26.甘やかしてあげないといけない気がしました


「……ただいま」


 俺とユキナの自宅に帰ってくる。


 扉を開けて、家の中に入る俺に部屋の奥からパタパタという足音が近づいてくる。


「おかえりなさいっ!」


 ユキナだ。銀色の髪をなびかせて、こちらへと駆け寄ってくる彼女の顔を見て、俺は自分の顔が強張るのを隠すのに苦労した。


「ユキナ」


「はい。ハルくん」


 微笑を浮かべ、俺の前に立つユキナ。


 頭半分ほど低い位置にある彼女の顔が上目遣いにこちらを見上げてくる。


「………ッ」


「……? ハルくん、どうかなされましたか???」


 ユキナが不思議そうな表情をしてこちらを見るので、俺は誤魔化すように笑みを浮かべた。


「いや、なんでもない……あー、すまないが、ちょっと自室にこもるわ」


「えっ。あ、はい。わかりました……」


 断りを入れて、俺はユキナの横を抜け自室へとまっすぐ向かう。


 正直、かなり強引な形だったが、こうでもしないとユキナの前でボロを出してしまいそうだった。自室に入った俺は寝台の上にそのまま身を投げ出す。


「……はあ……」


 俯けに寝ころびながら息を吐く。同時に思い出すのは、シエラの言葉だ。


『あなたとユキナの子供を帝室と帝国政府は新たな十二騎士候──より正確にはそれに匹敵する名門家門として仕立て上げようとしているわ』


『皇帝派、黄金派……そこへさらに中立派の血まで混ぜ込んだ魔導師。それはきっとすさまじい才能を誇ることでしょうね』


『現代では特に戦力としての魔導師が重要視されるようになっている。そんな中で十二騎士候に匹敵して、しかも帝室との仲も良好な魔導師家門が出たら、帝国政府としてはこれ以上都合のいい魔導師家門は存在しないでしょうね』


「……俺とユキナの子供を新たな十二騎士候に、か……」


 考えてみればなんてことない。婚約者として俺達が結婚すれば、そこに生まれる子供がどうなるか、と少し想像してみればそうなるのは別におかしなことではなかった。


 だがそれ以上に俺が衝撃を受けたのは──


『ああ、それは真実だ』


 ──と、当のアルスから認められてしまったことだった。


「ふざけんじゃねえよ」


 俺にとってアルス・アルカディアという少年は友人だと思っていた。皇族と貴族。主君と臣下。そういう身分の違いはあったが、それを超えた友達なのだと……。


 だからこそ、シエラの言葉が真実か確認した時に、それを認めたことを──その事実をいっさい俺にたいしてなにも言わなかったことが俺の中で憤りを生み出す。


「……ふざけんじゃねえよ。俺とユキナの子供を政治や戦争の道具にする? それも俺達に断りも入れずに。そんなことを勝手に決めてんじゃねえよ……! 俺達に何も言わず、勝手に周囲の人間だけで……‼」


 友人だと思っていた。たとえ転生者であっても、友人になれると思っていた。


 でも、そんな友人からすら、俺は利用されるだけの駒だったというのか。


 それについても衝撃だった。


 何より俺が苛立つのは、


「……俺は別にいい。でも、ユキナはダメだろうが。周囲に利用され傷ついてきたあの子を自分達の都合で利用するなんて、そんな……」


 俺はユキナの居場所になると誓った。せめて彼女が安心できる存在になる、と。


 でも、このままでは待っているのは彼女も、彼女との間に生まれるかもしれない命すらも周囲の大人達からいいように利用される人生だ。


 それはないだろう。そんなの彼女の人生の否定に他ならない。


「クソ……」


 悪態をつきながらも、しかしどうにもできない自分に嫌気がさす。


 俺は、そんな想いに支配されながら寝台へうつぶせに寝転がった。


 ──その時。


「ハルくん、ちょっといいですか?」


 こんこん、と控えめに叩かれる扉。その奥から響く少女の声に俺は顔を上げる。


「ユキナ……?」


「はい。ハルくん。少しお話いいですか?」


 と、そう告げるユキナに、そういえば前にも似たようなことがあったな、と思い出す。


「……また、あられもない恰好で来るとかはやめてくれよ」


「そ、それはしませんよっ! さすがに、私もあれでこりましたっ!」


 必死になって言い返す声を扉の向こう側から響かせながら「いまのが返事として勝手に入りますからねっ」と言いながら扉を開けるユキナ。


 銀色の髪を揺らし、ひょっこりと顔を出すように室内へ入ってきたユキナは、寝台に寝っ転がる俺を視て、その眉尻を下げた。


「もう、家に帰ってきた格好のままじゃないですか」


 衣服にしわができますよ、と言いながら近づいてくるユキナ。そのまま彼女は俺へと向かって手を伸ばし、寝台に押し付けて痕がついた髪を指先で整える。


「手や顔を洗いましたか? 喉が渇いているのなら、お水を持ってきますよ?」


 甲斐甲斐しく世話をやいてくるユキナに俺は思わず辟易としてしまう。


「ユキナ、さすがに距離が近いって」


「これぐらい、婚約者なんですから問題ありませんよ。それよりハルくん──」


 言って、そこで一度ユキナが俺から距離を取る。髪を触られていた俺は、離れた少女の気配にホッと安堵の息を吐いた。だが、そのつかの間、


「はい」


 ポツリ、とそう呟いてユキナが両腕を広げた。俺はそれを見て本気で困惑の表情になる。


「??? えっと、ユキナさん?」


 一体何を、と戸惑う俺に、ユキナは「もうっ」と声を出して、


「抱擁です。ギューッてしてあげます」


「ほ、抱擁⁉」


 さすがに衝撃すぎてそんな素っ頓狂な声が俺の喉から飛び出た。


 そんな俺に対して、ユキナはずっと腕を広げ続けていて、俺は首を左右に勢いよく振る。


「いやいやいや……‼ さすがにそれは──⁉」


「──私達は婚約者なんですから、問題ありませんっ。ほら!」


 断ろうとする俺の言葉を途中でぶった切って、ユキナが強引に近づいてきて、そのまま両腕俺の体を包み込む。


 自分の胸元に俺の頭を押し付けて、俺を抱きしめるユキナ。


 少女の想像以上に柔らかな感触を頬で感じ取って、俺は自分の心臓が激しく脈打つのを感じた。一方のユキナはそんな俺の頭を抱きすくめたまま、こちらの後頭部に手を回してきて、


「なにか、辛いことでもありました?」


「え──」


 なんでそれを、と言いかけてしかし俺は慌てて自分の態度をとりつくろう。


「いや、別になにもないよ」


 誤魔化し笑いを浮かべ、そう告げる俺にユキナは一度俺の頭をさする手を止めた。


「嘘ですね」


「───」


。なにかあったんでしょう、ハルくん」


 俺を抱擁したまま、そう告げてくるユキナ。


 見ればわかる──それはかつて俺がユキナに告げた言葉だ。


 同じ言葉を今度はユキナが俺へ告げ、その上で彼女はこう言葉を続ける。


「答えたくないのなら、私も無理には聞きません。でも、辛いことがあったのなら、それを慰めることぐらいはさせてください。あなたが私にそうしてくれたように、私もあなたにそうしたいんですから」


「……大袈裟だな。俺はそんなことをしたことはないだろ」


 苦笑気味にそう告げる俺に、しかしユキナは俺の頭上から不満そうな声を出した。


「そんなわけないでしょうっ。ハルくんは居場所になって、と頼んだ時に頷いてくれました。それがどれだけ私は嬉しかったか」


 それを無視するかのような言い分はさすがのハルくんでも怒りますよ、とユキナは告げながら、俺の頭を抱く手をさらに強める。


 まるで、そうすることが俺をここへつなぎとめる方法だ、と言うような抱擁だった。


 それになぜだろう。すごく涙が出そうだ。


「……ユキナはすごいな。励ましの天才だ」


 自分の中に生じたものを誤魔化すため、俺はあえて大袈裟にユキナを褒め称える。


 それはユキナも感じ取ったのだろう。彼女はどこか不満そうな声を出した。


「な、なにか褒められたきがしませんけど……!」


「褒めてる褒めてる。心の底から褒めてるって」


 告げつつ俺は「おかえしだ」とユキナの銀色をした髪に、俺の指を通した。


 指先でからめとるように、サラサラとしたユキナの髪を撫でる俺。


 一方のユキナは、俺が自分の頭を撫でだしたことに、固まるような仕草をした後、みるみるとその頬を赤く染めて行った。そんな少女の変化が俺にはひどく面白い。


「お返しだ。俺の髪も撫でたんだから、今度はこちらから頭をなでなでの刑に処す」


「も、もうっ! からかわないでくださいっ!」


 言って自分の髪を撫でる俺の手をひっつかんで遠ざけるユキナ。


「悪さをするのは、この手ですか。まったくも──……」


「……? どうしたんだ、ユキナ」


 俺の手を握りしめていたユキナは、しかし俺の手を見て固まる。彼女の視線は俺の右手。その手の鋼へと注がれていた。


「これ……」


「ん? ああ、火傷痕か。ちょっと昔魔法の特訓で事故ってな」


 懐かしい。もう十年近く前か。昔メディチ家で世話になっていた時、魔法の特訓中、あやまって魔法を暴走させたときにできた傷だ。


 それを見やって苦笑する俺に、対するユキナは──


「──マグヌスさんと、同じ」


 ユキナが呟いた言葉に、俺は両目を見開く。












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