34.圧倒をもって制する
俺は建物の中を順調に突き進んでいた。
「いたぞ、止めろ!」
「無駄だよ」
室内戦用に重心を短くした自動小銃を抱えながら突っ込んでくる警備員。
銃口を向け乱射するが、それは魔導師には無駄だ。
魔導師が常にまとっている【情報強化】は歩兵携行銃器ぐらいならば、いっさい傷つかないほどの防御力を持つ。
そうして俺は銃弾をものともせずに警備員の一人へ接近。
その腹に強烈な掌底を叩き込む。
「ぐはっ⁉」
叩き込まれたそれによって意識が刈り取られる警備員。
「こちとら強制執行令状を持った猟兵様だぞ! 俺を邪魔するということは、帝国の法秩序に対する挑戦であると知れ!」
俺の叫び声に、他の警備員がひるんだような顔をする。彼らはそもそもこの建物を守るためだけに雇われた人間だ。おそらくはユリフィス家ともそこまで深い関係ではあるまい。
金銭で雇われただけの人間が、魔導師を、それも令状を掲げ持ち帝国の法的正義によって立つ俺を敵に回していられるほど覚悟は決まっていないだろう。
案の定、警備員達の間に迷いが生まれていた。
「……わかった。我々も犯罪者扱いは好ましくない」
そう言って警備員達が武器を地面に置き降参の体勢を取る。
俺はそれにホッと息を吐いた。
「ああ、そうしてくれ。こちらとしても無駄に交戦したくない」
なんと言っても俺は魔法で人を攻撃できない。拳を使えばある程度遣り合えるとはいえ、それにも限度があるから、あまり戦闘にならなければそのほうがよかった。
ゆえに降参してくれた警備員にそう告げて俺はその場を進もうとした──まさに、その時。
「──やれやれ、これだから雇われはいざという時に役立たない」
廊下に突如として響いた言葉。
同時に、魔力の増大を俺は肌で感じ取って緊急回避を行った。
直前まで俺がいた場所を光線が突っ切っていく。
一般攻撃術式──魔力を直接変換して生み出した光で攻撃するそれが、落雷のような轟音を響かせて空間を焼いた。
事象改変で光を生み出すのではなく魔力そのものを〝光と言う現象〟に変換する術式であるがゆえに魔導師の【情報強化】を容易く抜くその一撃。
それを躊躇なく放ったのは、廊下の奥。そこにいつの間にかたたずんでいた一人の男だ。
ざんばらな髪をした巨躯──その姿に俺は見覚えがあった。
「あんたは決闘の時の──」
「覚えていてくれたようで何よりだ。その通り。私はユリフィス特務隊の総隊長マクシミリアン・フォルツハイト」
そう自分の名を名乗った男──マクシミリアンは、俺が以前ジュリアンとの間で行った決闘においてジュリアン側の代理人として参戦したユリフィス特務隊の人間である。
「なんであんたがここに……?」
「ここはユリフィス家直轄の企業だ。その警護として特務隊が出張るのはおかしいとでも?」
傲然とマクシミリアンはそう告げてくるが、それを馬鹿正直に信じるわけにはいかない。
おおかた、シエラの命を受けて、出張ってきたとかそんなところだろう……つくづく用意周到な女である。
「そうかい。それは別に構わないんだけどさ。あんたいま魔法を使ったよな? わかっているのか? 俺が、正式に令状を持ってここに突入してきた猟兵だって」
「もちろん。だが、勘違いしないでほしい。これは正当防衛だ」
「は?」
まさか、正当防衛を主張されるとは思わずそう変な声を出してしまった俺に、マクシミリアンは冷えた眼差しを俺へ向けてくる。
「なんでも誘拐幇助の疑いだのなんだのとこちらへ突入してきたようだが、そのような事実はない。よって、貴様が掲げた令状にも正統性はなく、むしろそのような令状を理由に暴力行為に及ばれたこちらの方が被害者だと言える」
と、白々しくもそう告げるマクシミリアンに俺は目を細めて彼を見た。
「……なにを今さら。お前達が、そんな法的正当性を唱えられる立場だと思っているのか?」
「さてな。だが、我々からすれば不当な権力行使がされていると抗議せざるをえまい」
あくまで自分達は被害者だと主著するマクシミリアン。
その傲岸無恥さに俺は苛立ちもあらわにマクシミリアンを睨んだ。
「ふざけるなよ。だったらユキナのことはどうするというんだ……⁉」
「ユキナ・ヴァン・ユリフィスは自分の意思でこの場に来た。実際に君は、ユキナ様から斬られたと聞いたぞ。それがなによりも事実ではないかな?」
「それはお前達がユキナに精神干渉系の呪いをかけたことが原因だ。彼女の意志じゃない」
マクシミリアンの戯言を俺は真正面から切って捨てた。
魔導師として彼女が呪術にかかっていたのは、感知している。それによって彼女の精神が歪められていることも。
だからこそ、マクシミリアンの言葉を否定する俺に、マクシミリアンは依然冷たい眼で、
「そのような事実はない。ユキナ様は、ユキナ様の意志で貴様と決別した」
真っ向からぶつかり合う俺とマクシミリアンの意志。
互いに互いの主張を譲るつもりはないのは明らか。
ならば、するべきことは一つだった。
「知らねえよ。とにかく俺はユキナを救助できればそれでいい」
「自らの元を去った女を追いかけるのはみっともないぞ」
その言葉と同時に俺達は激突する。
俺は踏み込みと同時に刀の柄へ手を掛け、居合の要領でそれを抜刀。
鋭く走った斬撃が、マクシミリアンの胴を凪いだ。
一方のマクシミリアンも魔導師だ。俺の斬撃ごとき、展開した【防壁】で簡単に防ぐ。
そこからの反撃として一般攻撃術式を放つマクシミリアン。
至近距離からの一撃を俺は【加速術式】も併用した足さばきで回避し、そのまま床、壁、天井と駆け抜け頭上を取る。
「シッ!」
直下からの振り下ろしを見舞う。
魔導師だからこそできる変則的な動き。
それによって頭上を取った俺の一撃にマクシミリアンははたして──
「甘い!」
衝撃が全身を衝き抜けた。
──第二種攻性術式【
それは純粋な加速度だ。
ただし、その速度は音速を超える。
最新鋭の複合装甲に守られた主力戦車の装甲ですら、勢いのあまり液状化させて粉砕する一撃が俺を襲った。
「───ッッッ‼」
魔導師でも浴びればひとたまりもないそれを、しかし俺は何とか受けきる。
直前で展開した【防壁】が衝撃の八割を。
残り二割は常時展開している【情報強化】の防御力で乗り切った。
「……さすがに堅いな。伊達に【魔王種】殺しとは言われていないか」
自分の魔法を防ぎ切った俺を見て、マクシミリアンがそう評する。
一方の俺は、地面で受け身を取る姿勢を取りながら、マクシミリアンを見上げた。
「容赦ねえな。まだ警備員が残っているんだぞ」
「不慮の事故はしかたあるまい」
肩をすくめ、そう言ってのけるマクシミリアン。
さすがに巻き込まれてはたまらないのか、事態を見守っていた警備員もそこで蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
結果、その場には俺とマクシミリアン以外の人影が消えた。
「さて、邪魔もなくなったことだし。ここからはもう少し本気を出して戦おうか」
「……そうだな」
マクシミリアンの提案に俺は同意しつつ刀を構える。
ただ俺の内心は言葉ほどの余裕があるわけではなかった。
なぜなら俺は魔法で人を攻撃できない。
これは俺の心的外傷に起因するものだ。
『──君が魔法で人を攻撃できないのは、かつて魔法で友人を会止めてしまったという心的外傷が原因だ。それと【呪い】が結びついたことで、精神的にはもちろん、物理的にも魔導基幹の働きを阻害し〝人を魔法で攻撃する〟という行動そのものを取れなくしている』
主治医である女医からかつて言われた言葉を思い出しつつ、俺は体内で魔力を熾した。
その上で攻性術式を演算し──だが、途中で起こった頭痛にそれをとめられる。
「………ッ」
頭を割り砕かんばかりの激痛。それのせいで演算途中だった攻性術式が演算できず、やむなく俺はそれを放棄した。
俺自身の心的外傷が原因となって、俺は魔法で人を攻撃できない。
さらに【呪い】とも結びついているせいで、ろくに攻性術式を演算することもできない状況で、それでも俺はあえて強気な笑みを浮かべた。
「互いに一対一だ。正々堂々と決闘するとしようぜ!」
強がりは百も承知。
それでも俺はあえてそう強気に見せることで自分の弱点を覆い隠し、そして攻めへ転じる。
踏み込み、マクシミリアンへ接近した。
攻撃魔法が使えない以上、俺にできるのはただ刀でもってマクシミリアンを切ることだけ。
それだけに集中し接近する俺に、マクシミリアンも拳を構えることで応える。
「ああ、そうしよう」
と、マクシミリアンが告げるのと──
──俺へ複数の影が襲い掛かったのは同時だった。
「───⁉」
突如として現れ、俺を四方から取り囲むようにして接近してくる影。
俺はとっさの判断で【防壁】を展開した──結果として、それが俺を助ける。
そのおかげで放たれた攻撃魔法を防ぐことができたからだ。
「一人じゃなかったのかよ⁉」
「当たり前だろう。圧倒をもって制する。それが、我らユリフィス家の家訓だ」
宣言と同時にマクシミリアンの周囲に立つ複数人の影。
その数は全部で四人。
どいつもこいつも隙が一つも見当たらない。そんな特務隊の姿に俺は額から汗を落とす。
「……以前の連中とは違うな」
「その通り。以前はお遊びのために連れてきた新兵だった。対し、ここにいるのは正真正銘の精鋭。ユリフィス特務隊の中でも上位に位置する勇士達だ」
マクシミリアンの宣言通り、彼らは巧みな動きでもって俺へ接近してくる。
やむなく俺は【防壁】を展開。それによって攻撃はできずとも、動きを制し、その隙に刃を振るって一人を持って行こうとした。
だが、それを特務隊の精鋭は容易く防ぐ。
「───‼」
一人が動きを止め、その隙に残りの三人が俺を包囲し、同時攻撃を行う。
たまらず俺は回避を選択した。
だが、それは間違いだった。そうして退いた俺へ特務隊の精鋭達が肉薄してくる。
「……ッ! クソがァァァッッッ‼‼‼」
絶叫し、俺は無理やり接近を試みた。
相手の攻撃を食らうのも承知で体をねじ込み、腹へ手痛い一撃を喰らうのと引き換えに精鋭の一人へ接近。そいつに対して斬撃を叩き込んだ。
さらにもう一人を、と俺が踏み込みをしようとして──
「まるで獣だな。栄えある帝国魔導師としての品もない」
そんな俺の動きを見切ってマクシミリアンが一般攻撃術式を打ち込んでくる。
奔る光条は、踏み出しを行った俺のそんな隙を狙いすまして打ち込まれ。
強かに俺の体を貫いた。
「がっ──‼」
肩が焼かれた。とっさに身を捻ったことで、なんとか直撃はさけたが、それでも掠った光線によって右肩の体組織が燃え上がり、一瞬で炭化。
そんな俺をマクシミリアン達、ユリフィス特務隊の精鋭達が包囲してくる。
「これでしまいだ」
冷徹にこちらを見下ろしながら腕を振り上げるマクシミリアン。
絶体絶命の状況だ。
このまま、俺は負けるのか、とそう諦めそうになる中──それは起こった。
『ハル君』
頭上。そこからユキナの声が突如として響き渡ったのだ。
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