14.譲れないものを、譲らないために
「──それでは、裁判の取り決めを行います」
アンネール市の民事裁判所。
その中にある法廷にて、俺とジュリアンは向き合う。
俺達の間には法服に身を包んだ
「裁判方式は民事葬儀。調停方法は決闘裁判──決闘による勝敗をもって、この裁判の裁判結果となします。両者よろしいですね?」
「ああ、構わない」
「僕も、問題ないよ」
俺が真剣な表情で、ジュリアンはニヤニヤとした笑いを浮かべて、互いに頷く。
「承知いたしました。では、ここから両者の争議内容を確認させていただきます。まずは右、ハル・アリエルから」
言って、決闘官が彼から見て右側に立つ俺を片手で示す。
「ハル・アリエルの主張は、争議相手であるジュリアン・ヴァン・ユリフィスによるハル・アリエルの婚約者ユキナ・ヴァン・ユリフィスへの謝罪と同争議相手にたいする暴行行為の不問。これで合っていますか?」
「合っている」
俺の首肯に、決闘官もまた頷きを返す。
続いて決闘官は彼から見て左側を指し示した。
「続いて左ジュリアン・ヴァン・ユリフィス。その主張は、争議相手であるハル・アリエルによる自身への土下座による謝罪。そして──」
ジュリアンを見やり、決闘官がそれを告げる。
「──争議相手とユキナ・ヴァン・ユリフィスの婚約解消……これで、合っていますか?」
「ああ、あっているよ」
にやにやと笑いながら、ジュリアンが頷く。
……そうなのだ。
よりにもよってジュリアンの奴は、俺とユキナの婚約解消を今回の決闘裁判に条件として持ち込んできやがった。
明らかに、それが俺達にとってもっとも嫌がることだとわかっていて、それを決闘受諾の条件にしてきやがったジュリアン。
ジュリアン自身に俺とユキナの婚約を解消させることにたいする利害関係などないくせに、それを提示してきたのは、完全に嫌がらせ以外の何ものでもない。
──それが、わかっていても、俺はこの決闘を受けるがな。
ユキナを傷つけるようなことを言ったジュリアンがとにかく許せなかった。
あんな顔を女の子にさせるような奴は一回ぶちのめさないと気が済まない。
そんな静かな怒りを内に秘めながらジュリアンを睨む俺に、たいしてジュリアンはむかつく表情で笑い。そんな俺達を見やって決闘官が最後の口上を述べる。
「両者の争議内容確認が完了いたしました。それではこれより、決闘裁判の取り決めを行います──両者、向顔!」
告げられた言葉に従って俺とジュリアンは互いに顔を見合わせる。
「右ハル・アリエルと左ジュリアン・ヴァン・ユリフィス。この両者による決闘の開催を司法院決闘庁の決闘官として承認いたします。我らが帝国の主神『アルディギウス』よ、この二人の戦いをどうか見守り給え。そしてその決着をどうか祝福し給え──」
帝国の裁判は神のもとで平等。その国是に則り、主神への祝詞を唱えた決闘官。
そのまま彼は勢いよく両手を打ち合わせ、パァァンッッという軽快な音を立て柏手を打つ。
「──
この瞬間、正式に俺とジュリアンの決闘裁判が承認された。
☆
──じいぃ~~~~~~~。
「……えっと、ユキナ、さん?」
思わずさん付けをしてしまいながらも俺はユキナの方を見る。
たいするユキナはこちらへとただただ、じいぃ~、という眼差しを向けてくるばかりで、そのほんのり不満そうな顔に俺はなんとも言えない表情を浮かべた。
「ど、どうしたんだ? そんな顔をして……」
「……ハルくんは、私のことが嫌いなんですね」
ポツリ、とユキナが呟いた言葉に、俺は目を丸くする。
「は? えっ、なんで?」
本気でユキナの言葉の意味がわからずそう問いかける俺に、ユキナはユキナで唇を尖らせ、
「だってそうでしょう⁉ 普通科生のあなたがこんな無謀な決闘を挑んで、本当に勝ち目があると思っているのですか⁉」
ユキナからの指摘に俺は、その表情へ理解の色を浮かべた。
「あー、なるほど」
ユキナは俺が猟兵マグヌスだと知らない。ゆえにそう思うことも無理はなかった。
仮にも十二騎士候の直系。ジュリアンだってそうとうに優れた魔導師だろう。
──でも、しょせんは学生だ。そんな奴に負けてやるほど魔導一種保持者は甘くねえよ。
帝国最難関の資格である魔導一種。それを最年少で取得した俺が、学生同士の血から比べて負けるはずはなかった──それを少女に言えるかは、また別問題だが。
「まあ、なんだ、ユキナ。俺だって別に負けたくて決闘を挑んだわけじゃねえよ」
「負けないってそんな簡単な話じゃあ──」
両眉をいきりたたせて、ユキナが怒りをあらわにする。
しかし彼女はそこで一度言葉を切り、そのまま顔を俯かせてしまった。
「……私のためなら、そんな必要はありません。私、バカにされることは慣れていますから」
「ユキナ?」
彼女が呟き洩らした言葉に、俺が疑問する中、ユキナは顔を上げ、強い眼差しで俺の方を見詰めてきた。そして、
「ハルくん。私のためならば本当にこのような無謀なことはやめてください。私は、私がどれだけバカにされようと我慢できます。そんなので傷つきません。ですから、お願いですから、あなたが傷つくことだけは──」
「──それは、受けられない頼みだな」
ユキナの言葉を途中で切り、俺はそう告げる。
俺の言葉にユキナは大きく目を見開いた。
「どうして」
「……俺が、転生者だからだよ」
ポツリ、と呟いたその言葉にユキナが「え」と目を丸くする。
「それが、いったい」
「転生者ってのはさ、要するに誰かの何かを奪って生きている存在だ。本来死んでいたような奴が、その道理を捻じ曲げて生きている以上、正しい道理の中で生きている人間にたいして迷惑を掛けられるのは避けられない……」
転生者と言う在り方は道理に正しくない。
存在しているだけで、他人の何かを奪ってしまう。
特に俺のようなはじめから生まれが恵まれている奴は、常に何かを奪いっぱなしだ。それを俺は重々理解してこの世界での人生を歩んでいる。
「だからさ、許せないんだよ──〝生まれてきちゃいけない奴だ〟ってそんな言葉が」
言って、俺は拳を握りしめた。血が出んばかりに強く掌へ詰めを喰い込ませながら、俺は自分の身の内に怒りの炎を巻き起こす。
「この世界に生まれた人間は、例えそれがどんな奴だろうと、尊い命なんだ。だから俺は、そんなこの世界に生きる命を否定するのは許せない。道理に正しくない存在として生きているからこそ、そんな言葉は絶対に否定しないといけないんだよ──」
「───」
ユキナの眼差しが俺へ向けられる。驚いたような、唖然としたような、そんな眼差しを浮かべて、俺を見た少女は、コクリ、と喉を鳴らして、
「ハル、くんは。私のような存在でも、尊い命だと、そういうんですか?」
ふと、呟かれた少女の問いかけ。
それに対して俺は顔を上げ、怪訝な眼差しを浮かべながらも、それでも、ああ、と頷いた。
「当たり前だろ」
端的にそう告げる俺に、やはりジッとした眼差しを向けるユキナ。
その青い瞳の意味が分からず、俺は困惑を浮かべる。一方のユキナずっと押し黙ったまま、俺を見詰めるので、室内には変な空気が流れ出た。
いったいなんなんだ、と俺が辟易する。
だが、幸いにして、それも長くは続かない。
俺の元へ一通の連絡が入ったからだ。
「ん? 通信? 誰からだ……」
プルルルとなる家庭用通信機。その受話器を俺は取りながら、それへ出る。
はたして相手は決闘庁の決闘官からだった。連絡事項がある、と裁判所の人間らしく生真面目で堅苦しい声で告げられ、俺はそれへと耳を傾ける。
そして──
「え──」
「ハルくん?」
目を見開き固まる俺を見て、ユキナがそれまでの感情をいったん棚に上げて首をかしげる。
そんなユキナの青い瞳を俺も見やり、
「……ユキナ。まずいことになった」
自分で自分の顔が引きつっていることを自覚しながら、俺はゴクリと唾を飲み下す。
そして、俺はそれを告げた。
「ジュリアンの野郎、決闘に代理人を立てやがった」
その相手は、
「──ユリフィスの
俺のその言葉に、ユキナが大きく両目を見開く。
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