28.うそつき


 その連絡を受けた時、俺はあやうく受話器を落としそうになった。


「……ユキナの行方がわからない……?」


 ユキナが通っている習い事教室からの連絡。それを聞いて、愕然とそう問い返す俺へ、向こうの担当者は首肯を返してくる。


『はい、ユキナ・ヴァン・ユリフィスさんが、時間になっても、現れないもので、なにが、ご事情は知りませんでしょうか?』


 担当者からそう聞かれるが、あいにく俺は心当たりがいっさいない。


 真面目なユキナのことだ。


 習い事が嫌になってずる休みをした、ということはあり得ないだろう。


 だとすれば、事態はより深刻な可能性を増した。


「まさか──」


 思い出すのは一か月ほど前。こちらへ越してきて間もないころに起こった誘拐事件だ。


 あの時、家に待ち構えていた賊にユキナが攫われた状況と、いま起こっているそれが俺の中で重なる。


「あの事件で凝りてなかったのかよ……‼」


 魔導師というのはどれほど強欲なのか。


 またも少女を攫った連中に怒りを覚えながら、俺は急いで家を出た。


 誘拐されたとなれば、問題はユキナの居場所だ。


 前回と違い、俺も関知しない場所で攫われた以上、探すのは難しいだろう──


 ──ユキナを探すのが、俺じゃなければ、だが。


「───」


 俺は両眼に魔力を灯す。


【魔眼】発動。


 発動する【魔眼】の名は【しるべ


 効果は単純明快。


 というただそれだけ。


 要するに、探し物をするためだけの【魔眼】である


 だが、この【導の魔眼】があれば、例え行方知れずとなった人間だろうと見つけ出すことが可能なのだ。実際、


「見つけた」


 ユキナを見つけるまで時間はかからなかった。


【魔眼】の導きを受け、街を駆けずり回った俺が、やってきたのはアンネール市の片隅にある小さな公園。


 なぜこんな場所に? と首を傾げながらもその中へ入っていった俺は、しばらく歩いた先で、見覚えのある銀色の髪を見つける。


「──! ユキナ!」


 俺が名を呼ぶと、その視線の先に立つ少女は、ビクリと肩を揺らした。


「……ハルくん……」


 ゆっくりとこちらへ振り返るユキナ。


 そんな彼女を見やりながら、俺はホッと安堵の息を吐く。


「よかった。無事で……」


 見たところ怪我などはないようだ。


 だったらどうして、習い事の教室から姿をくらましたのか、とか気になる点はあったが、そんなことよりも少女が無事に見つかったことの方が俺にとっては重要だった。


「まったく、どうしたんだよ。行方不明になったって聞いて心配したんだぜ」


 苦笑を浮かべながら、俺はユキナの方へと近づいていく。


 彼女へ手を伸ばして、帰ろう、と俺は口にしようとした。


 だが、しかし──


「……ッ! 近づかないでください……‼」


 ユキナの絶叫。


「え──」


 いきなり言われたことが理解できなくて、俺はその場で固まる。


 一方の俺にユキナはその目じりを鋭くして、こちらを睨みつけてきていて……、



「───」


 突然の言葉に、俺は自分の頭が真っ白になった。


「なん、で」


 俺の問いかけに、ユキナが顔を歪めた。まるで、痛みを覚えたように……、


「ハル・マグヌス・アリエル=レインフォード」


 ユキナが口にしたその名は、俺の本名だ。


 ハルであり、マグヌスでもある。


 どちらも俺にとっての本名。


 ただ長いから略しているだけ。


 しかしそれをユキナの前で名乗ったことはない。


 それなのに──


「なんで、その名前を……」


「私が教えたからだよ」


 声。


 驚いて振り向いた俺は、その視線の先でユキナとよく似た──しかしユキナとは似ても似つかない超然とした容姿の女が立っていた。


「シエラ」


 シエラ・ユリフィス。ユリフィス家の最長老がそこにいた。


「なんで、お前が」


「ユリフィスの最長老として、ユリフィスの者と共にあるのがおかしいとでも?」


 口の端を曲げるように笑いながら、いけしゃあしゃあと告げるシエラに俺は鋭い眼差しを向ける。そんな俺の視線を受けてもシエラは平然とした顔を浮かべていて、


「あら、怖い。仮にも【魔王種】を討伐した戦術級魔導師にそんな眼差しを向けられたら、恐ろしくて恐ろしくてたまらないわ」


「ざけたこと言ってんじゃねえよ、クソアマ。テメェ、ユキナに何を吹き込んだ……?」


「ふふ、なにをって──」


「──シエラさま」


 ユキナがシエラの言葉を遮る。


 そのまま彼女は、その深い青色をした瞳を俺の方へと向けてきた。


「ハルく──いえ、マグヌスさん」


「───」


 おそらくはあえてだろう。俺のことをハルではなくマグヌスと呼称するユキナ。


 俺と言う存在の別の在り方へ、そう告げながら彼女から向けられる睨みつけるような眼差しに俺はしかし気圧されまいと一歩前へ出る。


「ユキナ。そこの人から何を言われたのかしらないが、気にしなくていい……そ、そりゃあマグヌスとしての正体を隠していたことは悪かったが。これにも事情があって──」


「そんなこと、どうだっていいです」


 ザッと音がした。驚いて顔を上げた俺は、その視線の先ですさまじい炎が宿る瞳を見た。


「ユキナ……?」


 思わず俺が彼女の名を呼んでしまう中、ユキナはただただ俺を見据え、その腰元へ手を伸ばす──見れば、そこには一振りの細剣が吊るされていた。


「あなたが本当はマグヌスさんで、そのことを私に隠していただとか、そうしてずっとうそをつき続けていたとか──


 ユキナが細剣を引き抜く。明確にその刃を俺へ向けて、彼女は告げる。


「決闘をしましょう」


「は──?」


 いきなり告げられた言葉の意味がわからなくて、戸惑う俺に。


 ユキナはただただ冷えた眼差しだけを浮かべて言う。


「決闘を。あなたと私の関係に終止符を打つためのそれをしましょう?」


「待て、ユキナッ。いったい君はなにを──⁉」


 ユキナの言葉に俺が慌てて真意を問いただそうとするが。


 しかしその前に、彼女が鋭く踏み込む方が早かった。


 迫る刃。


 抜き身のそれが、俺の首を狙って──





 ザシュ。

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