25.信じられる者が信じられるとは限らない


「……俺とユキナが帝室に利用されている……?」


 シエラが告げた言葉に、俺が浮かべたのは呆れた表情だ。


「なにをいまさら。俺とユキナは国から決められて婚約したんだぞ。それだってユキナの血を巡って魔導師が争っていたから、それを止めるために決められた婚約なんだから、利用されていないわけがないだろうが」


 もともと俺とユキナが婚約することになったのは、ユキナのその特殊な血を巡って、魔導師達が争っていたことが原因だ。


 純血主義勢力と静戦を行っている現代。自由主義圏の盟主であるアルカディア帝国が半ば内戦じみた事態になっているのはいけないから、とそれを止めるための婚約だった。


 だけど、シエラはそんな俺の言葉に首をかしげて見せて、


「あら、私はそっちについて指摘したのではないわよ」


「なに……?」


 訝し気な顔をする俺。そんな俺を視てシエラは薄く唇の端を吊り上げた。


「そもそもなのだけど、あなたはユキナの〝特殊な血〟がなにか知っているかしら?」


 シエラからの言葉に俺はユキナの事情を口にすることへやや気が引けたが、しかし相手はユリフィスの長老だと思いなおし、それを口にする。


「……ユリフィスとアーキュリオス。皇帝派と黄金派の両方の血を継ぐって話だろ」


「ええ、そうよ。そう、ユキナはあなたにそこまで教えていたのね」


 仲がいいのは素敵なことだわ、などと告げるシエラ。


「だったら知っていると思うでしょうけど、魔導師が彼女を巡って争っていたのは、その二つの血を彼女が継いでいるからよ」


「だから、それがいまさらって話だろ。そんなことを何度繰り返すんだよ」


「それじゃあ、聞きたいのだけど……そのことはどこから漏れたのか知っているかしら?」


 と、告げるシエラ。その上で彼女はこう言葉を続けてきた。


「あなたもジュリアンの態度なんかをみたらわかると思うけど、ユリフィスにとってユキナのは恥として分類される存在よ。少なくとも積極的に自分から口外するようなものじゃないわ」


 言われて見れば確かに、その血を巡って魔導師達が相争っているわりにはユリフィス家のユキナにたいする扱いは悪い。


 それはユキナの血のことを想えば、魔導師の感覚としては俺も一応の理解はできる……納得するかは別だし、なんなら吐き気を催すほど気色の悪い考えだが。


 俺はそれを認めつつも、しかしシエラの言葉に怪訝な表情をする。


「だからって別に全員が全員の口に戸をつけるわけにもいかないだろうが。どうせ、統制外の誰かが漏らしたんじゃねえの」


 十二騎士候でも規模の大きい家門であるユリフィス家のことだ。全員が全員、家門の恥だからと口を紡ぐほど利口的でもないだろう。


 シエラもそれを認めるのか首肯して、


「それ自体は否定しないけど……それじゃあ魔導師達が相争ったのは? いくらユキナの血が特殊でも、情報が出たからといきなり魔導師が暗闘を始めるかしら? それも帝室や帝国政府が問題視して、即座の対応をしなければならないほどに」


 言うシエラの眼差しは妙に真剣だった。先ほどまでのどこか超然としたそれではなく、本気でそう思っていることをうかがわせる瞳だ。


「考えたらわかると思うわ。魔導師と言う個人で圧倒的な武力を持つ存在が、一人の女の子を巡ったぐらいで、無秩序に相争ったらそのたびに国家の危機に陥ってしまうわ。でも、そんな争いが頻発しているなんて、あなたは聞いたことがある?」


「……いや、ないな」


 そのことだけは正直に認める俺へシエラは「そうでしょうね」と告げた。


「そもそも十二騎士候ヴァン・トライゼルカという制度自体がそういった事態を起こさないよう抑止力として作られた制度よ。ほかならぬこの国の建国者たる大帝アウレウス陛下によって、ね」


 いま告げられたシエラの言葉は真実だ。


 帝国のける十二騎士候という制度は、主神から神授された神威術式も含め、いくつかの特権と引き換えに帝国内の魔導師達を管理するための制度である。


 魔導師として優れている十二騎士候は、各家門が単独で小国の軍隊に匹敵する戦闘力を有する。これは比喩ではなくそこらの小国ぐらいならば十二騎士候はそれを構成する一家門だけで壊滅させうるを秘めているということだ。


 そんな魔導師達が暴走しないよう定められたのが十二騎士候制度であり、それは帝国が建国されてからずっと続けられてきたことでもある。


「帝国では十二騎士候の元で魔導師達の秩序が保たれている。そんな状況でユキナの血を巡った暗闘は、そんな帝国や十二騎士候に対する挑戦に他ならないわ……なのに、それが起こったことは、少しおかしいと思わない?」


 言われて俺はとっさに反論ができなかった。


 そんな俺を視てシエラはその口の端を吊り上げる。


「本来なら、こんな暗闘は十二騎士候や帝国政府が全力を挙げて止めなければならない──婚約者を決めてそれで手じまいなんて甘い形ではなく、もっと苛烈な形で、ね」


 ……十二騎士候が言う【苛烈】とは生半可なものではない。


 それこそ暗闘を起こした家門の手段の一つとして入るという意味だ。


 そんな恐ろしいことをさらりと告げながらも、しかしそうならなかったことへの疑問をシエラは俺へ向かって提示する。


「それができなかったのは、それを止められたからよ──ほかならぬね」


「……なんだって……?」


 シエラの言葉に俺は信じられず聞き返す。


「だって、そうでしょう。私達は形式上であっても皇帝陛下に忠誠を誓っている身よ。そんな十二騎士候ヴァン・トライゼルカに命じられるのは帝室だけ。その帝室が私達に命じれば、魔導師達の暗闘という本来なら看過できない事態も見過ごすしかないわ」


 もちろん、公式な文章で残る形での命令ではないのだけど、と告げつつもシエラが口にした言葉に、俺は多大な衝撃を受けていた。


「嘘だ。そんなのあり得るわけがない」


 ほとんど反射的に俺は否定の言葉を口にする。しかしシエラは首を横に振って、


「じゃあ、どうしてあなたのところにユキナとの婚約話が行ったのかしら? さっきも言ったけど暗闘の解決手段に婚約話なんていうのはあり得ない手段よ」


 その指摘に俺は返答ができない。


 対するシエラは、そんな俺を視て、やはり真剣な眼差しで言う。


「私達十二騎士候のやり方は一罰百戒が基本。問題を起こした者に苛烈な罰を与え、

それを見せしめとして他の魔導師達への抑止とする。その方が魔導師社会では根本的な解決になるわ」


 だけど、それをすることができなかった。


 それはなぜか?





「──





「───」


 シエラの言葉に俺は愕然とした。


「今回の婚約話もその前の暗闘も、ユキナの血の秘密が流出したことですら──そのためだけに狂言なのよ」


「……なんで、そんなことを……?」


 俺の問いかけに、待っていました、と言わんばかりにその量の唇を吊り上げるシエラ。


「そんなの決まっているでしょう。ユリフィスとアーキュリオスの血を継ぐユキナを、あなたに──ハル・アリエルに婚姻させ、その間に子供を産み落とさせるためよ」


 そうすることで、


「帝室……ひいては共謀者である帝国政府は、。自分達にとって都合のいい十二騎士候を、ね」


 俺へ向かってそう告げてくるシエラに、俺はゾクリと背筋を震わせた。










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