芽が行くなら」

「じゃあ、2人分の料理追加しとく」

「ちょっと易虎先輩!」

「たまにはいいだろ? それじゃあな。俺はあと2コマ残ってるから、行くよ」


 食堂から出て行く易虎を見送りながら、叶芽はため息をついた。


「もう、易虎先輩はいつもマイペースなんだから」

「仲いいね」

「ああ、シェアハウスで一緒に住んだことがあったから」

「それは初耳なんだけど」

「あれ? 言わなかったっけ?」

「ああ、聞いてない。でも今は違うんだ?」


「そうだよ。先輩には色々と甘えすぎてたから、自立したんだよ」

「……へぇ。それで、叶芽はサークルの飲み会に行くの?」

「易虎先輩は有言実行の人だから、行くしかないだろうね。冬真はどうする?」

「叶芽が行くなら……俺も行く」

「そっか。じゃあ、飯だけ食って帰る感じかな」

 





 ***






 空がやや暗くなった頃。

 易虎やすとらの強引な誘いを断ることができないまま、冬真とうま叶芽かなめとともにテニスサークルの飲み会に参加した。


「すごい、今日は冬真君がいる」

「え? マジ? 私化粧直しに行ってくる!」

「ちょっと易虎、先に教えておいてよ」


 貸し切りにした小洒落たバーでは、例にれず女性陣が色めき立っていた。


 気楽な立食スタイルだが、冬真に近づこうとして争う女子たちに、隣の叶芽が驚いた顔をしていた。


「さすが冬真……人気者は違うね。俺が久しぶりに参加しても、気づく人がいないよ」

「そういじけるなって。みんな叶芽が来て喜んでる……はず」

「易虎先輩、フォローするなら断言してくださいよ」

「あはは」


 易虎が叶芽の頭をくしゃりと手でかき混ぜるのを見て、冬真の顔が険しくなる。

 2人のスキンシップを見た瞬間、胸がジリジリと焦げ付く感じがした。


「冬真くん、顔が怖いよ~! どうしたの?」

「……なんでもない」

「ほら、このチキン食べなよ。衣がサクサクで美味しいよ」


 半ばやけになってチキンを口に放り込んだ冬真は、目の前のビールを飲み干すと、座った目で叶芽を睨みつける。


 だが叶芽は向かいの易虎と談笑をしていて、まったく冬真の視線に気づく様子もなかった。


「冬真くん、何か飲む?」

「……強めの酒がいい」


 冬真がつぶやくと、女子たちはオーダーの取り合いになる。その様子があまりに激しくて、叶芽がぎょっとした顔で冬真のほうを見る。


「冬真って、人気あるとは思ってたけど……こんなにすごいんだ?」

「叶芽君も何か飲む?」

「俺は梅ソーダでお願いします」

「そろそろお時間ですので」


 叶芽の注文がラストオーダーになったところで、サークルのメンバーたちは帰り支度を始めた。


 といっても、居酒屋をはしごする気なのだろう。皆、冬真のそばから離れようとしなかった。


 叶芽と喋るタイミングもなく憂鬱な顔をする冬真だったが、そんな中、叶芽の様子がおかしいことに気づく。


「どうしたんだ? 叶芽……顔が赤い」

「へ? そお? なんかふわふわする」


 冬真は叶芽の持つグラスに口をつける。すると、強烈な甘さのあとからアルコールの香りが漂った。


「叶芽、これ……酒だよ」

「え? ジュースじゃないの?」

「店員さん、オーダーを間違えたみたいね」

「大変……叶芽くんはお酒が入ると……」


 酒が入ってぼんやりしている叶芽を見て、サークルのメンバーたちが騒ぎ始めた。


 冬真を囲んでいた女性陣がそろって次の店へと移動する様子を見て、冬真は普通じゃない空気を感じとる。


「あの、平川先輩、皆どうしたんですか……?」

「呼んでおいてすまないな。あとは君に叶芽は任せたから」


 最後に易虎まで立ち去るのを見て、冬真が呆然としていると──

 突然、冬真の腕を叶芽ががっちりと掴んだ。


「とうま、にけんめ行くよ!」


 今までに見たことのない叶芽の笑顔を見て、冬真は迷わず頷いていた。




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