19.後悔を抱えていまを生きましょう

こちら、以前公開していた話に手直しをしたものとなります。そのためすでに♡やコメントなどがついておりますが、ご了承くださいませ。

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 決闘が終わった後、第二魔導高専における俺の学校生活にも変化が訪れていた。


「決闘見ていたよ! めっちゃすごかった!」


 話しかけてくる同級生。


 彼女だけでなく、複数人の生徒が俺を取り囲んで、わいやわいやの大騒ぎだ。


「いやー、俺達普通科の人間が決闘なんて何考えていたとか思ってたけど、まさか勝っちまうなんてなー」


「それも特務隊だぞ⁉ いくら決闘裁判って言っても、まさかそれに勝てるとか思わねえじゃん! マジすげえよ、アリエルは!」


 そうして口々に俺を讃える彼らに、俺としては苦笑をする以外にない。


 ジュリアンとの決闘裁判後、同級生達からの態度は大きく変わり、非常に友好的になった。


 また、変化はそれだけではない。


「おーい、ハル!」


 俺を呼ぶ声。顔を上げれば、そこには一人の少年が。


「カイ」


 教室の入り口から、俺へ手を振る彼の名はカイ・キアード。決闘後にできた、俺の友人だ。


「飯行こうぜ」


「ああ、わかった」


 頷いて走り寄る俺。そんな俺を見てカイはニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「人気者だな、お前。さすが婚約者のため決闘に勝った色男だ」


「うるせ。そんなんじゃねえよ」


 俺としては、単に俺にとって大事なものを守るために戦ったに過ぎない。


 だから、そう言われるとこちらとしては困りものなのだが、と俺が頭を掻く中、カイは「それにしても」と口にして、


「お前との決闘に負けてからジュリアンの奴は形見が狭そうだよな」


 言いながら、カイは視線を外へと向ける。


 そこにはジュリアンがいた。


 だけど、ジュリアンの周囲には誰もいない。


 俺へいちゃもんをつけてきた時は、周囲に取り巻きを引き連れていたが、今は取り巻きなんて一人もおらず、それどころか周囲の生徒は特科も普通科も関係なく遠巻きにする始末。


「哀れだよなあ。仮にも十二騎士候の一員なのに、決闘一つに負けただけであんな風になるんだからさ……せめて、あんな卑怯な方法で決闘をしなければ話も変わったろうにさ」


 肩をすくめてそうジュリアンの状況を総括するカイ。


 そんな友人の言葉に、俺はしかし決闘当事者の礼儀として何も言わない。


 だから、俺が気にしたのは、ジュリアンから少し離れた場所にいる少女だ。


「ユキナ」


 銀色の髪を揺らすユキナは、学校の中庭で一人座っていた。決闘のこともあって遠巻きにされるジュリアンとは別の意味で他の生徒から遠巻きにされているユキナの姿。


 顔を俯けて、何事か考えごとをしている様子の少女の、その物憂げな様子を俺は校舎の中から静かに見やり続けていた──





     ☆





 そして、来た放課後。


「………」


 自宅に帰ってきたからずっと、ユキナはソファガベルに座ったまま、押し黙っている。


 何か考え事をしている風な彼女の姿に、さすがの俺も心配になってきた。


「あー、どうかしたか、ユキナ」


「えっ」


 俺に話しかけられて、驚いたように顔を上げたユキナ。彼女はその透き通った青い瞳をぱちくりと瞬かせながら俺へと視線を向けてきて、


「ど、どうかしたか、とは……?」


「いや、家に帰ってからずっと押し黙っていただろ? なにかあったのかなあって……」


「え、いや、その」


 俺の言葉に狼狽するように目を震わせるユキナ。


──明らかに、隠し事してんなあ。


 どう見ても怪しい雰囲気のユキナに俺は少しだけ呆れた半眼を向けたが、ユキナは見るからに作り笑いとわかる表情で誤魔化そうとするので、俺は嘆息をする。


「ちょっと失礼するぞ」


「はい?」


 俺は一言断って手を伸ばす。顔にかかる前髪をかき上げ、ユキナの額を露わとすると、そのまま、俺の額を触れ合わせた。


「!?!??!??」


「うん、熱はないみたいだな」


 額を付け合わせても、特別体温が高いとは感じられない。


 とりあえず熱はないようだ、と俺は一安心する一方で額を付け合わせていたユキナは慌てたように俺の胸元に手を押し当てて、そのまま距離を取ろうとする。


「あ、あのハルくん⁉ さすがに、これは──⁉」


 激しく狼狽するユキナ。少女の細腕に押されたぐらいで退くような俺ではないが、ユキナの慌てっぷりにとりあえず一度距離を取った。


「??? どうしたんだ、ユキナ」


「ど、どうした、じゃありません! さすがに、いきなり顔を近づけさせられると……!」


「あ、ああ。なんか、すまん」


 遅れて俺も、ユキナに対して距離が近すぎたことに気づく。


「もうっ、ハルくんは紳士的なのか、そうじゃないのか時々分からなくなりますよねっ」


「だからごめんって。ちょっと弟の時と同じような距離感で近づきすぎちまった」


「弟、さん……?」


 首をかしげてこちらを見るユキナに俺は、ああ、と頷きを返した。


「双子なんだけどな、いるんだよ、弟が」


 俺はユキナと同じくソファガベルに座りながら自分の前髪をいじる。


「いまは……帝都の第一魔導高専に通ってんじゃねえかな、たぶん」


「第一……それって、魔導高専の中でもすごい名門校ですよね」


 俺やユキナも通う魔導高専──帝国魔法大学付属魔導高等専門学校は、全国で12校存在するが、その中でも最も若い番号である第一は魔導高専の中の魔導高専として知られていた。


「そこに通えるということは、相当優秀なんですね」


「……ああ、優秀だよ。俺なんかよりずっとね」



 ユキナの素直な言葉に、俺は微笑を浮かべてそれを肯定する。


「ぶっちゃけ、俺みたいな昼行燈で、怠け者で……大した才能のない奴なんかより何百倍も弟はすげえんだよ。俺よりもずっと家門を継いで引っ張るのにふさわしい奴さ」


 そう呟きつつ、俺は弟の姿を思い起こした。俺とよく似た体格の黒髪をしたその姿を──


「……そうだ、俺さえ生まれなければ、あいつは──」


 無意識のうちに、そう俺の口からこぼれ出た言葉に、隣でユキナが瞬きをする。


「ハルくん……?」


「あー、すまん。いまの言葉は忘れてくれ」


 ユキナの視線を受け、ハッと我に返った俺は誤魔化すように手を振った。


 そんな俺を、ユキナはジッと見つめてきて、


「……ハルくんは、ダメな人では、ないと思います」


「ユキナ……?」


 唐突に呟かれたユキナの言葉に俺が怪訝な眼差しを彼女へ向ける。その視線の先には、驚くほど真剣な眼差しがあった。


「ハルくんは、すごい人です。この前の決闘もそうですけど、それ以外にもいろいろと私はたすけられてきました」


「お、おう? そうかな、別に俺は大したことはしていないと思うけど」


 首を傾げながらユキナを見る俺に、しかしユキナは首を横へ振って、


「いいえ、ハルくんに私はたすけられたんです。だから、ハルくん──」


 ユキナの手が伸びる。そのまま彼女の指先はソファガベルの上に置かれた俺の手の甲へと重ねられた。そうして手を重ねながらユキナがこんなことを告げてくる。


「私に、なにか恩返しさしてください」


 懇願。少女から向けられた言葉は、まさにそう形容するにふさわしい言葉だ。


 真剣な眼差しをこちらへ向けるユキナの表情は哀切さすら感じるほど真剣で──ゆえに、俺は苦笑を浮かべた。


「そんなに無理しなくていいよ」


「───」


 重ねられた掌から一度俺の手を引き抜いて、少女の頭へポンッと俺の掌を乗せた。そうして彼女の銀色をした髪を撫でてやりながら俺は言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「何を想ったのかはわからないけど、ユキナは無理をしなくていい。そもそもたすけられているっていうんだったら、俺の方がよっぽどたすけられているじゃねえか。いつも美味しい料理を作ってもらっているし、家事とかもしてもらっている」


「それは、でも」


「ユキナ。そんな気を張り詰めるな。、だろ? そりゃあ、いきなりの同居でお互い戸惑うことも多いだろが、無理をしなくていい……まあ、それに俺も男だからな、きれいな女の子と一緒にいれて悪い気はしない」


 場を和ませるための冗談としてそう告げる俺。


 そんな俺をユキナはただただ見つめてきていた──





     ☆





 時刻は少し進んで夜。


 自室の寝台に寝っ転びながら、俺は満腹感に満足している腹をさする。


「今日のユキナの料理もうまかったなー」


 なんというか、ユキナの手料理は、すごく俺好みの味付けなのだ。


 だから毎日たらふく食べてしまって、寝る前はいつも満腹と言う有様。


「ただ、まあ、いろいろとユキナにさせてしまって申し訳なくはあるんだけど……」


 ユキナは家事ができるが、俺はあまり得意ではない。


 そりゃあ前世はいっぱしのサラリーマンだったので最低限のことはできる。


 ただ、最低限は最低限。本職の人間に叶うわけもなく。


 今日も今日とて、ほぼすべての家事をまかせっきりで、俺にできたことと言えば、食事後に半ば強引な形で皿洗いを引き受けたことぐらい。


「はあ、本格的に家事の勉強しねえとなあ」


 もうちょっと自分がちゃんとしなければ、と内心で俺が誓いを立てた──まさに、その時。


「ハルくん、起きていますか?」


 こんこんと扉を叩く音が響いた。


 俺の自室の扉の向こうに立って、こちらへ呼びかけてくるユキナに俺は意外な想いを抱く。


「ん。ああ、どうしたんだ、ユキナ」


「あ、はい。ちょっとお話がしたくて……」


 唐突なユキナの提案に俺は戸惑いながらも寝台から腰を上げた。


「わかった。じゃあ、居間で話そうか」


「いえ、できればハルくんのお部屋で……入らせてもらってもよろしいでしょうか?」


 しかし、予想外にもユキナからそう提案されて俺は困惑気味に扉を見やる。


「は、え? いや、それはさすがに──」


 婚約者とはいえ若い男女。互いの自室の中に入って話し込むのは不健全だろう、と自分なりの常識で判断しつつ、俺はとりあえず一度ユキナと話をするため扉のノブに手をかけた。


 ガチャリと音を立てて俺は自室の扉を開く。果たしてその先には──


「な──」


 うすぼんやりとした月明かりの下、はためく輝きがあった。


 それは少女が生来から持つ鮮やかな銀髪であり──なにより銀髪と共に輝く布だ。


 透き通った布の下には、決して余人には見せてはならないきめ細やかな白い輝きがある。


 なまめかしいそれは、女性として秘さなければならない部分以外を布で覆っておらず、ゆえに俺の男としての本能を強烈に刺激してきた。


「な、なんて格好をしているんだ、ユキナ⁉」


 あまりにも煽情的すぎるユキナの服装に、俺は自分の顔へ自覚できるぐらい真っ赤な熱を灯し、慌てて視線を逸らす。


 とりあえず、なにか肌を隠せるものを、と慌てて踵を返そうとした俺へ──しかしユキナが背後から抱き着いてきた。


「───」


「……はる、くん……」


 熱っぽく俺の名前を呼ぶ、ユキナ。


 あまりにも艶めいた声にドキリと自分の心臓が高鳴るのを感じる俺にたいして、はたしてユキナはこんなことを告げてきた。


「今夜は、一緒にいて、いいですか……?」

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