20.私は罪でできている
本日はお知らせが二つ。
一つは、前話につきまして、もとから公開していた話を再投稿した形となっておりますため、通知が行っていない可能性がございます。前話をご覧になっていない方は、そちらから先にご覧くださいませ。
もう一つはあとがきにて行います。こちらについては物語を最後までご覧の上で、見てくださるとうれしいです。
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「はる、くん」
熱っぽい少女の声。
その嫌に艶めいた声音に俺の心臓がドキリと高鳴る。
「ゆ、きな?」
ドクドクと心臓が脈打つのを感じながら俺は背後のユキナに声をかけた。
後ろから抱き着いてくる少女は、やはり熱っぽい感情のままにこんな言葉を口にする。
「ハルくん。私を好きにして。いまの私はあなたのものです。あなただけの女の子です。あなたのためならば、私は何でも受け入れますから、だから──」
──私を、自由にして。
「………」
乞うように、告げる少女の言葉に、俺はゴクリと唾を飲み下した。同時に感じる背の感触。
触れているだけでその柔らかさが伝わる少女の肢体は、男の本能をこれでもかと刺激して、根源的なその衝動に身を任してしまいたくなってくる。
そんな俺の変化を俺に抱き着いている少女も敏感に感じ取っているのだろう。さわっと少女の腕が俺の腹を撫で、その上で色気のある声を少女が出す。
「ハルくん。我慢しなくていいですから。ほら──」
言って、少女の手が俺の下腹部へ伸びようとして、
「待て」
寸前で、俺はその少女の手首をつかんだ。
華奢なその腕を掴んでその上で俺は少女の拘束から脱する。
「……ユキナ。いったい、どうしたんだ。こんなの君らしくないだろ」
「………ッ」
俺の言葉に顔を歪めるユキナ。
「……ハルくん。勘違いしないでください。これも私です」
「いや、違うな」
ユキナの言葉を俺はしかし真正面から切って捨てた。
それにユキナが両目を見開く。
「なにを、根拠にそんなことを」
「見ればわかるよ。何日共に過ごしてきたと思ってんだ」
言いながら俺は悲痛な想いを抱いた。
ただただ悲しい。目の前の少女がこういう行為を取ることが。
そして、こんな行為を取らせるまで、彼女の異変に気付かなかった自分自身が。
悲しみと怒りをないまぜにした感情を、もって俺は彼女へ問いを発する。
「ユキナ。聞かせてくれ。どうしてこんなことをした? 誰に強制された?」
俺は少女を逃がすまいとまっすぐその青い瞳を見た。
「君にこんなむごいことをさせたのは、一体誰だ?」
「───」
瞳を揺らし、押し黙る少女。
彼女の瞳から言って期の雫がこぼれ落ちたのは、まさにその時だった。
「……あな、たの……」
ユキナが顔を覆う。そのまま崩れ落ちるように座り込む少女。
「あなたの、そういった優しさが──私は怖い」
「え──」
まったく予想外の言葉だった。あまりにも予想外すぎて思わず言葉を失う俺に、ユキナはその両目から大粒の涙をこぼれ落としながら俺を見上げる。
「ハルくん、私はあなたが思うような女の子じゃないんです」
先ほども言った言葉を、しかしその裏にまったく別の意図を込めながら、ユキナは言う。
「私は、私と言う人間は──」
★
──わたしは、生まれた時から〝罪の子〟でした。
帝国に十二騎士候という制度があります。
古き時代の魔導師を帝国の建国者たる大帝陛下が取り込むために、主神からの魔法の神授と引き換えに、忠誠を誓わせた精度。
それは同時に、帝国に存在する魔導師達を取りまとめるための制度でありましたが、それゆえに内部には派閥というものが発生してしまいます。
すなわち、皇帝派と黄金派。
帝国の魔導社会に君臨する二つの派閥は建国から三百年たった現在でも熾烈な派閥争いを繰り広げています。
しかし中にはそんな両者の争いに疑問を持ち、なんとかしようという考えを持つ者達もいました──それが、わたしの両親です。
わたしが、そのことに気づいたのは十歳のころ。
それまでももしかしたら、と言う想いはありました。
ユリフィスの血を引くのに、使用人にも含めて周囲から蔑まれていること。
どれほど魔法を頑張っても、そうやって私が魔法の才能を露わとするほどにそのわたしを見る眼が化け物を見るそれに代わっていったこと。
長じていったわたしは、次第に自分と言う存在がどういったものなのかも理解できるようになり、それによって自らの出自も知りました。
それでもわたしに優しくしてくれるひともいましたよ。
ユリフィス家現当主様の奥様──ジュリアン様にとっては母に当たり、私にとっても戸籍上の叔母に当たるその人です。
その方は、わたしもユリフィスの一員としてよくしてくださいました。
赤子のころに親から引き離され、愛に飢えていた私にとって、その方からくださる愛情は毒だった。わたしはなんの考えもなしにそれへすがってしまったんです。
結果として、それは間違いだった。
ほどなく、わたしの血の秘密がどこからか漏れ、わたしを狙って魔導師達が熾烈な襲撃を行うようになったんです。
結果、ユリフィスの人間も多く傷ついた。
傷ついた人の中には、わたしによくしてくださったユリフィス当主の妻も含まれています。
あれほどわたしをよくしてくださった方ですら、わたしは わたしであるというだけで誰かを傷つけてしまう──
──だから、わたしは、罪の子なんです。
★
「そんな私に優しくするあなたが私は怖いんです」
ユキナはまるで懺悔するように口にする。
「私は、存在しているだけで周囲に迷惑をかける。大勢の人を傷つけてしまう。それはハルくんだって、そうです。今回の決闘も、前の誘拐事件だって。私とかかわらなければ本来、あなたはそんなものにかかわることだってなかったはずなのに……」
膝の上で掌を握りしめ、ユキナは告げる。
まるで己の罪を懺悔する重罪人のように。ただただ悲哀と後悔をその顔に浮かべる少女。
「──本当に、私なんて生まれてこなかったらよかった」
思わず、と言うように吐露された少女の言葉。その言葉に俺は──
「そんなわけないだろうッッッ!」
気づいたら絶叫していた。
まるで感情を爆発させるように、喉から言葉を迸らせる。
「頼むから、お願いだから。そんなことを言わないでくれ……!」
少女の両肩を掴む。こうして捉えておかないと、少女がどこかへ消えてしまう気がした。
「産まれなかったらよかったなんてことはない。この世界に生まれ、この世界で生きている人間は、誰も、そんなことなんてないんだよっ」
転生者である俺以外は。
その魂がこの世界の人間ではない、俺には幸せになる権利なんてない。
でも、ユキナは違う。
「ユキナ。君はこの『
「はる、くん」
俺の言葉に戸惑ったように瞳を震わせるユキナ。そんな彼女に俺はありったけの想いを込めて、その青い瞳を見据えた。
「だから、そんな風に言わないでくれ。お願いだから、そんなことを言わないでくれ。じゃないと、俺は……」
──俺と言う存在は、生きていい理由を失ってしまう。
ああ、なんと身勝手な願いなのだろうか。結局は自分のためだ。
俺と言う本来は死んでいたはずの人間が、それでも生きていていいと思いたいがために、俺は目の前の少女に残酷を強いようとしている。
「ハルくん。どうして、泣いているんですか……?」
俺を見てユキナが問いかけてくる。ユキナに言われてはじめて、俺は自分が泣いていることに気づいた。
「これは……」
慌てて涙をぬぐう。しかし、そんな俺の腕を少女の華奢な手が止めた。
「そうやってこすったら、肌が赤くなりますよ」
いいながら、少女の細い指が、俺の眼の涙を救いとる。
「……ハルくんは、私が生きていていいと言ってくれるんですね」
「当たり前だろ。この世界の人間ならば、誰だってそうだ」
異世界からの転生者として、純粋なこの世界の人間であるユキナに言う。
「君は生きていていいんだ。その命を否定されるなんてことはあってはならない」
「じゃあ、ハルくん──」
ユキナの指が俺の手から眼鏡に向けられる。彼女は俺がかけていた眼鏡をとって、そうして裸眼を露わとしたこちらの瞳を捕らえ、
「私の居場所になって」
「───」
その透き通った青い瞳で、俺の黒色をした瞳をまっすぐと見やりながら、ユキナが乞う。
「ハルくんがそう言ってくれるのは嬉しいです。でも、私はやっぱり私自身を認められない。私自身が生きていていい理由が見いだせない」
でも、
「それでも、ハルくんが私の居場所になってくれるのなら。私を認めてくれるのなら、私は、私自身の生を認められるような……そんな気がします」
だから私の居場所になって、と希うユキナ。そんな彼女に俺は息をのんだ。
「……わかったよ、ユキナ」
コクリ、と俺は頷く。そうして俺の方からも彼女のその青い瞳を見据えた。
「俺が君の居場所になる。だから、君も君を否定することはやめてくれ」
俺の言葉に、ユキナはその顔へ笑みを浮かべる。
「──はい、ハルくん」
微笑むユキナ。
それは、見惚れるぐらい美しい笑みだった。
たぶん、この瞬間から、俺と彼女ははじまったのだと、思う。
☆
「──生まれながらに罪業を抱えた女の子は、同じく罪を背負う少年と深く結ばれる」
ユリフィスのアンネール屋敷。そこでシエラは、一人呟きを漏らした。
「あの子を見捨てられないあなたは、きっとあの子を救うのでしょうね。それはすごく素敵なことだと思うわ」
クスクスと笑いながら言葉を紡ぐシエラ。
「あなたが与えた救いは、あなたが思う以上にあの子へ影響を与えるわ──だからこそ、あの子はあの子自身の運命から逃れられなくなる」
シエラは手を伸ばした。そこに置かれているのは盤上遊戯の駒。それを手に取り、シエラは自陣の駒で敵陣の駒を崩す。
「帝室が決めた婚約を外から崩すことは難しい。でも、中からなら別」
倒れ、そのまま机からこぼれ落ちた黒い駒を見やり、シエラはただただ微笑む。
「そんな状況で、さあ、あなたはどうするのかしら、ハル・アリエル──」
いいえ、
「──マグヌス・レインフォード」
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