15.卑怯者賛歌〈上〉


「……まさか、ユリフィス家が特務隊を動員するとはなあ……」


 呆れも混じりに、俺はそんな呟きを漏らす。


 決闘官から知らされたその報告。ユリフィス家が本家直属の魔導師部隊を決闘の代理人に立てたというその事実は、驚愕に値するものだ。


 もっと言うならば、それはあまりにもだった。


「決闘裁判ってのは要は〝〟だってのに、連中、それを知らねえのか?」


「ぷろれす?」


 俺の言葉を聞いて横にいたユキナが首をかしげる。それにたいして、俺は片手を振りながら気にするな、と示し、


「つまり〝演出ありき〟ことだよ」


「ああ、なるほど」


 納得の表情を浮かべるユキナ。


 ……いまの彼女の反応からもわかるように帝国における決闘裁判ってのはなにがなんでも勝てばいいというものではない。


 決闘裁判という形式上、勝てばその結果がすべてとなる。


 ゆえに、決闘裁判に挑むものは、決闘の勝敗はもちろんだが、それ以上に〝〟というのも強く意識しなければならないのだ。


 裁判結果だけを追い求めるのならば、それこそ何が何でも勝てばいい。


 だが、そうやって手段を択ばず勝てば、裁判を傍聴する傍聴人からひどく嫌われてしまう。


 言ってしまえば世間体ではあるのだが、手段を択ばず勝つというのは、それだけで外聞が悪いのだ。それこそ手段を選ばず決闘裁判で勝てばそれだけで家名に瑕がつく。


 平民や貴族、皇族といった身分制が残る帝国では、家名の瑕疵は、物理的な傷も同然。


 そのため俺も外聞が悪くなる手段を使ってくるはずもない、と思っていたのだが、まさかの特務隊を動員するという事実に俺はげんなりした表情を浮かべた。


「誠実に競うスポーツクオーレに、武装した軍隊を動員するようなもんだぞ。非常識にもほどがある」


「そ、それほどユリフィス家は、今回の件を怒っている、ということでしょうか……」


 顔を青ざめ、横に立つユキナがそんな呟きを漏らす。


 俺は、そんなユキナに「さてな」という言葉を返し、


「俺にもそれはわからん。そもそも、ジュリアンの奴はどうやって特務隊を引っ張ってきたんだ? 当主の代理も務めるご長男アレクサンドル殿ならばともかく、次男にすぎないあいつに、そんな権限は本来ないはずだろう」


 特務隊は本来当主直属。戦闘魔導師の部隊を持つこと自体、帝国政府より許された十二騎士候の特権であるからこそ、本来その運用は厳重に管理されているはずだ。


 なのに、たかだか子供の喧嘩じみた決闘にそれを動員するなんて、度が過ぎる。


 前世風に例えるならば、サッカーや野球の国際親善試合をしている時に、いきなり武装した軍隊が入ってきて相手国の選手を問答無用で銃撃しだすようなものだ。


 十二騎士候と言えども、いや十二騎士候だからこそ本来顰蹙を買いかねないそれらの行いをするわけがないと高をくくっていたのだが、それが外れたことに俺はなんとも言えない想いを抱いてしまう。


「……嫌な感じだな。なんか裏にヤバい陰謀が動いているような気がする……」


 根拠のない単なる予感ではあるが、ジュリアンを超えた、何者かの気配を俺はなんとなしに感じ取り、険しい表情をした。


 一方、そんな俺の表情を見たのだろう、ユキナが心配そうな表情を俺へ向けてきて、


「……は、ハルくん……」


 ユキナの眼差し。その揺れる青い瞳がこちらへまっすぐと向けられている。それを見て、俺はそれまで浮かべていた険しい表情を一度柔らかなものに変えた。


「そんな顔するなよ、ユキナ」


「で、ですが、ハルくん! 相手はユリフィスの特務隊なんですよ⁉ そんなの相手にあなたが勝てるわけがないでしょう⁉」


 真っ青から、真っ赤へ、そしてまた真っ青に忙しく顔色を変えて叫ぶユキナ。


 そんな彼女の表情を見て、俺は苦笑を浮かべた。


「まあ、本来ならそうなんだけど──でも、これでよかったと、俺は思っているよ」


「は──?」


 俺が呟いた言葉の意味がわからない、と言うように目を丸くするユキナに、俺はその顔へ、あえて不敵な笑みを浮かべながらそれを告げた。


「──決闘で手段を選ばないってのがいったいどいうことか、ユリフィス家の連中に教えてやろうじゃねえか」





     ☆





 ──そして来る決闘の日。


 会場はアンネール市の中央部。そこにそびえたつ地上百階建ての超高層建築。


 名をアンネール天空塔アンネール・ヴァリアンティスコードというそこの、最上階にある帝立闘技場こそが、決闘裁判の裁判所として選ばれることとなった。


「人、多いな」


 闘技場の真ん中に立って、俺は周囲を見やる。


 そこには大量の人、人、人。


 すり鉢状となった客席へ大量に詰めかける観客──否、傍聴人。


 それらを見やった上で、俺は一度視線を目の前へ向けた。


「まったく、こんなに人を呼んで、どういうつもりだ──?」


 俺の視線を受け、目の前に立つそいつ──ジュリアン・ヴァン・ユリフィスはニヤリとした表情をその顔に浮かべる。


「なに、ちょっと知り合いを呼んだら、こうなっただけだよ」


 嘘つけ、と思ったがそれは口に出さない。代わりに呆れた半眼を向ける俺に対し、ジュリアンはやはりにやにやとした笑いを隠すことはせず、


「それよりも、別れの挨拶はすませたかい?」


 言いながらジュリアンが俺の背後の方を見やる。そこにはユキナが傍聴人として座っているはずで、そちらを見やりながら、婚約解消の別れは済んだのか、と言うジュリアン。


 それにしかし俺は肩をすくめる仕草をして、


「お気遣いどうも。安心しろ、行ってきますの挨拶ぐらいはしてきた。それに帰ったら美味しいご飯を作ってれるって話だ」


 わざとすっとぼけた言い回しをする俺に、一瞬ジュリアンは顔をひきつらせたが、それでも彼は顔色を変えず、その上で視線を背後へと回す。


 そこには複数人の男達が立っていた。全員、濃い青色の戦闘服に身を包んでおり、そんな男達を見て、ジュリアンはその顔に余裕の笑みを浮かべた。


「まあいいよ、せいぜい余裕ぶっていればいいさ、ユリフィスの特務隊に勝てると、そう心の底から思っているのならばね」


 ジュリアンはその言葉を最後に、闘技場から去る。決闘の当事者であっても、代理人を立てている彼は、今回決闘には参加しない。


 だから自分は安全な場所へ退避するジュリアンに「卑怯者め」と俺は悪態をつきながら改めて特務隊の面々を見た。そんな彼らの中から一人、もっとも大柄な者が出てきて、


「私が特務隊の隊長であるマクシミリアン・フォルツハイトだ。今回の決闘。本家の次男様の代理にとして君との決闘をさせていただく」


 言いながらマクシミリアンと名乗ったそいつが手を差し伸べてきたので、俺は礼儀としてその手を握る──すると、


「………ッ」


 こちらの掌を握りつぶさんばかりの力で掴んでくるマクシミリアンの手。それに顔を俺がしかめる中、マクシミリアンは余裕綽々という表情を浮かべた。


「個人的に、ではあるが、君には正直同情しよう。普通科一年生の身でありながら、大勢の前で無様をさらすのだからね」


 わざわざ、一年生と強調した上で、そう告げる男──マクシミリアン。


 その姿に俺は薄く頬をヒクつかせる。


「主も主なら、家臣も家臣だな。決闘も俺一人に複数人を動員しているし、まったくユリフィスの教育はどうなっているんだ?」


 マクシミリアンの背後を見やれば、そこには複数人の男達が。


 全員まだ若いが、それでも身の内に滾る魔力は十分に第一線で活躍できる戦闘魔導師のそれ──表面上は第二魔導高専の一年生である俺にたいしてぶつけるには過剰に過ぎる戦力だ。


 ただでさえ相手は本職の戦闘魔導師だというのに、それが複数人を一度に相手にしないといけない状況を前に俺は、はあ、と嘆息した。


「圧倒をもって制す──我々ユリフィス家の掲げる精神だ。私も過剰かとは思ったが……これも本家の命令なのでな、やむをえまい」


 などと嘯いてくれやがるマクシミリアン。


 その上で俺を見やった彼は、しかしそこで怪訝な表情を浮かべる。


「……? おい、君。その腰のものは……」


 そう言って、マクシミリアンが見やる先、そこは俺の腰部──より正確に言えば、その腰に吊るされる形で取り付けられた大型の機械。それを見て怪訝な顔をするマクシミリアンに、俺は、ああ、と頷いて、


「跳躍機動装置だよ。魔導師同士の戦いなら、持ってきて当たり前だろ?」


「……おいおい、この闘技場の光景が見えていないのか? ここは平たい平面の闘技場だ。跳躍機動装置の杭を打ち込むような柱などないぞ」


 心底からの呆れた半眼を向けて俺へ言うマクシミリアン。


 彼の眼差しに俺はしかし何も答えず意味深な笑みだけを浮かべた。


 そこへ、決闘官の叫び声が響く。


「定刻となりました。両者位置についてください!」


 自身も決闘の審判を務める彼の言葉に従い俺とマクシミリアン達は低位置につく。


 そうしながら俺は背後へと振り返った。そこにいるユキナは祈るように両腕を組んでこちらを強く見つめている。


 俺はそんなユキナに大丈夫だ、と示すように片腕を上げた。


 そこへ、決闘官の叫び声が響く。


「──【白昼夢】結界展開!」


 決闘官の宣言と同時に闘技場の中を膨大な魔力が覆った。それによって時空間に干渉し、俺とマクシミリアンの間に、見えない次元の壁が生成される。


 ──【白昼夢】結界。それは、戦う両者の間の次元をずらすこと境界となし、さらにそれぞれの前に、それぞれを象った鏡像を生成することで、戦闘中受けた負傷をすべてその鏡像に負わせ、戦う本人達はいっさい傷を負わせない事象領域。


 文字通り、戦闘の終了と共に受けた傷もなにもかも白昼夢がごとく消え去るそれが展開されたことで、今この場はどのような魔法を使おうと誰も傷つくことのない空間と化した。


 それを確認した上で、決闘官は天高く掲げた右腕を振り下ろす。


「決闘、はじめ!」


 決闘官の宣言と同時に動き出したのは、マクシミリアン達だ。


 五人の戦闘魔導師達が、連携してこちらへと襲い掛かってきた。


 明らかに手心を加える気がないという動き。


 それを見て俺は、やれやれ、と首を横へ振る。


「こんな幼けな少年を、大人たちが寄ってたかってぶちのめすとか恥ずかしくないのかよ」


 俺の言葉に真っ先に反応したのはマクシミリアンだ。


「なんとでも言ってくれたまえ! 卑怯者と罵られようと、我ら特務隊は本家の命令を、ただ遂行する‼」


 叫び、迫る特務隊の面々。


 そんな彼らを見やって俺は──


「そうかい──じゃあ、俺も遠慮はいらねえ」


「……なに?」


 俺の言葉に怪訝な顔をするマクシミリアン。そんな彼をしかし俺は無視して、それどころか迫る特務隊の方すら見ずに地面へと膝をついた。


 膝をついたまま、地面へ右手の掌を押し付ける。そして、


「さて、殿、きちんと仕事してくれているかな──」


「………ッ! 待て、貴様、なにをするつもりだ──⁉」


 マクシミリアンの言葉を、しかし俺は聞かない。


 代わりに、俺の体内から膨大な魔力が熾り、それが地面へと流れ込む。そうすることで、俺の足元で、そのが起動。


 瞬間。





 





「ぬっ、ぐおおお⁉」


 急に飛び出てきた柱によって、マクシミリアンをはじめ五人の魔導師達が宙へ打ち上げられる。身動きも取れないまま、上空へ打ち出されたその姿は、さながら船上の魚。


 俺はそれを地面から見上げつつ、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「さあ、いまからってのを、お前らに見せてやる」

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