35.ふりきれ


『ハルくん』


 ユキナの声。


 それに俺は顔を上げる。


「ユキナ? ユキナなのか……⁉」


 顔を振り回し、声の発生源を追う。そうすると、また少女の声が話しかけてきた。


『ハルくん。来てしまったのですね……』


 再度響いたその声。それで俺はその声が放送機から響いていることに気づく。


 どうやら別の場所にいるユキナが通信機越しにこちらへ話しかけているらしい。


 突然響いたその声に、俺だけでなくマクシミリアン達ですら困惑の表情を浮かべていた。


「……ユキナ様の声だと? これはいったい……」


『僕が許可した』


 また別の声。


 今度は少年の声だ。それに俺は聞き覚えがあった。


「ジュリアン」


『ああ、そうだよ。ハル・アリエル。ああ、いや。マグヌス・レインフォードと呼んだらいいかな?』


 こちらをあざ笑うような声音でそう話しかけてくるジュリアン。


『あまりにも哀れだったからね。最後の慈悲さ。君がそうまでなって助けようとした女との会話を少しは楽しむといい』


 あからさまな侮蔑を隠そうともせず声音に乗せて、ジュリアンがそう告げる。


 そんなジュリアンに代わるようにして再度、ユキナの声が俺へ話しかけてきた。


『ハルくん。私は、わた、しは……』


 俺の名を呼び、なにかを伝えようとしてくるユキナ。


 そうして彼女が告げた言葉は──





『私は──





 拒絶の言葉。


 ユキナに、嫌いだ、と告げられて俺は、絶句する。


「───」


『あなたのことがずっとずっと私は嫌いでした。本当に、心の底からずっと──』


 俺のことを呪うユキナの言葉。


 だが、それが彼女の本心でないことを俺は知っている。


 シエラが彼女自身に懸けた呪い。それによって俺のことを嫌うように精神を操られているのだ……それは俺もわかっている。


 わかっているのに……。


──どうして、こんなにも胸を引き裂くんだ……。


 胸が痛い。


 ユキナから嫌いだと言われるごとに俺の胸をギリギリと締め付けるような痛みが襲う。


 嘘の言葉だとわかっているのにかき乱される心に、俺はようやく自分の本心に気づいた。


「ああ、そうか、俺は──」


──ユキナのことが、好きになっていたんだ……。


 いつからだったかはわからない。


 でも、気づいたら彼女を愛していた。


 自分でも笑っちゃうぐらい単純な答えに。いまさらになって気づく。


 ゆえに、俺は彼女からの拒絶の言葉にひどく胸が締め付けられた。


 呪いによる言葉だと、そうわかっているのに、それでも俺は──


『──ハルくん。私はあなたのことが嫌いです。だから、あなたと、はお別れ──ッ』


「……? ユキナ……?」


 ユキナの言葉が途中で途切れた。


 その上で荒い息が放送機を通して聞こえてくる。


『わ、たし、は……。ハルくんのことが、きら……い──‼』


「───」


 否定の叫び。それをユキナが突如として叫ぶ。


 それは、しかし俺を拒絶するためではなく。


 自分の意志を捻じ曲げる精神干渉系術式を否定するものだった。


『ふざけないでくださいッ。私がハルくんを嫌う? そんな想いを抱くわけがありません‼』


 絶叫が響き渡る。


 少女からありったけの声量で発せられたその声は、確かに俺の耳を劈いた。


『はっ⁉ ちょ、お前なにをいって──⁉』


 突然の言葉にジュリアンですら戸惑いの声を出す中で、ユキナはその言葉を口にする。


『私は、わた、しは──ユキナ・ヴァン・ユリフィスは! この程度のことに負けはしません! 私の意志は、私の想いは! 私だけのものですッッッ‼‼‼』


 ユキナが魂の絶叫をあげた。


「ユキナ──」


 俺は驚きに目を見開く。


 呪いで精神を侵されていたはずの少女が、その呪いに打ち克ち、自分の想いを口にした。


 それが俺には衝撃的だった。


 一度かけられた呪いに意志の力だけで抗う。


 原理上は可能だ。だが、それが容易ではないのも俺は知っている。


 だけど、ユキナは成した。


 その事実にただただ驚く俺へ、ユキナは叫んだ。


『ハルくん。負けないで! 私は、あなたを信じています……!』


「………」


──ああ、本当にこの娘は。


 思わず、俺は苦笑を漏らしてしまう。


「ここまでされて、俺が情けない姿をさらすわけにはいかねえよな」


 立ち上がる。


 そんな俺の姿を見て、特務隊の精鋭達が身構えた。


 状況は包囲下。


 体はズタボロで、決して優勢とは言えない。


 そのような現状で、逆転するにはどうすればいいのか?


──簡単だ。俺が、いまここで【呪い】を振り切ればいい。


 やるべきことは最初からわかっていた。


 俺は【呪い】によって魔導基幹の働きが阻害されている。


 さらにそれへ心的外傷が結びついて〝人を魔法で攻撃できない〟という症状も伴っていた。


 逆に言えば、俺が俺自身の心的外傷さえ乗り越えることができれば、それらすべてを解消することができるということも意味していて──


──【呪い】に……かつての後悔にここで打ち克つ……‼


 そのために必要なことはなにか。


 単純だ。


 ただ、向き合えばいい。


 かつての後悔に。


 かつての罪に。


 かつての──親友に。


「───」


 意識を自分の内側へ向ける。


 魔導師の訓練には、瞑想などの精神面における手法が存在している。俺はそれを応用することで、自分の内面にある【それ】へ意識を向けた。


 真っ暗な闇へ、落ちていく。


 深い深いそこへ堕ちていく過程で、いくつもの景色がよぎった。


 それらは、俺がこれまで歩んできた過去の断片だ。


 ユキナとの出会い。


 学校でアルス殿下に婚約話を持ち掛けられた時。


 さらに過去へ。


 学校の景色が映る。


 俺を取り囲む生徒達。


 そこにいる彼らは全員が全員俺へ、視線を向けていた。


 俺を取り囲んで、そして彼らはそれを叫ぶ。


!』


『さすが、最年少で魔導一種を取得した天才だ!』


『ありがとう! 君が私達の命は助けられた!』


『君は素晴らしい人間だ。あんな銃乱射事件を起こす奴とはぜんぜん違う!』


「………ッ」


 鳴り響く賞賛の声。


 俺のことを取り囲み、誰も彼もが俺を褒め称える。


 それと同時に響くかつての親友を貶す声。


 アルフレッドを悪しざまに言うそれらに俺は、違う、と叫びたかった。


 あれは俺のせいなんだ、と。


 でも、それは届かない。誰も彼もが俺の行いを素晴らしいことだと讃える。


 沈む、沈む。


 過去は過ぎ去り、さらに奥底へ。


 そこで俺は、親友の姿を見た。


【………】


「よう。アルフレッド」


 押し黙り、ただただこちらを見据えるその両目を俺は静かに見返した。


 まっすぐとその憎悪が込められた眼差しを見据える。


「まあ、なんだ。そのいろいろと言いたいことはわかるよ。お前が俺に対してなにを想っているのかも、想像がつく。その上で、でも、これだけは言わせてくれ」


 告げて、まっすぐとその眼差しを見やり、そして俺は。


「すまなかった。君の居場所を奪ってしまって、君を──殺してしまって」


 深々と頭を下げる。


【………】


「許せ、なんて今さら言わないさ。でもずっと謝りたかったんだ。君の居場所を奪い取って、あまつさえ、命すら……そのことを、ずっと後悔していた」


 告げて、俺は顔を上げる。


 まっすぐと、その両目を『視』る。


「でも、それはここで終わりだ」


 俺は告げた。


「俺は君を振り切るよ」


 その言葉を最後に、俺は背を向ける。


 親友にもう目を向けることはない。


「さようなら。俺の後悔。俺の……親友」


 別れの言葉を告げ、俺は俺の心的外傷かこを振り切る。


──卑怯者。


 俺の背に、そう言葉がかけられた。


 それに、俺は唇を緩めた──





     ☆





「───」


 目を見開く。


 こちらを睨む特務隊の精鋭達。俺を包囲するその姿を見渡す。


「さて」


 刀の鞘へ手を添わせる。


「面倒事を片付けるとしようか」


 雷鳴が鳴り響いた。


 魔力を燃え上がらせ、発した


 それが一瞬で駆け抜け、周囲を薙ぎ払う。


「ば、かな」


 倒れるマクシミリアン。


 彼と共に気を失う特務隊の精鋭達。


 それをなした俺は、刀を振り抜いた姿勢から立ち上がる。


 鞘へ刀を収め、そのまま背後へと振り向くと、こちらを睨みつける監視装置があった。


 俺はそれへ指を突き付ける。


 その顔に不敵な笑みを浮かべ、俺はそれを告げた。


「待っていろ、ユキナ。いま、迎えに行く」











────────────────────

一つお知らせをば。


更新日時を変更します。

理由は別で書いている小説もクライマックスの展開に入って執筆量が激やばなぐらい増えたからです。


新しい更新日は次の通りとします。


旧更新日時:月、火、水、金の4日更新。


新更新日時:月、火、金の3日更新。


水曜日と木曜日の二日お休みをいただきます。

このことでご迷惑をおかけすると思いますが、ご理解いただけると幸いです。

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