11.【卑怯者】の詩





 ──すこし、昔話をしよう。





 これは、俺がまだこの世界に生まれてきた頃の話だ。


 俺は転生者だった。


 以前は地球と言う世界の日本と言う国で生まれ育った人間だった。それが事故だか過労死だかで突然死して、そうしてなんの因果か俺はこの世界『神地』に新たな生を受けた。


 そんな俺だが、幸運にも生まれた家が経済的に財閥系家門。さらに母の血筋から引き継ぐ形で優れた魔導師としての才能も有していたわけで。


 まあ、調子に乗ったね、そりゃあもちろん。


 転生者として生まれ落ちたらチートを持っていた、と言う前世でよく見た物語そのまんまな状況にあってどうして調子に乗らないと思ったのか。


 正直、我が世の春とすら言っていい日々だった。


 また俺の周りには友人にも恵まれていた。主君にして悪友であるアルス殿下とかオルフェウス先輩とか、そういった知己を得て日々をのびのびと暮らしていた俺。


 その中でも特に仲がいい知り合いが──俺にとって親友と言うべき友人が一人いた。


 名をアルフレット・ウェアフリードというその少年は、俺と同じく貴族系の家門に生まれ、そして優れた魔導師であるという共通点を持っていたのだ。


「俺にはアルフレットっていう友人がいて、そいつは……少なくとも俺の方から見て〝親友〟って言っていいほど仲が良かったんだ」


 ポツポツ、と俺が語る言葉をユキナは遮ることなく聞く。真剣な彼女の青い瞳に、しかし俺は苦笑しながら続きを口にした。


「でも、そう思っていたのは俺だけだった。むしろ、彼から俺は相当恨まれていたらしくてな──そんな彼に俺は【呪い】を受けたんだ」


「え──」


 俺の言葉にユキナが大きく目を見開く。


 そんなユキナの視線を受けながら、俺は自分の手を見下ろした。かつてアルフレットと笑い合った時のその日々を思い出しながら、しかし同時に彼から受けた【呪い】も想う。


「俺が受けた【呪い】は単純なものだ〝俺が魔法を使おうとすると指数関数的に俺の魔導基幹へ負荷を掛ける〟……言ってしまえばその程度のものだよ」


 魔導基幹とは魔導師の誰もが持っている魔法を演算するための魂魄内器官だ。


 それ自体が一種の術式であり、魂に刻まれたこれの補助によって、魔導師は安定して魔法を使うことができる。


 俺はその魔導基幹に【呪い】を受けた。


「この【呪い】のせいで、長時間にわたる魔法使用に支障が出るんだよ。いまみたいな短時間ならまだごまかしがきくけど、使用すればするほど【呪い】が強くなって魔導基幹を蝕む──おかげで、俺はまっとうに魔法を使えなくてな」


「そんな、ひどい」


 苦笑しながら言う俺に、ユキナは顔を青ざめさせた。


 魔導師にとって魔導基幹とはいわば肉体における心臓のようなもの。それを蝕む【呪い】を懸けられたという事実に、同じ魔導師としてユキナもその深刻さを直感したのだろう。


「それでは、ハルくんは本来の魔法力を発揮できない、ということですか? 魔法を使えば【呪い】によって苦しむから、魔法をうまく使えない、と?」


「まあ、そういうことになるな。しかもよっぽど俺にたいする恨みが強かったらしくて【呪い】の解呪も普通の方法では無理ときた。医者も匙を投げて、対処療法を進めるほどだよ」


 ひょうひょうとした態度を装ってそう呟く俺に、ユキナはしかし唇をかみしめる。


「……その【呪い】を懸けた方は? ハルくんに、そこまでした人はどうしてるのですか?」


 ユキナの問いかけ。彼女からすれば当然の問いかけに、俺はやはり何気な差を装って言う。


「死んだよ」


 俺の告げた言葉に、ユキナが固まる。愕然と目を見開き、こちらを見るユキナに「そんな顔をしないでくれ」と言いながら、俺は続きを口にした。


「まあ半ば自殺みたいなもんだ。自分の命と引き換えに【呪い】を俺に付与して死亡。術者が死亡している以上、解呪の方法もわからず、結果として俺の【呪い】は対処不能になった、とまあそういう感じだな」


「なんですか、それ……」


 声を震わせるユキナ。同時に、彼女の体の内側から魔力が熾った。


「ゆ、ユキナ⁉」


 突然、少女が魔力を立ち上らせたことに、俺が驚く中、ユキナはそんな俺に気づかず、怒りに身を震わせながら叫ぶ。


「そうやって人を理不尽に踏みにじって、挙句に自分は死んで逃げる? そんなの許されるわけがないでしょう⁉ そんなことが、そんな残酷が……‼」


 室内の気温が冷え込む。


 急激に冷気を帯びた部屋の中、その原因であるユキナに俺はギョッと目を見開く。


──ゆ、ユリフィスの魔力⁉


 氷結系の魔法を得意とするユリフィスの血をいかんなく見せるユキナ。


 ユキナの激情に呼応して暴走を開始する魔力。正直見ていられなかった。


「ああ、もう!」


 俺は眼鏡を外した。その上で発動するのは【魔眼】だ。


 ただし【極散の魔眼】ではない。見た対象を拡散で平均化するその【魔眼】では、逆に室内の気温をより冷え込ませかねないからだ。


 ゆえに、俺が使うのは【魔眼】──


 俺が六つ持つ【魔眼】の一つを発動した。


「───」


 ──【相転移の魔眼】


 外した眼鏡の奥。肉眼を一瞬だけ金色に輝かせながら、俺はそれを発動する。


 相転移とはすなわち、物質の状態を変化させること。個体を液体へ、液体を気体へ。


 そうやって物質を変貌させるということは、つまり熱量を操るも同義だ。


 俺が『眼』を向けた瞬間、その【魔眼】が発動し、急激に冷えだしていた室内の気温が元へと戻っていく。冷気を帯びていた室温が元の温度を取り戻した。


「あ──」


 自分の中であふれた魔力が俺によって元通りにされたことへ、ユキナが驚きながら目を見開いた。そのまま彼女はへたり込むように地面へ膝をつく。


「落ち着け、ユキナ。


 嘆息も混じりに言う俺に、ユキナは歯噛みするように唇をかみしめた。


「で、でも!」


「ユキナ」


 まだ何かを言おうとした彼女へ俺はそう笑ってなだめた。


 俺の表情を見て言葉に詰まるユキナ。その姿を前に、俺はつとめて落ち着いた声音で言う。


「相手は死んでいる。そうである以上怒ったってしかたないよ」


 そう宥める俺に、ユキナはまだもの言いたげな表情をしていたが、しかし俺の態度にこれ以上何かを言うことこそ無粋と気づいたのだろう。俺はそんな彼女を見下ろすように見て、


「でも、怒ってくれてありがとな。俺のためにそうやって怒ってくれることはすげえ嬉しい」


「───」


 俺の言葉にそれまでの怒りも忘れてユキナが俺を見上げる。


 その上で彼女は一度顔を俯かせて「もう」とどこか力が抜けた風に呟き、


「そんな風に言われたら、怒るに怒れないじゃないですか」


 ふふ、といつものように笑うユキナ。その姿に俺はホッと一安心をしつつ、ユキナへと手を差し伸べた。俺の手を取り立ち上がる彼女の顔はすがすがしい色をしている。


「正直、私はハルくんへ【呪い】を懸けた人を許せません。それを許すハルくんにもいろいろと言いたいことがあります」


「はは、そりゃあ怖い」


 あえておどけた風に言う俺へ、ユキナが苦笑めいた笑みを向けつつ「でも」と告げ、


「ハルくんがそういうのならいまは飲み込みます。私も、いまは未来を、見たいですから」


 言って微笑むユキナ。そのはにかんだような笑みに俺の視線が吸い寄せられる。

──時々、こういう表情をするから、ユキナって本当にズルいよなあ。


 そんな風に思った俺は照れ隠しに咳払いし、改めてユキナを見やった。


「……そうだな。これから第二魔導高専に入学するんだ。せっかくの楽しい学校生活を送るんだから、あまり変なことは考えないで行こうぜ」


「はい。私も……その、ハルくんと一緒に学校生活を送るの楽しみです」


 そう言ってまた微笑むユキナ。しかし俺はそんな彼女の言葉に思わず真顔を向けた。


「……? どうされましたか、ハルくん?」


 俺の表情の変化に気づいたのだろう。そんなユキナの問いかけに俺は自分の頬を掻きながら「いや、あのな」と呟いて、


「そう言えば言ってなかったんだけど、ユキナ。俺と君は、同じ学校生活は送らないぞ?」


「え?」


 キョトンとするユキナ。


 そんな彼女になぜか大変に言いにくい想いを抱きながら、俺はそれを告げる。


「いや、俺は普通科で入学するから」


 俺の言葉に、ユキナの絶叫が室内に轟いた。

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