12.高度に発達した異世界で、現代知識無双ができないと、いつから錯覚した?


「へい、ハル! 頼んだ!」


 叫び声と共に投げられる球。前世で言うところのドッジボールほどの大きさを持ったそれを受け取りながら、俺は走り出す。


 いま俺──ハル・アリエルは、第二魔導高専で体育の授業をしているところだ。


 やっている種目は〝進撃〟──こちらの世界独自の競技である。


 ルールヴァリエシオンはただ一つ──〝触れてはならずディア・ダフィーフ〟。


 この競技では、あらゆる形での接触が禁止されている。


 それこそ、手を伸ばして触れられる距離にすら近づくことも厳禁。


 よって、走り出す俺にたいして、相手はこのような妨害をしてきた──


「──ここから、先は通さないぜ、アリエル!」


 俺の前に立ちふさがる


 横並びになってこちらの前に立ちふさがるそいつらに道をふせがれ、俺はあえなく立ち止まる。これ以上進めば触れられる距離に近づいたとして反則をくらってしまうからだ。


「……俺一人に三人もとは、大盤振る舞いだな、おい」


「お前のせいでこっちはもうすでに10失点だ! これ以上取られてたまるかっての! おい、お前ら、このままアリエルを押し返せ!」


〝進撃〟は、前世で言うところのアメフトやラグビーのように相手陣地へ進めば進むほど得点になる方式をとっている。


 ゆえに、俺を押し返すことで失点をふせごうとこちらへじりじりとにじり寄ってくる相手側に、俺はたまらず後退する羽目になった。


 このまま自陣にまで戻されてしまえば得点ができない。


 相手もそれを狙っているのだろう、相撲の力士よろしく両腕を前に出して近づけば触れるぞ、威嚇しながらこちらへ向かってくる──だが、


「忘れてんのか、これは集団戦だぜ」


 俺が言うのと同時に、俺の左側で走り出す影があった。こちら側の選手が駆けだすのに合わせて俺もそちらへ視線を向ける。


「ハル! こっちだ!」


 叫ぶそいつに俺だけでなく、相手側の選手も視線を向ける。慌てて俺と走り出したそいつとの間に割って入って、球を渡さないようにしようと試みる相手選手。


 そんな相手側を見やりながら俺は球を投げ放った。


 バスケのノールックパスだ。


 俺が前世で慣れ親しんだスポーツ。しかしこちらの世界には存在しない概念であるがゆえに、俺のこの行動は相手の意表を確実に衝く。


「はあ⁉ そんなんありかよ⁉」


 まさか、見ていない側へと投げられるとは思っていなかったという表情で驚愕する相手側にたいし、俺から球を受け取ったそいつが走り出す。


「後衛! そいつを止めろ!」


 叫び後を上げて走る俺の仲間へ群がる相手側の選手たち。そうしてそちらへ意識が向かっているのを見て、俺は相手選手の意表を突き、こちらの包囲網を突破した。


「……ッ⁉ アリエルが行ったぞ‼」


 叫ぶ相手を後目に、俺は敵陣最奥へ切り込む。そこに立てられた二本の柱。この競技において最高得点を狙えるその前へ立ちふさがった俺を見て、相手選手に群がられていた仲間が、抱えていた球を俺へ投げた。


 大きな弧を描き、俺の元へと落ちていく球を見て、相手選手が慌てて俺の前に駆け込んできた。そうすることで自陣の柱と俺の間を両断し、進めなくしようとする試みだ。


「間に合った──!」


 これでお前は進めないだろう、と勝ち誇る相手に俺はニヤリとした笑みを浮かべる。


「いいや、俺の勝ちだ」


 落ちてきた球を俺は、その代わり思いっきり足で蹴った。


 前世サッカー部で地区大会優勝にまでこぎつけた俺の健脚が蹴りはなった球に強烈な回転を与えて、大きく横へ曲線をえがき進む。


 立ちふさがったそいつの真横を抜けて、さらにその後ろで自陣の柱を守っていた相手の守護役を突破し、俺が蹴りはなった球は確かに柱の間を通過。


「そこまで! 赤組、得点! いまのをもって対戦終了! 15対7で赤組の勝利!」


 審判役だった教師がそれを見てそう宣言するのに、俺は自分達の仲間と喜び合う。


「対あり! 俺達の勝ちだ」


「ああ、クソっ! なんだよ、最後の、魔法みてえにまがってたぞ⁉」


 負けて悔しがりながらそう叫ぶ相手側。こちらの世界にはスポーツがないからこそ刺さった俺の地球由来の技術で無双した俺は、そちらへと手を伸ばして、お互いの健闘をたたえ合う。


 と、その時だった。


「はは、なんだ、あれは?」


「普通科の連中は、あんな遊びで満足しているのか? おめでたい奴だな」


「ほんと、こちらが毎日魔法の実技でへとへとになっているのに、あんなお遊びばかりしている連中が羨ましいわあ~」


 クスクス、ゲラゲラ。


 下品にこちらを嗤って、そう聞えよがしに言う奴ら。


 振り向けばそちらには黒色の制服を着こんだ生徒達がいる。


 そいつらから向けられるあからさまな嘲弄にこちら側の生徒が顔を歪めた。


「特科連中が……調子に乗りやがって」


 一人がそう口にするが、それが負け惜しみなのは、誰の目に見ても明らかだ。





 ──俺とユキナがこの春入学した第二魔導高専には二つの学科がある。


 一つは、非魔導師家系出身者が大半を占め、凡人や劣等生ばかりの普通科。


 一つは、名門魔導師家門の者達が多く、天才ばかりの特科。


 それらの区別は学科のみならず、その制服にすら現れ、普通科の生徒は白い制服を、特科の生徒は黒い制服と言う具合に学校内で区別されていた。


 これは、名門の生まれかどうかで入学時点における魔法の才能も技術力も大きく開きがあるためゆえの合理性だが、それが両学科の間で根強い対立を生んでいることは否めない。


 そして俺は二つの学科のうち──第二魔導高専に入学していた。





     ☆





「ふう、疲れたぁ~」


 体育の授業が終わった後、俺は一度熱を持った体を冷やすため体育館裏に向かって、そこで蛇口からじゃぶじゃぶと水を出して顔を冷やす。


 そうして水で顔を洗っていた俺だが、そこで声をかけてくる存在が現れた。


「やあやあ、ちょっといいかな」


 ねっとりとした声音。嘲弄を隠さないその声音も、三度目ともなれば、俺も誰か気づく。


「……ジュリアン・ヴァン・ユリフィス……」


 俺の言葉に応えるようにジュリアンがニヤニヤと笑いながらそこに立っていた。ジュリアンだけではない。彼の背後には特科の黒い制服を着た取り巻き達がいて、そんな奴らがジュリアンともども俺の前に立つのに、俺は嘆息を漏らす。


「なんだ、ぞろぞろと。ここは便所じゃないぞ」


「下品な勘違いはやめてくれよ。品性が捻じ曲がるだろ」


 肩をすくめながらジュリアンが言う。それに合わせて彼の背後でクスクスと笑いだす取り巻き達。そんな彼らを俺は冷めた目で見つめ、


「だったらなんだよ。こっちも暇じゃないんだ。変な絡み方はしないでくれよ」


「おいおい、そう寂しいことを言うなよ。僕としてはこれから家族になる義兄上を慮って話しかけてやったんだぜ」


 いらねえ、と言うのが本心であったが、それを言って面倒事を起こすのも嫌だったので、あえて言わずに「そうかい」と冷めた返事を返すにとどめた。


テメェの気遣いなんて余計なお世話だ大変親切にありがとう性根のひん曲がった奴と君のその心優しい想いを会話するほど俺は暇じゃねえんだよ俺は忘れないよだから失せろ。今度またテメェに使う時間がもったいねえ食事にでも行こう──これでいいか?」


 帝国の主要な民族であるアーベル人が得意とするアーベル流皮肉アーベル・チャーチをたっぷり効かせて、俺が告げるのに、それがよくわからない取り巻きはキョトンとした表情を浮かべていたが、ユリフィスの貴公子であるジュリアンだけは理解したようでその顔を瞬時に真っ赤なものへ変える。


「バカに、するなよ……⁉」


 怒気も露わに俺を睨むジュリアン。


「君さあ、本当に失礼だよね……‼ 自分の立場をわきまえているかい⁉ 僕は十二騎士候ユリフィス家の人間! たいする君は無名の非魔導家門! しかも僕は特科の一年生学年主席で! 対する君は普通科の落ちこぼれだ‼」


 一つ一つ区切って協調するようにそう告げるジュリアンだが、俺はそんなジュリアンの態度にこそ呆れた半眼を向けてしまう。


「お前って、それしか自慢することないの?」


「な──」


 俺の言葉に愕然とジュリアンが目を見開いた。俺はそんなジュリアンをただただ見やり、


「だってさ、ユリフィス家の~、とか十二騎士候が~、とか言うわりにそれ以外のことはあまり口にしないだろ──決まりきった自慢を自分からするってのは、正直みっともないぞ?」


「───」


 ピシリと固まるジュリアン。そんな彼の背後で取り巻き達すらも絶句する中、俺はやれやれと首を振りながら彼の横を抜ける。


 話は終わりだ、と態度で示しながら俺はその場から去ろうとした。


 だが、その直前──


「……のくせに」


「あ?」


 ジュリアンの横を俺が通り抜けた瞬間、ジュリアンがそんな呟きを漏らした。それに振り返る俺へ、ジュリアンが告げたのはたしてこのような言葉だ。


「──、調子に乗るなよッッッ‼」


 そうジュリアンが絶叫を上げるのに、俺が眼を見開く中、彼は俺のことを強く睨みながらそれを口にする。


「お前はなにも知らないからそんなことを言えるんだ‼ あいつがどれほど周囲に不幸をまき散らす奴か! 多くを奪っていく奴か知らないから……‼」


「……お前、なにをいっているんだ?」


 穢れた血の豚とはもしかしなくても、ユキナのことか? その侮辱だけでも俺としては許せないが、さらにジュリアンは超えてはならない一線を超える。


‼」


「───」


 瞬間。


 ブチリッ、と音を立てて俺の中でなにかが砕けた。


「おい」


「あっ、なん──ぎゃ⁉」


 拳を振り抜いた。


 思いっきりジュリアンの頬骨を撃ち抜き、その体を勢いよく吹っ飛ばす。


 倒れるジュリアン。地面に尻餅をつく彼を、取り巻き達は誰も反応できず見ているしかなくて、たいするジュリアンもいきなり殴られた頬を押さえて愕然としていた。


「ななな……⁉ 殴ったな、僕を⁉ う、訴えてやる! 訴えてやるぞ‼」


 叫び、喚き散らすジュリアン。俺はそんな彼を冷めた眼差しで見下ろす。


「……好きにしろよ。被害届を出すなり、訴えるなりご自由にどうぞ」


「……ッ! こ、これは冗談じゃないぞ! やると言ったら、僕はやるからな⁉」


 そんなジュリアンの喚きに俺は理解の色を示す形で頷いて、


「ああ、だから好きにしろって言ってんだろ。それはお前の権利だ。帝国臣民として、帝国の法に則った行為を俺も止めはしない」


 俺も帝国臣民の権利を貶すほど強情ではない。自分に非があることを確かに認めとめていた──


「その代わり、お前が訴えたら、俺も、俺の権利を行使させてもらう」


 言うと同時に、俺は眼鏡を取る。


 そうして俺は裸眼でジュリアンを睨む。メディチの【魔眼】の宿ったその瞳を眼鏡越しではなく直接的に、目の前で情けなくも尻餅をつく男へ突きつける。


「──決闘を、しよう」


 ポツリ、と呟いた俺の言葉に瞠目するジュリアンを、俺は見下ろす。


 そうして銀髪の少年を睨みつけた上で、俺が告げたのは次のような言葉だ。


「お前が俺達を訴えるというのなら──


 俺の言葉に愕然とジュリアンが目を見開く中、俺はそれを彼に対して宣告した。


「ジュリアン・ヴァン・ユリフィス。俺は、お前によって傷つけられた婚約者の名誉を守るため、俺はお前に対し、決闘を申し込むッッッ‼」

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