24.あなたを不幸に陥れる者を教えてあげる


「──それで、どうしてユリフィスの最長老が俺なんかとお話など?」


 目の前に座るシエラに対して、俺は皮肉交じりにそんなことを告げた。


 そんな俺にシエラは余裕の笑みを崩さないまま言う。


「あら、我が一族の血を取り込もうとする者を気にするのは、仮にも最長老を名乗る者として当然のことでしょう?」


 さも、常識的なことのようにそう告げるシエラに、俺は目を細めて彼女を見つめる。


「左様で。しかし、ご覧の通りですよ。俺は単なるさえない一魔導師にすぎません」


「卑下するにしても、もう少しましな言い訳があると思うわよ、雷霆さん──黄金の世代。かつてはその筆頭格とまでも言われた天才魔導師をさえない魔導師とは言わないでしょ?」


「………」


 思わず押し黙る俺を見て、クスクスと笑うシエラ。


「若干十三歳で帝国最難関の魔導一種を取得。その後も猟兵として甚大な活躍を成し、二年前のインサムディア厄災では、その元凶となった【魔王種】をはじめ、多くの魔獣を討伐してのけた天才魔導師──当時は報道各社がこぞってあなたを報道していたからよく覚えているわ」


 そこまで告げて、シエラは指を組む動作をする。


 俺へ視線を向けるシエラ。そんな彼女からの視線に、しかし俺は顔をしかめてしまった。


──まるで、実験動物を観察するかのような眼差しだな。


 無遠慮にこちらをまさぐってくる眼差し。


 相手への気遣いなど一切ないただただこちらを観察するためだけの眼差しに不愉快さが頭をもたげるが、ここで声を荒げない程度の分別は俺にも合った。


 そんな俺にシエラは、おもむろな調子で「ああ、それと」と、告げ、


「帝都の修学院で、起こった銃乱射事件を止めた英雄としても知られているのだったかしら」


「───ッ」


 その事件は。


 フレッドの──


「素晴らしいことだと思うわ。他の生徒に被害が及ぶ前に、未然に犯人を制圧した手腕。さすがというべきかしら。当時の報道でも大きく報じられていたし、さぞ周囲から褒め称えられたんじゃないの?」


 ……その言葉にしかし俺は何も言えない。


 さぞ周囲から褒め称えられたんじゃないの? ああ、その通りだ。


 銃乱射を引き起こそうとしたフレッドを■して、止めた俺を回りは英雄だと、そう。


 俺は周囲から褒め称えられた。


 あの事件は、ほとんど俺が引き起こしたようなものなのに。


「……あの事件は、そんな誇るようなものではありませんよ」


 苦り切った表情で俺はそう告げる。


 そんな俺にシエラは、やはり実験動物を見やる目を向けてきて、


「そうかしら? 銃乱射事件を未然に止めるのは素晴らしいことだと思うわよ。それによって被害者は出なかった。死者だって、その犯人と、犯人が殺したその子のご両親だけだったじゃない。それは誇るべき結果じゃないの?」


「──ッ‼ あれは、俺が──‼」


 シエラの言葉に感情が爆発して、俺は言葉を叫びかけた。


 だが、寸前でそれを押しとどめる。いまの言葉を口にしたところで何も変わらないどころかただただシエラの術中にはまるだけだと悟ったからだ。


 ゆえに口をつぐんで押し黙った俺をシエラはジッと観察してくる。


 その、実験動物を見る研究者のような眼で。


「あなた、転生者でしょ」


「───」


 愕然と目を見開いた。


「なぜ、それを……?」


「なんとなく、かしら。私はこれでも長生きしているから、かつてあなたのような異世界からの転生者と会ったことがあるの」


 言いながらシエラは遠い目をする。まるで過去を思い出すかのように。


「あなたと〝あの方〟の異質さは、よく似ているわ。この世界にいながら、どこかこの世界のものではないような感覚。それをあなたから感じる」


 そこまで告げて、ゆっくりとその蒼い瞳を俺へ向けるシエラ。


。異世界からの魂であるあなたは、この世界では」


 シエラの言葉に俺は息をのんだ。


 自分でもわからないぐらい、心臓がドグンッと脈動する。


「……なにが、いいたい……?」


「一般論よ。劇物たる転生者の魂は、この世界の人間のそれとはかみ合わない。同じ〝人間〟であっても、その本質が大きく異なる」


 静かにささやくように、シエラはそう告げながら俺をその蒼い瞳の中に写す。


「異世界の魂は、その存在自体が、一種の異物であるがゆえに、この世界の人間はそれを知るだけで強烈な拒否反応を示すこともある。あなたも経験があるんじゃないの? 自らを転生者だと明かしたことで、その相手からひどく嫌悪を向けられたことが」


「───」


 シエラのその言葉に、俺が思い出したのはかつて自分で手をかけた一人の少年だ。


 ──卑怯者。


 その言葉を思い出しながら、俺はシエラを見詰める。


「……それが、どうしたってんだよ。だいたいその話が本当ならば、どうしてあんたは俺が転生者だと気づいていながら、なんの感慨も抱かない?」


「だって、私あなたに興味がないもの」


 バッサリとそう告げるシエラの言葉に俺は顔を引きつらせた。


 そんな俺を視て口元に指をあてながらくすくすと笑うシエラ。


「でも、あなたに強烈な関心を抱いている人間はそうじゃないでしょうね。あなたが転生者だと知った時、その人はどう思ったかしら? もし精神の均衡が崩壊しかかっている時に、それを教えたら、その人ははたして、正気を保つことができるのかしら?」


「───」


 シエラの指摘に俺は両目を見開く。


「あなたが転生者だと知ることで、その人が抱くあなたへの強烈な忌避感情は、容易に憎悪へと発達するでしょう。それまで正気を保っていた人に一線を超えようと決意させるほどに」


「──なにを、知っている?」


 俺の問いかけに、シエラはしかし首を横に振った。


「なにも。ただの憶測よ。ただ、転生者であるとあなたが語った人間が、それを知ったことで感情を暴走させ、まだ引き戻せたかもしれないのに、それを超えさせてしまったという経験があなたにもあるのではないのかしら、と思っただけ」


 クスクスと笑いながら、シエラがそう告げる。


 こちらの心を的確にえぐる言葉だと、それを理解した上で、シエラはその〝憶測〟を口にしたのだ。それに俺は、嫌悪もあらわに目の前の女を見た。


「……あんた、最低だな」


「あら、ひどいわ。こんな可愛らしい女の子に対してそんなことを言うなんて」


 言いながらシエラは自分の長い銀髪を示すように指で救い、微笑を浮かべる。


 見た目だけなら、十代前半の少女にも見えるその姿を見て、俺は呆れた眼差しを浮かべた。


「何が可愛らしい女の子だ。さっき自分で言ったばかりだろ。自分は長生きしているって」


 黙らされないぞ、と半眼でシエラを見やる俺に、シエラはやはりクスクスと笑い、


「まあ、そうね。でも、私はまだ誠実な方よ──帝国政府や帝室と違って」


「──? どういう意味だ?」


 前後の文脈が繋がらない突然の話題に、俺が怪訝な眼差しを浮かべる中、シエラはそんな俺を見やりながら、そのことを口にする。


「あなたと、それとユキナは利用されているわよ。帝室と帝国政府に」


 その言葉に俺は困惑を浮かべた。









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