33.幕間狂言/ユリフィスの魔力

新年あけましておめでとうございます。

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 ……少し時間はさかのぼる。


 ユキナは、その中の一室でとある人物と対面していた。


「ジュリアン……様」


 自分とよく似た銀髪の少年。


 そんな彼──ジュリアン・ヴァン・ユリフィスがユキナの軟禁されている部屋に現れた。


「やあ、久しぶりだね」


 言いながら雑な動作でユキナの目の前に座り込むジュリアン。


 ソファガベルに腰掛け、ジロリとした眼差しをユキナへと向ける。


「ずいぶんな状況になっているみたいだね。いいざまだよ。僕に逆らうからそうなる」


「………っ」


 ジュリアンからの鋭い言葉に顔を歪めるユキナ。


 それでも彼女はジュリアンのことをまっすぐとその瞳に捕らえた。


「それは、不法を行った者の台詞としてはふさわしくないと思います」


「あっ?」


 まさかユキナから反論が来るとは思わず、ジュリアンがあからさまにその表情を変える。


「……僕に対して逆らうとは良い度胸だね」


 ジュリアンがそのまなじりを鋭くする。


 それに対して、しかし意外にもユキナが引くことはなかった。ユキナ自身も驚くことに、そのような視線を受けても、彼女自身の心は凪いだままで、以前なら抱いていたであろう恐怖も畏れも、そこにはない。


「私はいまハル・アリエルの婚約者ですから」


 ユキナがそう言い返すのに、ジュリアンは大きく舌打ちをする。


「ハル・アリエル。ハル・アリエル……どいつもこいつも、本当に気に入らない」


 吐き捨てるようにそう告げるジュリアン。


 だが、意外なことにジュリアンはそれ以上言葉を続けることはない。


 それどころか疲れたようなため息すらついて見せるジュリアンにユキナは怪訝な顔になる。


「ジュリアン様……?」


「……少し、僕の現状について話そうか」


 唐突にジュリアンはそんな呟きを漏らす。


 そのまま彼はユキナがなにかを言うよりも先にポツリポツリと自身の現状を語りだした。


「いまの僕は最悪な状況さ。回りの連中は離れて行った。家では腫物を扱うように遠巻きに去れるし、口がさない者は、僕を罵ってきて見境がない」


 言いながらも、その光景を思い出してなのか、声に苛立ちを混じらせるジュリアン。


「それもこれもあの決闘に負けてからだ。たった一度、決闘に負けただけで僕の名誉は地の底まで落ちた。僕があの決闘で直接戦わったわけではないのに、どいつもこいつも僕のことを名門の出身者でもなんでもない奴に負けた情けない奴として扱う」


 心底からの憎悪を込め、掌を返してきた者達を呪うジュリアン。


「どうしてだ? 僕はユリフィス家の直系じゃないのか? 十二騎士候の一角として、その才能は尊ばれるべきだ。なのに一度決闘に敗北しただけで、どうしてそんな風に扱われなければならない? 僕はユリフィスなのに──」


 それとも、


「──僕が、ユリフィスの魔力を有していないから、そうなるのか?」


「え──」


 ジュリアンの告白にユキナが目を見開く。


 一方、ジュリアンは自分の掌を睨んでいた。


 その眼差しには自らこそが一番憎いという感情がにじみ出ていた。そうして己を憎悪する眼差しを自らの掌に向けながらジュリアンは吐き捨てる。


「意外かい? 僕がユリフィスの魔力を有していないのが。そうだよ。僕はユリフィス家の者ならば誰もが継ぐ才能を持っていない。氷結系の術式という、ユリフィスの象徴たるそれを」


「それは」


 言葉を詰まらせるユキナ。


 彼女としては、なんと答えたらいいのかわからなかった。


 対するジュリアンは、そんなユキナをあざ笑う。


「君はユリフィスの魔力を持っているから、いいよね。それだけで僕と違う。本家直系なのにユリフィスの魔力を持たないからこそ一度の失敗で見限られる僕と、蔑まれていても、その血の魅力を無視できない君とでは」


 ああ、本当に妬ましい、とジュリアンは呟いた。


「僕は結局才能なんてないのさ。知っているかい。僕は黄金の世代の一人に数えられるが、それすらもその黄金の世代に十二騎士候の直系がいないからって、無理やりにそこへねじ込んだんだよ。すべては、十二騎士候の見栄のために、ね」


「───」


 黄金の世代──それは現代を生きる魔導師の中でも特に突出した才能を示した十代魔導師に与えられた称号だ。


 その中にはマグヌス・レインフォードこと、ハル──そして、いまユキナの目の前にいるジュリアンもその中の一人に含まれていた。


 だが、同時にジュリアンは知っていた。


 自らが黄金の世代に数え上げられるのは、単純に十二騎士候側の見栄だと。


 十二騎士候直系の血筋に連なる者で黄金の世代と呼ばれる者がいないことを疎んだ十二騎士候側が、無理やりジュリアンをその地位に押し込めたのだ。


「だけど、僕に才能はなかった。ユリフィスの魔力も持たない。それどころか本物の天才って奴にすらも負けているのさ、僕は」


 くく、ははは、と喉を引きつらせるように笑い声を漏らすジュリアン。


「でも、僕はそれでもあきらめない。そんな連中を見返してやる──ユキナ・ヴァン・ユリフィス。君を娶って、ね」


「──ッ。それは!」


 ユキナが顔を上げる。その視線の先で彼女は、狂気にまみれた目を見た。


「僕自身ではもう無理だ。僕には才能がない。でも、僕の子供はその限りじゃないだろう。腐ってもユリフィスの血筋。その魔導師としての才能は極めて高い。そこに〝本物の〟ユリフィスの魔力をもった血を混ぜれば、それは盤石なものとなる」


「───」


 らんらんと輝き、ユキナを見やるジュリアンの眼。


 その瞳に宿る狂気に圧され、ユキナが後ずさるが、しかしジュリアンはそれを許さない。


 逃がすまいと自らユキナとの距離を詰めるジュリアン。


「逃げるなよ。ユキナ・ヴァン・ユリフィス」


「──ッ。こないでください!」


 言ってユキナは手を振り上げる。


 伸ばされたジュリアンの手を強かに打って振り払い、キッとした眼差しを自分とよく似た銀髪の少年へ向けた。


「私は、ハル・アリエルの婚約者です! 私自身が、そうあろうとする限り、私は、決してほかの誰かのものにはなりません……‼」


「……へえ、そういう言うんだ……」


 ユキナの言葉にジュリアンが目を座らせる。


 感情の抜けた表情でユキナを見やり、その上で彼はこう口を開いてきた。


「だけど、ハル・アリエルははたして君を助けに来るかな? 君自身がああもひどく傷つけた彼が、いまさら君を助けるために動き出すと?」


「……それは」


 とっさに反論ができなかった。


 ジュリアンの言葉は事実だ。


 たとえ精神干渉系術式の影響下にあったと言っても、ユキナがハルを傷つけた事実に変わりはない。それが理由でハルが自分を助けにこないかもしれない──そういう想いはユキナの中にも確かに存在していた。


「認めろよ。あいつとの関係を君が、君自身の手でぶち壊した」


 そう告げてユキナに諦めるよう迫るジュリアンに、はたしてユキナは、


「それでも私はハル君を信じます」


 強い眼差しがそこにあった。


 曇ることなく、真正面からジュリアンを見詰めるユキナの眼差し。


 逆にジュリアンの方が気圧されるほど純粋な瞳にジュリアンが顔を引きつらせる。


「……なにを、根拠にそんなんことを──」


 言うんだ、とジュリアンが継げようとした──まさにその時。





 ドォォォオオオンンンッッッ‼‼‼





 轟音がジュリアン達を襲った。


「きゃっ」


「……⁉ なんだいったい!」


 いきなりの爆発音と振動に体勢を崩すユキナとジュリアン。


 そこへドタドタと足音を立ててユリフィス家の人間がその部屋の中に入ってくる。


「て、敵襲です! 猟兵が、襲撃してきました!」


「は、猟兵?」


「まさか──」


 ユリフィス家の人間が叫んだ言葉に、ジュリアンは怪訝と眉を顰め、一方のユキナは両眼を見開いて顔を上げる。はたして、ユリフィス家の人間はその名を叫んだ。


「猟兵の名はマグヌス・レインフォード! 雷霆! 【魔王種】殺しのマグヌスです!」


 ユリフィスの人間が叫ぶと同時に階下で轟音が鳴り響く。


 雷鳴の音に似たそれと共に上階にまで届くほど膨大な魔力の波動がジュリアンとユキナの肌を叩く。特にユキナはその魔力の波動に強く覚えがあった。


「ハル君──!」


 口元を押さえ、その両目に涙を浮かべる。これはハルの──マグヌスの魔力だ。


 二年前、ユキナがまだ十三歳だったときに間近で浴びたそれと同じもの。


 そんな忘れようもない魔力を捕らえて気色を浮かべるユキナに対し、ジュリアンは盛大に舌打ちを漏らした。


「クソッ。話が違う! いくらなんでも早すぎるだろうが⁉」


 叫びジュリアンはユリフィス家の人間を睨んだ。その上で彼は、顔を真っ赤にしながら、怒鳴り声をあげる。


「おい、いったいどうするつも──」


「──あまり怒鳴るものではないわよ、ジュリアン」


 しかしジュリアンの言葉はまたしても遮られる。それにジュリアンは一瞬顔を歪めたが、しかし遮ってきた相手を見て途端にその表情を変えた。


「し、シエラ様……⁉」


「うふふ、ごきげんよう。私の可愛いいジュリアン。それとユキナも」


 クスクスと笑いながら二人の元へと歩み寄ってくるのは、長い銀髪をまとめるでもなく伸ばす女──シエラ・ユリフィスだ。


「大変なことになったわね。まさかこうも早くマグヌス・レインフォードが突入してくるなんて思いもしなかったわ」


 シエラ達の予想ではハルやそのほかの勢力がユキナ救出のために突入するまでもうしばらくの時間がかかると見ていた。


 その間に、潜伏をするための拠点への足を確保するはずだったのにそれがすべてご破算となったことへ、シエラにしては珍しく不満そうな表情を浮かべる。


「帝室の力でも頼ったのかしら。まったく我が国は立憲君主制の国家よ。軽々と帝室が権力をふるうものではないわ」


 シエラがそう一般論を口にしながらも、自身の部下でもあるユリフィス家の人間を見やり、


「それで、状況は?」


「ハッ! 現在警備部で足止めをしておりますが、いかんせん相手は猟兵……とてもではありませんが、止めることは難しく」


「まあ、腐っても黄金の世代。魔獣達の王たる【魔王種】を討伐して見せただけはあるわね」


 困ったようにそう笑いながらシエラはそう呟く。その上で彼女はやれやれ、というように左右に頭を振りながら、それを口にした。


「ならば、特務隊を出しなさい」


「特務隊……?」


 シエラの言葉にユキナが怪訝な表情を浮かべる。特務隊。それは、ユリフィス家が保有する精鋭の戦闘魔導師部隊のことだ。


 それを出すように告げたシエラにユキナが怪訝な顔を歪め、それをシエラが見とがめる。


「あら、以前ハル・アリエルとの決闘に負けた特務隊を出しても無駄だといいたいのかしら」


 シエラがユキナに視線を向けながら言う。ユキナはそんなシエラの言葉に対して沈黙をもって答えたが、その態度から見ても図星だというのが見え見えだった。


 対するシエラは、そんなユキナを見て、クスクスとした笑みを浮かべ、


「残念だけど。これから出る特務隊は、お遊びだった決闘の時とは違うわ──ユリフィス家直轄たる戦闘魔導師。その真なる実力を発揮する猛者たちよ」


 そうして数百年の時を生きる魔女は妖しく笑った。

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