18.幕間狂言:ユキナ・ヴァン・ユリフィス
『──そこまで! 勝者、ハル・アリエル‼』
その宣言が決闘官からなされた時、銀髪の少女──ユキナ・ヴァン・ユリフィスは唖然と、目を見開いた。
「……かった……」
ポツリ、と呟いて、それが自分の口から出たことに、なぜだかユキナは驚く。
その上で、もう一度ユキナは「かった」と口にした。
「かった、かった、んですか……? ハルくんが、勝った」
ハルが──ユキナにとっては国によって決められた婚約者である少年が決闘に勝利した。
ユリフィスの特務隊と言う軍の魔導師ですら勝てるかも怪しい相手に、勝利したのだ。
ユキナは、その事実を認識した上で、しかしそれでも信じられない想いを抱く。
「すごい」
それは少年が勝ったことへの喜びであり、ユキナと言う少女が抱いた心の底からの歓び──
「──あら、負けてしまったのね」
声。
突然響いたそれに驚いて振り返ったユキナ。
いつからそこにいたのだろうか。ユキナの隣に気づいたら一人の【少女】がいた。
「あ、なたは……?」
目の前に座るその人物はユキナと同じ銀髪をしている。
それだけならば帝国でも特に北部の地域に住まう北海系人種に見られる特徴であるが……なぜだろう、ユキナにはその少女に異様な雰囲気を感じ取っていた。
見た目は十代半ばごろの少女なのに、なぜか妖しげな雰囲気を漂わせているその人物に内心でユキナが警戒心を抱く中、少女はクスクスとした笑みを浮かべ、
「ふふ、そう警戒心を抱かなくていいわ。別に私はあなたを取って食ったりしないから」
言いながらその少女は、ユキナの眼をまっすぐと見つめてくる。
「まずはハル・アリエルが勝利したことを褒めておこうかしら、婚約者として鼻が高いのではないのかしら?」
「……なぜそれを……」
ユキナは自分がハルの婚約者だとは名乗っていなかった。加えて言うのなら今回の決闘裁判はあくまでハル名義で行われたものだからユキナの名前は出ていない。
十二騎士候とはいえ、その存在が表向きは秘されていたユキナの素顔を知っている者は、魔導師と言えど、そんなに多くないはずだ。
にもかかわらず、それを知っているこの少女は……?
「私の名前は、シエラと言うの。よろしくね、ユキナ」
「………ッ」
少女──シエラの言葉に、ユキナの警戒心が最大限まで引き上げられる。
ユキナにとって見知らぬ人物であるシエラは、瞠目するユキナを見やって、やはりクスクスとした笑みを浮かべていた。ただその瞳はどこか異質だ。
──まるで、実験動物を観察するような……。
そこでユキナは、ブルリと肩を震わせてしまう。
「なにを言っているのですか……?」
「ふふ。だから取って喰うつもりはないわ」
口元に手を当てて微笑みながらシエラは視線を闘技場へ向ける。
「最初から勝てるとは思っていなかったけど、それでもこうも勝負にならないとは思ってもいなかったわ」
「………?」
シエラがポツリと呟いた言葉の意味が分からずいぶかしげな顔をするユキナ。
それに対してシエラはやはりどこか妖しげな笑みを浮かべるだけで。
「彼は面白い戦い方をするのね、と言う話よ」
言いながらシエラは顔の前で腕を組む。
「跳躍機動装置であれほどの機動ができる者は、そう多くないわ。少なくとも学生では、ね」
「それは」
ユキナは言葉に詰まる。正直、それについてはユキナも思っていた。現代の魔導師が高機動戦闘を行うために使う跳躍機動装置をハルが巧みに使いこなしていた事実。
第二魔導高専における普通科生……いや特科であっても魔導高専の一年生がはたしてそれほどの技量を身に着けるのだろうか……?
そんな疑問がユキナの中に生じる一方で、そこにシエラが言葉を滑り込ませていく。
「でも、魔法の使い方は不思議。特務隊相手にあれほど渡り合えるのならば攻撃魔法を使えばもっといろいろとやりようがあったように見えるのだけど?」
「………」
シエラの言葉に、しかしユキナは何も答えないことを選んだ。うかつなことを言うことで、不本意な事態になることを避けたかったのだ。
シエラは、そんなユキナを見詰め、
「あら。そこで黙るということは、あの噂は本当なのかしら──」
妖しげな眼をユキナに向けて、シエラはそれを告げる。
「──彼は魔法で人を攻撃できないって」
「───」
表情を硬くするユキナ。そんなユキナへシエラはゆっくりと視線を向けた。
「何も答えないのね」
「……答える意味がありませんので」
シエラが口にしたことは、ハルの弱みだ。それをユキナの口から答えるつもりはない。そう言う強い意思で告げた言葉を、しかしシエラは面白そうに見やり、
「私がユリフィスでも?」
「………」
沈黙。ユキナは二の句が継げなかった。
その一方でユキナの心の中に納得が生じる。
銀色の髪、青い瞳……そして体内にめぐる魔力。どれもこれもユリフィスの特徴を色濃く表していた。だからこそ、シエラの言葉をユキナは疑わなかったが──
「でも、言われるまで私をそうとは認識しないようにしていたでしょう?」
「⁉」
シエラの発言にユキナはギョッとする。まるでユキナの内心を読んでいたかのような言葉だった。あるいは本当に読んでいたのかもしれない。魔法の中にはそういったものがある。
「いいえ、違うわよ。これは単なる年の功。長生きすると、いろいろな人の顔色からその人の考えていることがわかるの」
「……な、ん……」
「驚かないで、私はちょっと人より長生きなだけなの。こんな見た目だけど、あなたが生まれるよりもずーと、ずーと前から生きているだけなのよ」
だから、ユキナ。
「私に、彼の弱みを教えて?」
ユキナに対し、そう〝
しかしユキナはそれに対して口を開くことはない。ユキナ自身も理由はわからないが、なぜか彼女は彼女自身の口を開くことができなくなったのだ。
それに対しシエラは、
「ふうん、あなたはそこで黙るのね」
ポツリ、と呟いたシエラ。
そう口にした上で、シエラはユキナの瞳を覗き込むように視線を向ける。
「なるほどなるほど、いまのあなたはユリフィスよりも婚約者を優先するのね」
「───」
ユキナは驚きのあまり目を見開く。それと同時に、彼女は得心もいっていた。
なぜ自分がシエラの言葉に口を割らなかったのか、その理由に。
「わ、たしは……ハル・アリエルの婚約者です」
ユキナは辛うじて、そうとだけ返していた。
なぜだろう。それは、ユキナの中で驚くほどしっくりとくる。
そうして自分に反目したユキナをシエラはただただ見つめる。
その蒼い瞳で、ユキナを見詰めていたシエラは、ふと、こんな問いを発した。
「ねえ、ユキナ。たすけられるってどういう気分?」
まっすぐと、射貫くようにユキナを見るシエラ。彼女は顔の前で手を組んだ姿勢のまま、ただただ、その平らな瞳でユキナを見つめ続ける。
「今回の決闘って、結局はすべてあなたのためでしょう? 彼はそのためだけにあんな危ないことをしたわ。それをあなたは指をくわえて見ているだけだった」
「ち、ちが……!」
ユキナは反問しようとした──それをシエラが断ち切った。
「違わないでしょう?」
クスクス。
「あなたは大勢の人を傷つけて生きてきた。生まれた時からずっと」
「や、やめ、て」
いやいや、と拒絶するようにユキナが首を振る。
そんなユキナの態度にも構わず言葉を吐くシエラ。
「あなた一人を生かすためだけにどれだけの人間が不幸になったことか。あなた自身はなにも返せないのに、あなたはただ周囲から助けられて生きてきた。今回だってそう。彼は必要もないのにあんな決闘をする羽目になった。すべてはあなたのために」
そうでしょう? とシエラはユキナへ同意を求めてきた。
彼女の平らな瞳がただただ、ユキナを見据え続ける。
「そんな風に、あなたはたすけられてばっかりだわ。誰にも彼にも迷惑をかけてばっかり──ねえ、対するあなたは何を返せているの?」
「……そ、れは……」
シエラの顔が近づく。ユキナは逃げようとしたが、そこで壁にぶつかった。
逃げ場のなくなったユキナの耳元に、シエラは自分の顔を近づけて、そっと吹き込む。
「あなた、このままじゃ、彼を不幸にするわよ?」
「───」
愕然と目を見開くユキナ。
そんなユキナを見てシエラは、ただ、クスクスと笑っていた。
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