10.努力する子は褒めなくてはなりません


「あー、ユキナさん?」


「はい、なんですか、ハルくん?」


 俺はユキナを、呟くのに、こちらを見下ろすユキナが首をかしげてみせる。


 ドギマギしつつ、俺はユキナにそれを告げた。


「ちょーとこれはいけないんじゃないかなあーってそう思うんですけども」


 膝枕だった。俺はいま、ユキナに膝枕されているのだ。


 ……誘拐事件から数日後。


 あれからユキナの俺に対する態度が大きく変化した。


『ハルくん。お食事ができましたよ』


『ハルくん。お風呂が入りましたので、お先にどうぞ』


『ハルくん。お洗濯しますから、洗濯物を出しておいてくださいね』


 と、まあ終始こんな感じで家の家事についてはほとんどユキナがしてくれている。


 そうと来て、今日は膝枕だ。さすがの俺もこれには辟易してしまう。


「ユキナ、さすがに俺を甘やかしすぎだ。こうやって膝枕されている俺が言えることじゃないけども……そんな風に俺の世話ばかりしなくていいから」


「……これぐらいはしたくなりますよ」


 困り顔でそう告げたユキナ。その言葉の意味するところは続く彼女の言葉柄話していた。


「すぐに救助された私と違って、


 ……いまの言葉からもわかるようにユキナは俺が彼女を助けた


 、事件時、俺は賊に嗅がされた薬品のせいでずっと昏睡状態だった、と彼女には説明している──結果が、この過剰なまでの甘やかし、というわけだ。


「だからって、こんなに甘やかさなくても……」


 困り顔でそう呟く俺に、ユキナはしかし甘やかしを続けたままで言う。


「前にも言いましたけど、私はハルくんを甘やかすのは嫌いじゃないんですよ。ハルくんの髪とか撫でていると面白いですし」


 言って、俺の上半分が黒で下半分が金色である俺の髪を撫でるユキナ。


 魔導師特有の特異体質により上下で髪質が異なる俺の頭髪を撫でて楽しそうにするユキナ。


 こうして俺を甘やかす少女だが、これで家事炊事のみならず勉強まできっちりやったうえでの行為だというのだから、少しだけ感心してしまう。


「ユキナってすごいよなあー」


「??? 急にどうなされました……?」


 俺がいきなり誉め言葉を口にしたので、ユキナが戸惑いがちにそう問いかけてくる。


 俺はそんなユキナを何の気なしに見やりながら「いや、さ」と口にして、


「ユキナって基本的になんでも頑張ってんじゃん。家事とか炊事とかもそうだけど、それだけじゃなくてもいつも勉強をきっちりやっているのは何度となく見ているし、魔法の鍛錬もしっかりこなしんてだろ? すげえ、努力家だなあってそう思っただけ」


 そう呟いた俺の意図はなにもない。ただ純粋な誉め言葉としてユキナに告げただけだ。


 ただ、そんな俺の言葉にユキナは盛大に戸惑うような表情を浮かべて、


「そ、そうでしょうか……?」


「そうだよ。こんだけ頑張ったんだ。ご家族もきっとすごく褒めてくれたんじゃないか?」


 と、俺が何気なく呟いた言葉。それにたいしてユキナは──


「……ユリフィスの方々が私のことを褒めることはありませんよ」


 ふっ、と笑みを浮かべるユキナ。しかし、その笑みは深い寂寥と諦念を帯びており、俺は自分の言葉の失敗を悟る。


「ごめん、そんな意図じゃなかった」


「いえ、私こそすみません。ハルくんにそんな顔をさせたいんじゃなかったんです」


 そう謝罪を口にするユキナ。ただ、それは俺の台詞だ。


 俺こそ彼女にそんな表情をさせたかったわけではない。


「……もう一度言うけど、ユキナは本当にすごいと思うよ。よく頑張っている。たとえ他の誰もが褒めなくても、俺だけは君のことを心の底から褒めるから」


 笑ってそう告げる俺に、ユキナはピシリと固まった。


「あ、あのっ、ハルくん。よろしければ、魔法の鍛錬にお付き合いくださいませんか……?」


 なにを思ったのか、突然ユキナは俺にそう告げると、一度俺を膝枕から下ろし、そしてどこからかとある器具を持ち運んできた。それを見て、俺はおや、と眉を上げる。


「おっ、光源操作練習か……魔導師としては基本的な奴だな、いいぜ。つき合う」


 内部に赤、緑、青という三つの光を発生させる術式が保存されている魔道具で、それぞれの光を順番に光らせ、それを時間内に一定数行うという鍛錬用器具である。


 それを取り出したユキナが俺に求めるのは記録係、ストップウォッチエグティシメントで時間を測ることだ。


「とりあえず、30秒でお願いいたします」


「ああ、任された」


 気合を入れて魔道具を見やるユキナにそう請け負いながら俺はストップウォッチエグティシメントの竜頭を押し込む。秒針が動き出すのと同時に、ユキナも魔法を発動。


 赤、緑、青の順で水晶玉が発光。さすがユリフィスの血を引くだけあって、その精度も速度もなかなか目を見張るものがあった。


「はい、そこまで。記録は30秒で58回だな、すげえな。なかなか好記録じゃないか」


 少なくともまだ15歳で魔導高専入学前と考えれば、十分以上の記録だ。これだったら学校でも上位を狙えるだろう。だが、それに対してユキナは──


「58回、ですか……やはり60回の壁は超えられませんね」


 肩を落として、そう告げるユキナ。


 60回の壁とは、この光源操作練習で一つの目安とされている記録のことだ。


 赤、緑、青の光を一秒間二巡させる必要があるこれは高度な魔力操作と術式演算速度を必要とするとあって、なかなかに難易度が高い。


 それこそ一流の魔導師の指標と言われる技能をユキナは習得したがっているようだが……


「……そんな落ち込むことか? 58回でもすごい記録だと思うが……」


 まだ魔導高専入学前の年齢では、58回と言う記録でも十分以上だ。


 正直、魔導高専に入学しても、今の記録ならば同学年どころか、高専全体でも見てもユキナ以上の実力者はそう多くないだろう。


 ユキナもそれはわかっているはずだが、それでも彼女は難しい表情を浮かべ、


「……わかっています。でも、これは私の意地です。私が、もう少し魔導師として優れていれば、あの誘拐事件で不覚を取らなかったかもしれませんから」


 ユキナがそう告げるのを聞いて、俺はなんとも言えない表情になった。


 彼女はいまだ自分が誘拐犯に捕まったことを気にしている。


 ゆえに魔法の鍛錬にも必要以上に熱が入っているのを見て……少し、俺も責任を感じた。


「──だったら、肩の力を抜け」


「え?」


 俺が呟いた言葉にユキナが目を瞬かせながらこちらを見やる。そんなユキナを横目に、俺は一度彼女へストップウォッチエグティシメントを根が渡しながら魔道具へと手を伸ばし、


「ちょっと見てろ」


 言って俺は魔法を発動した。慌ててユキナが記録を開始する。その結果は──


「記録……121回⁉ な、なんですか、この記録」


 60回の壁を超えれるのでも一流と言われるのに、その二倍。


 そんな超高記録を見せつけられて驚きに目を見開くユキナに、俺は何の気なしに言う。


「こういった術式にはちょっとしたコツがあるんだよ。具体的には術式演算のやり方だな。魔法ってのは術式を正確に演算するほど魔力消費量が減るが、その分、演算速度が犠牲になる。だからあえて、術式演算を荒くして、その分を魔力で補うことで速度を出せるんだ」


 術式には『理論術式』と『実践術式』というのがある。


 わかりやすく言えば、理論術式が魔法本来の威力を発揮した場合の理論値、実践術式はそこから周辺環境による影響や魔導師の適性、魔力量、演算精度などを加味して現実にできる術式というところか。


 俺がやったのは理論術式に正確な形で演算しようとするユキナのやり方にたいし、魔力で一部を補うことを前提に、あえて精度の荒い実践術式を実行し、演算速度を増すという手法だ。


「まあ、これ自体、理論術式に近い術式演算をしてほしいっていう学校側の事情に真っ向から喧嘩を売る手法だし、そうじゃなくても無暗に魔力操作と術式演算の精度が求められるから、あまり褒められた手法じゃないけどな」


 ひょい、と肩をすくめながら俺はそう告げる。


 あくまで裏技的手法としてこういうのもあるぞ、と示した俺にたいし、しかしユキナはまじまじとした視線をこちらへと向けてきて、


「……ハルくんって、実はすごい魔導師なんですか?」


「はっ?」


 ユキナがいきなり告げた言葉に俺は目を丸くする。


 そんな俺にたいしてユキナはやはりまっすぐとその青い瞳を向けながら言う。


「いまの技法。少なくとも並みの魔導師では難しい技術が使われていると私にも感じられました。それを何も気負うことなく、さも簡単なことのようにやれる……これは、すごく才能のある人に特有の能力です」


「……い、いや~。いまも言ったように裏技的手法だし、あまり褒められたものでは……それに、前にも言ったけど俺は〝人を魔法で攻撃できない〟欠陥の魔導師だし」


 と、そう俺は逃げようとしたのだが、しかしユキナはそんな俺の甘えを許さない。


「……前から思っていたんですけど、その発言って別に問題ありませんよね?」


 ユキナはそう告げると、俺が告げた欠陥の陥穽を指摘しだした。


「魔導師の職業はなにも戦闘ばかりではありません。それこそ学術的な研究なども魔導師の立派なお仕事の一つですし、その他、魔導医や、肉体労働に限っても山岳警備や災害救助など、直接戦闘にかかわらないで魔法を行使する仕事というのもあります」


「うっ」


 ユキナ自身そういった道をいろいろと調べたのだろう。


 鋭い彼女の指摘に、俺は思わず言葉へと詰まってしまう。


 ……ここまでくると、逆に誤魔化す方が不自然だった。


──あまり、このことは言いたくなかったんだがなあ。


 だが、彼女を納得させるには、俺は俺がユキナに隠していることを言わなくてはならない。


 俺自身がマグヌスであることをユキナに隠す理由──その根源を。


「ユキナ、言葉を訂正するよ。俺は確かに欠陥の魔導師だけど、それは人を魔法で攻撃できない──


「……? どういうことでしょうか?」


 首をかしげてこちらを見るユキナに、俺はあまり公言したくなかったそれを口にする。


「俺の才能は期間限定なんだよ──昔【呪い】を受けちまってな」


 俺の言葉にユキナはその両目を大きく見開いた。

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