第2話 大切な友達(叶芽)
昔から
高校時代は友達も多く、暇を持て余すということがなかった。
「おい、叶芽。今日はお前も来るよな? カラオケ」
「うん、行く行く。やっぱり俺がいないと始まらないっしょ?」
「全くお前は、何言ってんだよ」
「事実だろ?」
放課後になれば、いつも友達が誘ってくれた。
根拠のない自信があったし、陽キャラまではいかないが、楽しい集まりに属していた。
自分の人生はいたって
──だが、いつからだろうか。見た目と中身がズレ始めたのは。
「相原って実はそんなやつだったんだな」
「もっと明るくて楽しい奴だと思ってたのに、意外と根暗なんだな」
きっかけはサークルの飲み会だった。
大学生になり、酒が入るとネガティブな自分が暴れるようになって、表面上の友達はどんどん離れていった。
結局友達はみんな叶芽の表層部分しか見ていなかった。
だが叶芽はそれでも良いと思っていた。表面上の友達なんてまた作ればいいのだから。
簡単に作れて、簡単にいなくなる友達ばかりと付き合っていくうち、自分がすり減っていることに気づいたのは最近の話だ。
そういう付き合い方しか出来ない自分にうんざりしながらも、そうやって生きることしかできなかった。
だが変わったのは、
本当に些細なことだったが、あの時の感動はいまだに忘れられなかった。
大学の花と呼ばれる冬真を初めて見た時は、その端正な顔立ちに驚いたものだ。
だが冬真は綺麗なだけじゃない。気さくで優しすぎる男なのである。
そんな冬真と並ぶために、叶芽は叶芽なりに努力するようになった。
その甲斐もあって、冬真は常に叶芽にべったりなのだが──まるで幼い弟のようにくっついて歩く冬真のことを心配しながらも、誇りに思っていた。
「冬真、行こう」
「ああ」
午前で授業日程を終えると、叶芽はいつものように冬真をお茶に誘った。
近代的でモダンな広いキャンパスを出ると、徒歩だと30分はかかる繁華街に向かう。
隣に並ぶと、少しだけ劣等感を抱かなくもないが、それ以上に一緒にいて幸せだと思える友達は、初めてだった。
会うだけで胸が弾んで、話が止まらなくなるが、冬真はいつも叶芽の話を黙って聞いてくれた。
冬真は特別なのだ。
だから失敗はしたくなかった。
幾度となく酒の誘いを断っていることを不満に思っているのは知っている。
だが冬真にだけは離れてほしくなくて、酒を呑み交わすことがどうしてもできなかった。
いくら優しい冬真でも、ネガティブを爆発させた自分を見れば、嫌になるに違いない。
そんなことばかり考えていると、ふと冬真に手を引かれた。
「ほら、歩道から出たら危ないよ」
「あ……ごめん」
繁華街で道路にはみ出していた叶芽を、冬真が歩道側に引き寄せてくれたのだった。
冬真はときどきこうやって叶芽のことを彼女のように扱った。それも冬真の優しさからなのだと思うが、少しくすぐったかった。
「何を考えてたんだ? そんな一生懸命」
こうやって直球なところも好ましいとは思うが、ど直球すぎて辛いこともある。
「……冬真の合コンに誰を呼ぶか考えてた」
「そこまで一生懸命にならなくてもいいよ」
人に頼んでおいて、投げやりな言葉が少し
「行くの? 叶芽が?」
すると、冬真が少しトゲを含んだ言い方をする。
何を怒っているのかはわからないが、叶芽がとっさに「嘘だよ」と返すと、冬真は表情の読めない顔でこぼした。
「そろそろ合コンはいいよ」
「どうしたんだよ、いきなり」
「行っても虚しくなるだけだから」
「せっかく俺が何回もセッティングしてやったのに、一度も誰ともつきあわないのはひどくない?」
叶芽が言ってやると、冬真は意味深な視線を投げかけて、黙り込んだ。
大きな瞳に見つめられて、少しだけ背中がぞわりとする。
「冬真は、人恋しいくせにそうやって彼女作らないんだから」
何か悪いことを言ったのだろうか。
強気な口調とは裏腹に、顔色をうかがう自分がみっともなくて嫌いだった。
「叶芽は……好きな人とかいないの?」
「お、俺? いないけど」
「そうなんだ。同じだね」
冬真が嬉しそうな声を放つ。
冬真ほどの人間なら選び放題だと思うが、叶芽と同じだと喜ぶ姿が可愛くて、愛おしいとも思う。
「友達に愛おしいなんて……変かな」
「どうかした?」
「なんでもない。冬真はモテるのに勿体ないよね」
「叶芽だってモテそうなのに」
「そうかもね」
表面上の友達と同じように、明るい見た目で寄ってくる女子はいても、酒が入ると愚痴ばかりなところを知ってがっかりする人間がほとんどだった。
(冬真とはいつか、腹を割って話せるような友達になれたらと思うけど……俺には難しいな)
叶芽が自嘲していると、冬真が突然真面目な声で訊ねた。
「叶芽は今まで何人くらいと付き合ったんだ?」
ごくりと、固唾を飲む音が聞こえた。
そんなに気になる話題だったのだろうか。
真っ直ぐに訊ねてきた冬真に、叶芽も真剣に考える。
「俺は3人かな。冬真は今まで何人と付き合った?」
「……20人」
「さすがだよな、冬真様は──って、20人!?」
「あの頃は誰でも良かったから」
「今の冬真からは考えられない数だね。その容姿ならいくらでも寄ってくるのはわかるけど」
「……叶芽と付き合った3人がうらやましい」
ぼそりと呟いた声が聞こえた。
心の中で思っていたことをとっさに呟いてしまったのだろう。しまったという顔をする冬真に、叶芽は小さく噴き出す。
「俺ももっと早く冬真に出会えてたら良かったと思うよ」
叶芽が思ったままを言うと、冬真は一瞬顔を輝かせるもの、少し悩んだそぶりを見せたあと、急に暗い顔をする。
「そうだな……もっと早く友達になりたかった」
「そんなお通夜みたいな顔で言われると嘘くさいんだけど」
「いや、そんなことはないよ」
慌てて弁解するあたり、余計に勘ぐってしまいそうになるが、それもなんだかみっともない気がして、それ以上つつくのはやめた。
「俺も冬真の20人になれたら良かったんだけどな」
「20人以上だよ」
「え?」
「叶芽の存在は20人どころじゃない」
「嬉しいことを言ってくれるね、友よ」
おどけて見せると、冬真は苦い顔で笑った。
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