32.たった一歩を踏み出す覚悟


『──つまるところ、君の中にある【呪い】は君自身によるところも大きいのだよ』


 一年半前。俺が【呪い】にかかった時に、俺の主治医である女医がそう告げた。


 彼女は足を組み、その視線を手元に資料へと落としながら言う。


『かつて、私は君に自らが転生者であることを明かすな、と言ったな』


『それは、転生者と言う存在がこの世界の人間にとって劇物だからだ。この世界の人間にとって、異世界の転生者の魂というのは、異質な存在だ……そうだと知れば、強烈な忌避感情を抱きかねないほどにな』


『これは生物的な本能に起因するものだよ。魂の違いというのは、いわば肌の色や人種……はては種族の違いよりも深い断絶を引き起こす』


『賢明な人間でもそれを知っただけで強烈な忌避感情を引き起こすだろう。なぜならば、魂の性質は種の保存欲求にも直結する。より良質な魂の在り方を求めるのが生物としての本能だとすれば、異世界のそれは、まさにそんな本能に反する異物と言わざるを得ない』


『不気味の谷という言葉を知っているかな? 自動人形の姿が、より人に近づきすぎると人が自然と抱く忌避感情のことだが、魂の違いというのはそれをより強烈にしたものとして襲ってくる──人によっては瞬時に憎悪を抱いてもおかしくないほどの、ね』


『君の親友があのような凶行に及んだのもつまるところそういうことだ』


『もちろん、もともと精神的に追い詰められていた。家庭環境が決してよいとは言えなかっただろう。だが、それだけならばまだ耐えられたかもしれない。少なくとも銃の乱射なんて真似に及ばなかったかもしれない』


『だが、彼は君が転生者だと知ってしまった。君に対する強い嫉妬を抱いていた彼にとってそれは強烈な感情の変化を引き起こしたことだろうな。もともとあった感情にこの世界の人間が転生者へと抱く忌避感情が合わさり、それはすさまじい憎悪へ発展したのは想像に難くない』


『人間という生物は肌の色どころか、人種が違うというそれだけでも他者へ残酷になれる生き物だ。それが転生者という存在ならばどうなるか……まっているのは強烈な排斥だよ』


『歴史上において人類が何度も繰り返してきたように、人類という存在は、自らの中に存在する異物を排除しようとする性質を持っている。種の保存欲求として自らの子孫に悪影響を与えると判断した存在を間引く本能が、あるいは人類にはあるのかもしれないな』


『転生者という存在は、容易にその対象となりうるものだ。先ほども言ったようにこの世界の人類から見て種の存続に悪影響を及ぼす異物は存在自体を許せないだろうからな』


『ましてや彼は君に対して強烈な嫉妬を抱いていた。活躍し、周囲から賞賛される君と落ちぶれる一方な君とを比べて、自分がこの位置にいるのは君のせいだと思い込んだのだろう』


『それでも、普通は自制心が効く。特に優れた魔導師ほど魂の性質から感情よりも理性の方が強く精神に影響を与えることが多いのだ。彼はギリギリで立ち止まれただろう』


『だが、君が転生者だったことで、それが外れた。本来感情に支配されないはずの魔導師が感情的にあのような行動に走った──すべては、異世界の魂というものをもった転生者への嫌悪感とそれを排除することで本能的欲求を満たすために、だ』


『ゆえにあの事件は君自身が引き起こしたともいえる──』





『──?』





 そこで女医がはじめて俺を視た。


 青い瞳がこちらへと向けられる。前世ではあまりみなかったそれ。


 しかしこの世界ではよく見るその『眼』が俺を視すくめる。


『私もその考えは否定しないよ。理学者のはしくれとしても、その考えに理があることを認めよう……君の考えているとおり転生者の魂とは異物なのだから』


『だが、そのせいで君は君自身に懸けられた【呪い】を強くしてしまっている』


『そもそも、だ。いくら呪術に対して高い適正を持っていたとしても、呪いと言うのは簡単にかけられるものではないのだ』


『対象に協力な呪いをかけるには相応の準備が必要になる。ましてや相手が強力な魔法力を持った魔導師ともなれば、なおさらに』


『それでも呪いをかけるには……そうだな、同じ血縁であるとか、そういう条件がなければ簡単にかけられることはできない。よしんば呪いにかかったとしても魔導師が持つ呪いの抵抗力によって効力は中途半端になるし、それも時間と共に自然と解呪されていく』


『なのに、君がかかっている【呪い】は君の魔法力に反して、いまなお強力に作用し続けている。本来の法理学上の原理を考えてもあり得ない現象だ』


『ならば、そうなっているのはその【呪い】をかけた相手ばかりが原因ではないだろう』


『君自身の後悔。あるいは心的外傷というべきものが、君の中の呪いを強力にしている』


『いわば、病気に罹っている患者が、自らに病原菌を投与し続けるようなものだ。君は君自身の後悔によって自らを呪い、それが君の親友がかけた呪いと結びつき【呪い】となった──』


『だから君の【呪い】は解呪できない。なぜなら、その【呪い】をかけている張本人は君の親友ではなく、なのだから』


『そんな君の【呪い】を解呪するには、君が君の力で後悔を振り切る以外にない。君の【呪い】の根源が君自身の心的外傷にあるとするのならば、それを解消する以外に手はないだろう』


 女医が鋭い眼差しを向けながら、俺に告げる。





     ☆





 ……そんな主治医とのやり取りをなぜだか、俺は思いだした。


「──俺の【呪い】の根源は俺自身の心的外傷にある、か」


 言いながら自分の手を見下ろす。転生したことで肌の色も、大きさも、質感すら変わってしまった自分の掌。


 遠い記憶にあるかつての自分の手と似てもつかないそれが、自らが転生者なのだという事実をまざまざと見せつけてくる。


──だからこそ、俺は、俺自身の罪を背負い続けなくちゃいけない。


 フレッドをあんな凶行に走らせたのは、俺自身だ。俺が転生者だと彼に告げなければ、彼はああまでも俺への憎悪を募らせることはなかっただろう。


 俺は本気でそう思っているし、フレッドもきっとそう思っていた。


 でも、同時にいまは別のことも考える。


「ユキナ」


 脳裏に思い描くは銀髪の少女。


 出会ってまだ数か月。でもそれだけの期間共に過ごすうちに、俺の中で彼女の存在が大きくなっていた。


 自分でも意外だ。正直、この感情がなんなのか、名前を付けることはできない。


 ただ、それでも一つ言えることは──


「──ああいう別れ方は嫌だな」


 彼女との最後が、あんな形なのは嫌だ。


 どうしてそう思うとか、自分にそう思う資格があるのか、とか、いろいろな感情が脳裏を駆け巡っては、消えていく。


 いっそがんじがらめになりそうな感情を、しかしいまだけは抑えた。


 彼女の幸せを願った誰かがいた。


 彼女の幸せを壊そうとする存在がいる。


 ならば、それで動くのは猟兵として、当然だ。


「よし」


 パンッと頬を叩き俺は顔を上げる。


 そうして気合を入れた俺は顔を上げた。


 目の前にそびえたつ高層建築。


 ユリフィス家が所有する企業の本拠地でもあるそこにユキナがいる。


 俺が【導の魔眼】で探して、確かに見つけ出したその建物を見て俺は決意を固めた。


「さて、行くか」


 一歩を踏み出す。


 カツカツ、と音を立て真正面から建物の中に入った。


 日も暮れたいまの時間でも建物の中には数多くの人が残っていた。


 そうして働く人々は、しかし突然入ってきた俺の姿を見てギョッと目を見開く。


 無理もない。いまの俺は完全武装なのだから。


 服装は戦闘魔導師用の戦闘服。


 腰には跳躍機動装置が吊るされ、眼鏡を取った顔面は、髪は押し上げ、すっかりマグヌス状態のそれになっていた。


 なによりも彼らの注目が集まったのは、俺の右腰。


 そこに吊るされた一振りの剣……否、刀だ。


 前世では日本刀と呼ばれ、こちらの世界では暁都あきとがたなと呼ばれるそれを腰に吊るした俺がいきなり現れたことに建物中の人間が固まる。


 俺はそんな中をまっすぐ突っ切り、受付の前へ立った。


「ど、どのようなご用件でしょうか……⁉」


 受付に立つ女性社員は俺の姿を前に怯えた表情を見せたが俺はそんな彼女を安心させるようににっこりと微笑む。


「ご安心ください。要件は大したことではありません──」


 言いながら俺は懐に手を突っ込む。


 そこにある紙の感触をしっかりと確かめながらそれを引き抜いた。


 大きく広げ、受付の社員のみならず周囲の人間すべてに見せつけるようにそれを掲げる。


「猟兵だ! ユキナ・ヴァン・ユリフィス嬢の拉致及び監禁幇助の容疑で、この会社を強制捜査させてもらう!」


 強制執行令状を掲げ見せる俺に集まる驚愕の視線。


 殿下を急かして手に入れたものだ。


 しっかりとした法的手続きを踏んで取得したそれを示し、俺は行動を開始した。


 戦いの火ぶたが切って落とされる。










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