ふた想い
#zen
第1話 片思い(冬真)
道を歩けば女性たちが、花が咲いたように色めき立つところからついた異名だが、本人はとくに気にする風もなく。
大学内の冬枯れた並木道で痛いほどの視線を浴びながらも、
なぜならこれから始まる講義で会いたい人に会えるのだ。
冬真には同じ大学に好きな人がいた。
しかも簡単には言えない相手──同性だった。
ある程度は寛容な世の中になったとはいえ、告白するハードルが下がったわけではないので、気持ちを告げることはできないでいた。
マイノリティである限り、相手の気持ちが同じである可能性は低いのだから。
かといって、
冬真は今日も胸を
「あ、冬真! 昨日はどうだった?」
朝一で講義室に入るなり、親友の
染めたことのない艶やかな黒髪に伏し目がちにも見える切れ長の瞳。
どちらかと言えば色気のある目をしているが、笑うと可愛い雰囲気になるのが叶芽の魅力だった。
目が合うだけでぞくりとした。
だが冬真はやましい気持ちなどおくびにも出さずに親友の仮面で笑顔を作る。
「ダメだったよ、収穫なし」
「合コンに行きたいっていうから、集めてあげたのに。またダメだったの?」
呆れた顔をする
冬真はそんな叶芽のトレーナーの襟からのぞく肩を見つめた。
(首周りが広すぎ……なんでそんなに無防備でいられるんだろう)
などと考えながらも、冬真は表情には出さずに言葉をかける。
「集めた本人が合コンに来ないっていうのもおかしくない? 叶芽だって、今フリーなんだろ?」
「いいんだよ、俺は。今じゅうぶん幸せだから」
叶芽は口癖のように『自分は幸せだ』と言う。その言葉が、冬真の胸にいつも刺さった。
自分は叶芽といるだけでこんなに苦しいのに、どうして叶芽だけ幸せなんだろう……などと、一人思い悩んでいることを、叶芽が知るはずもなく。
なので叶芽に当てつけるように合コンをセッティングさせていたが、悲しくなるのは冬真のほうだった。
「いいよな、叶芽は毎日が楽しそうで」
「冬真こそ、そんなに幸せになりたいなら、さっさと彼女を作ればいいのに」
「今回も好みの子がいなかったんだよ」
合コンのたびに、叶芽と比べてしまう自分がいた。それでどれだけ好きかを自覚するもの、日に日に膨らむ気持ちを持て余していた。
(ああ、好きだ、好きだ、好きだ)
叶芽に言えたらどれだけ幸せだろうか。
そしてこの地獄はいったいいつまで続くのだろうか。
いっそ叶芽と距離をとりたいと思ったこともあったが、それでも目で追ってしまう自分がいて、どうにも制御ができなかった。
「冬真は大学内で一番カッコいいって言われてるし、めちゃくちゃモテるのにもったいないね」
「どうでもいい子にモテたって仕方ないよ」
「どうでもいいなんて、ひどいこと言うよね」
叶芽が少しだけ怒り口調で口をとがらせる。
そんな怒った顔さえも可愛くてたまらないと思うのは、もはや末期だろう。
だが冬真の
「あのね、
「ね?」と、可愛く首を
わざとやっているのか、あざとすぎて可愛さよりも憎さが勝った。
だが相変わらず表情管理が得意な冬真は、意識していることすら見せずに気軽に声をかける。
「叶芽の今日の予定は?」
「午後はとくにないけど」
「じゃあ、呑みに行く?」
「俺がお酒苦手なのを知ってて言ってるでしょ?」
「あはは、叶芽は呑んだら三秒で寝るんだよな?」
「わかってるなら、言わないでよ」
本当は知っていた、叶芽が酒に強いことも。
だがなぜだかわからないが、叶芽は冬真の誘いをいつも断った。
最初は本当に酒が苦手だと思っていたが、他の友人が叶芽と飲んだ時のことを喋った。
本人は秘密にしたいらしいが、友人のほうがうっかり喋ってくれたのだ。
だから知りたかった。どうして叶芽が冬真の誘いを断るのか。
だがそんなことすら、冬真は聞く勇気がなかった。
「なら、ちょっと散歩に行かないか?」
「はあ? 散歩? この寒空の下で?」
「寒いからいいんだよ」
寒さは自分の衝動を抑えてくれる。
この恋心を悟られないためにも、場所の選択は必要だった。
大学近くには、湖と街が一望できる灯台がある。夜は絶好のデートスポットだが、人のいない昼間に行くのが冬真は好きだった。
だが寒さに弱い叶芽は、見晴らしの良い灯台の足元で冬真を睨みつける。
「ほら、やっぱり寒いじゃん!」
「この寒さの下で見る景色だから綺麗なんだよ。それがわからないなんて、叶芽はお子様だな」
「なんでそう悪態をつくかな。俺になにか恨みでもあるわけ?」
「それはあるかも」
「なんだよそれ、いったい何を恨んでるの?」
「なんだろうな」
すべてが愛しすぎて、この時間がずっと続けばいいと冬真は思う。
だが学生でいられるのもあと一年と少し。
卒業すれば、今のように一緒にいられることはなくなるだろう。卒業後のことは想像もつかなかった。
「なあ、座らないか」
「ええ? この寒い中、あえて冷たいベンチに?」
冬真は目の前のベンチにどっかりと座ると、叶芽に向かって余裕の顔を見せる。
「お、意外とあったかい」
「え? ほんと? ……冷たっ」
「あはは」
「もう」
こんな簡単なウソに引っかかるなんて──冬真は少しだけ叶芽の将来が不安になる。
だが、愛しい気持ちのほうが強く、抱きしめたい気持ちを必死にのみこんだ。
ああ、苦しい。だけど、愛しい。
自分だけを見てほしいとは言えないが、せめて自分だけの親友であってほしいと思う。
「こうすれば温かいだろ」
「え」
冬真は隣に座る叶芽の手に自分の手を重ねた。
ささやかなぬくもりに、叶芽は苦笑する。
「冬真の手よりホッカイロが欲しいよ」
冬真は小さく笑って、叶芽の手に重ねた自分の手に力を込めた。
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