29.あいしているだけでは、救われない


「───」


 血しぶきが舞った。


 ふるわれた刃からしたたり落ちる赤い液体。


 それを視線だけで見下ろしてユキナは目を細める。


「……傷は、浅いですか」


 ユキナの視線が俺へと向けられる。俺の肩にはいましがたユキナの刺突でできた傷が。


 俺は傷口を押さえながら、ユキナに信じられないという想いを抱いた眼差しを向ける。


「ユキナ⁉ いったいなにを……‼」


「決闘を、と言いました。私達の関係に終止符を打つ。そのための決闘を」


 言いながらユキナがまた細剣を構える。一歩の踏み込みは、瞬時の肉薄に変わった。


「───ッ‼」


 とっさの回避。


 頬を刃が抉る。それを見てユキナは苛立つように眉根を寄せ、


「マグヌスさん。なにをしているんですか? あなたほどの戦闘魔導師が、この程度の攻撃で傷を受けるなんて……なんて、情けない」


「……ッ。この──‼」


 横薙ぎに振るわれた斬撃を俺は、


 その腕には魔力が灯っている。


 ──第三種防性術式【情報強化】


 自らの肉体を構成する情報構造そのものに干渉し、これを魔力で強化することで、すさまじい膂力と強度を得る魔法。


 俺は、それを使ってユキナの斬撃を受け止めたのだ。


「いい加減にしろ! なんで、俺と君で争う必要があるんだよ⁉」


 ユキナのふるった細剣を右手で受け止めながら、俺はユキナを睨みつけて叫ぶ。


 対するユキナは押し黙ったまま、刃を引き、そのまま刺突の姿勢を見せた。


「あなたと話す言葉はありません」


 一閃が振るわれる。


 躊躇の欠片もないそれをしかし俺は今度も受け止めた。


 ……一般に魔導師同士の戦いというのは、簡単に決着しない。


 戦闘魔導師は常に【情報強化】によって身を守っている。この【情報強化】はいわば魔力でできた鎧だ。魔導師はこれによって機関銃の連射にすら耐える防御炉欲を得ている。


 この【情報強化】を突破する方法は二つ。


 一つは単純に【情報強化】でも防御しえない一撃を相手に加えること。


 そして、もう一つが──


「フッ!」


 ユキナが鋭い刺突を見舞ってくる。


 俺はそれにたいしても防御をもって対処しようとした。


 だが、その刺突は俺の予想に反して、こちらの右腕を深く抉る。


「………⁉」


 抉られて血が舞った右腕に俺は驚愕の目を向けた。


「──なるほど、これぐらいの魔力を込めれば、あなたの防御を突破できるのですね」


 血がしたたり落ちる右腕を見て、ユキナが冷静に言葉を口にする。言いながら彼女は、その刃にとてつもない魔力を込めていく。


 魔導師が纏う【情報強化】を突破する方法の二つ目は、いまユキナが見せた通りのもの。


 つまりは、相手が纏う魔力を上回る魔力でその【情報強化】を無効化すること。


 現代の魔導師がいまだに剣でもって戦う理由の一つでもあるそれによってユキナは俺の防御を抜いて、攻撃を食らわせてきた。


 帝国最難関である魔導一種を取得した俺の魔力が低いわけがない。


 それをやすやすと突破しえたのは、ユキナの魔力がそれだけ膨大である証拠だ。


 俺と拮抗するか、下手をすれば超えるだろうほどの魔力量を纏わせて刃を振るうユキナに、次第と俺は追い詰められていった。


「防戦一方では、私に勝つことなどできませんよ」


 冷酷にそうユキナは告げて刃を振るう。


 一閃された刺突が、俺の体を抉り、血しぶきを宙に舞わせた。


 それでもなおユキナは止まらない。


「攻撃してこないんですか?」


 冷酷にユキナが告げる。


 心底から冷えた眼差しを俺へと向けるユキナ。


 どうしてこうなったんだ、と俺は自問自答する。


 原因はわかっていた。いまもそばで俺達のことをニヤニヤと見やるシエラだ。


 あいつがなにかをユキナに吹き込んだから、彼女はこんな行動に出ているのだろう。


「ユキナ、待て! 話しを──」


「──話す言葉はありません、と言いました」


 俺の言葉を切って捨て、ユキナの刺突が俺の首筋を抉る。


「………ッ」


 痛みに思わず顔をしかめてしまった。


 いまの刺突、少しでもずれていたら首の太い血管を抉っていただろう。


 それがわかってしまったから、俺は顔を青ざめさせる。


 一方のユキナはそんな俺を冷たく見下ろして、


「反撃したらどうですか?」


「……ッ‼ できるわけがねえだろうがッッッ‼」


 叫び声が喉から迸った。


 ギリッと音を立てそうなほどユキナを睨みつけて、俺は感情のなままに声を轟かせる。


「さっきからなんなんだよ⁉ 意味が分かんねえよ‼ 言いたいことがあるんだったら、刃じゃなくて、言葉で語ってくれ‼ きちんと説明してくれなかったら、俺だってわかんねえんだよ‼ なあ、ユキナ‼」


 少女の名を叫んだ。そうしてユキナを見詰める俺に、はたして彼女は──


「話す言葉はありません」


 一閃が振るわれる。


 躊躇の欠片もないそれをしかし俺は今度も受け止めた。


 ……一般に魔導師同士の戦いというのは、簡単に決着しない。


 戦闘魔導師は常に【情報強化】によって身を守っている。この【情報強化】はいわば魔力でできた鎧だ。魔導師はこれによって機関銃の連射にすら耐える防御炉欲を得ている。


 この【情報強化】を突破する方法は二つ。


 一つは単純に【情報強化】でも防御しえない一撃を相手に加えること。


 そして、もう一つが──


「フッ──‼」


 ユキナが鋭い刺突を見舞ってくる。


 振るわれたそれは精確に俺の喉元を狙っていた。


 俺はそれを前に、今度も受け止めて防御しようとした──だが。





 俺の左腕が貫かれる。


 肉を抜き、骨を砕いて貫通した刃がそのまま俺の喉元へ迫った。


 膨大な魔力が宿された刃に俺はなせるすべはなく。


 そうして迫る刃は俺の喉元へと達し、そして貫く──





 ──





「───」


 とっさの回避。おかげで膨大な魔力が宿ったそれを回避しなければ、脳裏によぎったいまの光景が現実のものとなっていたことだろう。


 戦闘魔導師が展開しているもう一つの術式【未来視】のおかげで、直前にその攻撃を回避することができた。


 だが、その一方で俺は今見た未来に恐怖を覚える。


「本気で俺を殺す気なのか……?」


「ええ、そのつもりです」


 躊躇もなく断言するユキナ。俺はそんな彼女を前に愕然となる。


「人を魔法で攻撃できない、でしたか……かつての友人を殺したぐらいで、そのような無様をさらして──魔導師として情けないとは思わないのですか?」


「───ッ」


 ユキナの言葉に俺は顔を歪ませる。


 彼女が言う通り、俺は人を魔法で攻撃できない。


 それもこれもすべてかつて親友をこの手でかけたという心的外傷が原因だ。


 だけど、そのことをユキナに──婚約者である彼女にだけは言ってほしくなかった。


「よりにもよって、なんでお前がそれを口にするんだよ、ユキナ‼」


 叫び、俺は拳を握りしめた。


 本気の怒りを込めて、俺は拳に魔力を込める。


 とにかくいまは一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。


 そんな感情に支配されたまま、俺はユキナへ無理に接近しようとした。


 対するユキナは、そんな俺の拳を静かに見やり、


「なんだ」


 ユキナの視線が俺へ向けられる。


 その青い眼差しが、俺の黒い眼を見据える──そして、


「やれば、できるではありませんか」


「───」


 ユキナの言葉に俺は両眼を見開いた。


 それが起こったのは、まさにその時だ。


「でしたら、私も本気でやらせてもらいます」


 ユキナが構える細剣の切っ先が俺へと向けられる。


 同時にユキナの体内で膨大な魔力が燃え上がった。


 ごうごうと音を立てていると錯覚するほど莫大な量の魔力を練り上げるユキナ。


 それを前に俺が固まる中、ユキナはその術式をなんの躊躇もなく発動した。





 ──【氷禍】





 帝国の主神より与えられたユリフィスの奥義が解き放たれる。


 この世の摂理そのものを捻じ曲げ、空間中にある熱量を完全に消失させる魔法。


 それが俺へ襲い掛かった。


「かっ──」


 一瞬で体が凍結する。力が抜ける。視界が昏くなっていって、意識がなくなりそうになる。


──これが、神威術式、かよ……。


 抵抗は無駄だった。どれだけ俺が防御を固めようと、周辺の熱量そのものを無に帰すユリフィスの奥義を前にしては無意味。熱量を奪われた体は一瞬でその活力を消失させた。


「ゆき、な」


 それでもなお、意志の力を振り絞って手を伸ばす俺へ、ユキナはその青い眼差しを向け、


「私の勝ちです。これで、ようやく──」


 ユキナが小さくなにかを呟く。


「───」


 それを聞いて俺は両眼を見開いた。


 一方のユキナは背を向け、どこかへと歩き去っていく。


 遠ざかる少女の背中を、俺はただ見送るしかできなかった。


 俺の意識が暗闇に落ちる。












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