13.幕間狂言:ジュリアン・ヴァン・ユリフィス

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以上となります。それでは本編をどうぞ

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 ──ハルから、決闘を挑まれたジュリアンは、自宅に帰った後も荒れていた。


「クソ、クソ、クソ……‼」


 手あたり次第に室内のものへ当たり、それを散々に破壊して回るジュリアン。


 そんな彼の様子に、彼のためだけにユリフィス家から連れてこられた使用人達が慌てふためき、顔を真っ青にする中、怒りに支配されたジュリアンはそんな回りの様子も見えない。


「あいつもあいつだ! なにが、自分の婚約者の名誉を守るためだよ⁉ 気取りやがって‼」


 ジュリアンが脳裏に思い起こすのは、一人の少年。


 頭の半分が黒色で下半分が金色と言う変わった髪色をした眼鏡をかけたその顔を思い起こして、さらに苛立ちを募らせるジュリアンは、自分の銀色をした髪を掻きむしった。


「あいつは、、あんなことを言えるんだ⁉ 知っていたら、どうせあの女から離れるクセに、格好つけんじゃねえよ‼」


 ガンッと音を立てて壁を殴りつけるジュリアン。そうして者に当たり散らかす彼を使用人達は遠巻きに視るだけで介入できず、そんな彼らの姿すら苛立たしいというようにジュリアンは使用人達を睨みつける。


 それだけで蜘蛛の子のように散っていく使用人達。そんな彼らにジュリアンは舌打ちした。


「……どいつも、こいつも……」


 憎悪を込めて、彼は呟く。


「僕は……ジュリアン・ヴァン・ユリフィスは、ユリフィスの人間なんだ。十二騎士候の、皇帝派の魔導師! そうだってのに、あいつは──」


 ──お前って、それしか自慢することないの?


「───」


 ハル・アリエルから言われた言葉を思い出して顔を歪めるジュリアン。


 その上で彼は、自分の手をかざした。そうして魔力を熾し、術式を発動しようとする。


 使う術式はもちろんユリフィスが得意とする氷結系術式。


 空間の気温を下げ、氷を生み出し撃ち放つそれをジュリアンは行使しようとした。


 だが──


「なんで、なんだよ……‼」


 


 氷結系術式は確かにジュリアンの魔導基幹内で演算された。それこそ脳裏でそらんじられるほど叩き込んだ術式だ。適切な魔力と事象干渉力が伴えば発動するはずのそれが──


 ──使


「なんでなんだよ、なんでなんだよ、なんでなんだよ……‼」


 ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ、とジュリアンは何度も床に額を押し付けた。


 自らへの怒りと失望と絶望をないまぜにした感情のまま、彼はその両目から涙を流す。


「僕は、ユリフィスなんだぞ……⁉ なのに、どうしてユリフィスの魔法が使えない⁉ あの女にすら使えるのに、なんで僕だけが……‼」


 ユリフィスの血を継ぐ者ならば、誰もが氷結系の術式を使える。


 ユキナですら、感情を暴走させただけで、それが露わとなるほどにユリフィスの血というのは氷結系術式に高い適正を持つ。


 なのに、ジュリアンだけがそれを使えない。


「なんで僕は氷結系の魔法を使えないんだよ⁉」


 絶叫がこだまする。


 そんな少年の叫びに、はたして──





「──かわいそうな、ジュリアン」





 声が、生じた。


 驚いて顔を上げるジュリアン。


 その視線の先で、こちらを見やる人影を彼は見た。


 まだ女性だ。それもまだ十代前半の少女にも見える容姿の。


 長い銀髪を結ぶでもなく垂れ下がったままにし、青い瞳をジュリアンへ向けるその〝存在〟にジュリアンは両目を見開いた。


「……シエラ、さま……」


 わなわなと声をふりわせながら名を呼ぶジュリアンへその女──シエラは頷く。


「ええ、私よ、ジュリアン」


 微笑むシエラ。その笑みはどこか超然としていた。


 とても十代の少女が浮かべるには浮世離れしたその表情。


 しかしそれも無理はない。


 彼女はユリフィス家当主に次ぐ──あるいは当主をも超える影響力の持ち主なのだから。


 彼女の名はシエラ・ヴァン・ユリフィス。


 またの名を


 三百年以上の時を──生きる、ユリフィスの大魔女である。


「し、シエラ様。どうして、ここに……?」


 瞳を震わせ、問いかけるジュリアン。


 そんな彼に、シエラはただただ超然とした笑みをたたえたまま答える。


「そんなの決まっているでしょ? 私の可愛いジュリアンがひどい目にあったと聞いたから、飛んできたのよ。


 言いながら、シエラはジュリアンへと腕を伸ばした。


 彼を優しく包み込むように抱きしめてやりながらシエラはジュリアンへ言葉を吹き込む。


「ああ、かわいそうなジュリアン。理不尽に殴られて、あげくに無意味な決闘まで挑まれるなんて、傷ついたでしょう? 悔しかったでしょう?」


「しえら、さま」


 ジュリアンの頭を包み込み、それを優しくなでながら言葉を続けるシエラ。


 そんな彼にジュリアンはそれまでの怒りを忘れて彼女へ体を預ける中、シエラはそんなジュリアンへ滔々と言葉を告げていく。


「あなたは悪くないわ。悪いのはすべてあなたに理不尽な世界そのもの。あなたは本当はすごい子なのに、それを認めない世の中が悪いの」


 少年のことを肯定し、少年の在り方を否定する世界そのものを否定し。


 シエラは、ただ彼への共感をもって、彼へそれを吹き込んでいく。


「事のはじまりはすべて帝室と帝国政府が結託してユキナをあなたから取り上げたことだわ。そのせいであなたは傷ついた」


 だから、ね、ジュリアン──


「これを、是正しましょう?」


「是正……?」


 ジュリアンから眼差しに、シエラはその瞳を見返しながら、ええ、と頷く。



 シエラが告げた言葉に、ジュリアンが大きく目を見開く。


 驚愕する彼へ、シエラはただただ笑みを──どこか普通の人間とはかけ離れた三百年の時を生きる魔女としての笑みを浮かべながら言う。


「あの子は、ユリフィスの外に在ってはならない存在よ。適切な管理ができる者の手で、適切に扱わないとダメ」


「それが、僕だと、シエラ様は言うのですか……?」


 そう疑問するジュリアンをシエラは首肯をもって答えた。


「その通りよ。さすが、ジュリアン。よくわかっているわ」


 微笑み、見つめ、ただまっすぐとジュリアンだけを見てシエラは、それを告げる。


「安心して、ジュリアン。あなたが勝てるように私がすべて取り計らってあげる──


 そこまで告げて、自身の背後を見やるシエラ。


 部屋の入口。そこには、複数人の男達が立っている。それを見やって、シエラは笑みを濃くしながら、ジュリアンを見た。


 ──そして、決闘の日がやってくる。

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