09.青雲に雷霆は鳴り響き、悪は討たれん
「マグヌス・レインフォード……?」
彼らがまじまじと見やる眼差しの中、そこに映りこむ俺の姿は様変わりしていた。
頭髪は、その大部分が金色に。黒髪は毛先と後頭部に一部その名残を遺しているだけで、眼鏡を外し前髪も押し上げたその姿は、まさに別人。
たとえここにユキナがいても、俺がハル・アリエルだとわからないだろうほどに別人となった俺の姿が、賊達の瞳に映りこんでいるのを見やりながら、俺は懐に手を伸ばす。
そうして取り出したのは一枚の紙片だ。
強制執行令状と銘打たれたそれを賊達に見せつけながら、俺は彼らへ通達した。
「誘拐犯に告ぐ。俺にはユキナ・ヴァン・ユリフィス嬢の救助を要件に無制限の魔法使用が認められている。誘拐犯達はただちにユキナ嬢を解放せよ。さもなくば──」
言いながら俺は体内で魔力を熾した。燃え上がった魔力は魔法資質を持つ者ならば、それこそ文字通り炎のように燃え上がって見えることだろう。
「──お前達を実力でもって排除する」
端的に告げた俺の言葉に、たじろぐように後ずさりする賊達。
この世界の住民にとっての驚異である【魔獣】の討伐や、あるいは今回のような犯罪者の逮捕などのために魔法を行使し、それを解決するのが生業の職業。
俺もまた、そんな猟兵の一人であった。
猟兵としての権限をもって裁判所から発行された令状を見せ、こちらの法的な正当性を主張する俺に対して、賊達も対応にあぐねているのだろう、彼らの額に冷や汗がしたたる。
──……できれば、このまま自首をしてほしいものだけど……。
正直戦闘にならないのなら、ならないでその方がよかった。
俺は魔法で人を攻撃できない。
猟兵になろうと、この原理原則が変わるわけではないのだ。だから、できれば直接的な戦闘は回避したかったのだが──
「……ッ! なに、臆しているのよ⁉ 敵はたかだか猟兵一匹! あんなのにさっさと倒してしまえばいいでしょう!」
悲しいかな、俺の想いは届かず、賊達は俺との戦闘を選んだ。
同時に彼らの体内で起こる魔力。
術式が瞬時に編まれ、そうして発動するのは【
「……おいおい、またずいぶんと古臭い術式だな……⁉」
三百年前の神伐戦争時代──帝国が建国される以前、現代魔導師が成立する前の古式魔導師達が主に使っていた攻性術式。そんな古式ゆかしいそれが俺へと迫る。
結局、戦闘になってしまったことへ諦念を覚えつつ、俺は両目をその【火炎弾】に向けた。
別に特別なことはしない。
ただ『視』るだけ──しかしその行為にこそ、絶大なる魔力が宿る。
迫る【火炎弾】がすべて霧散した。
突如、自分達のはなった魔法が消え去ったことに、賊達は愕然と目を見開く。
「な⁉ いったい、なにが──」
「──この現象ッ、まさか【魔眼】か⁉」
俺が使ったのは【魔眼】──対象を『視』ることを条件に発動する異能だ。
その中でも今使った【魔眼】の名は【極散の魔眼】
俺の両目でとらえた対象に、極度の拡散状態を付与することで、現象を平均化し無力化するその【魔眼】によって、賊が放った【火炎弾】は宿る魔力ごと雲散霧消した。
目の前で起こった現象を前に多くの賊が愕然とし、固まる中、先ほど俺が【魔眼】を使ったと看破した賊の男がわなわなと声を震わせながら俺を見る。
「……
俺をまっすぐととらえ、賊がそれを叫ぶ。
「──
彼の言葉に、周囲の賊達に同様が走った。
「十二騎士候の血族ですって⁉ ああもう! なんでどいつもこいつも私を邪魔するの⁉」
その中でも頭であろう女の取り乱しようはもはや狂気の域だ。ほとんど正気とは思えない表情で、自分の顔を掻きむしりながら、その女は俺を睨みつけてくる。
「こんなッ、こんなところで止められてたまるものですか! いいから抵抗しろ! 本家の連中を見返すために、ここで、こんな場所で私達は止まれないのよ──‼」
血走った眼で俺を見つめ、追い詰められた獣特有の表情で歯をむき出しする女。
もはや正気を失っているらしいそいつへ俺はやれやれと首を振りながら、あくまで淡々と冷徹に、冷静にそれを告げた。
「仕方ない。そういうことなら──強制執行を開始する」
一歩の踏み出しは、瞬時の肉薄と化した。
瞬時に賊の一人へと距離を詰めた俺。
さて、先ほども言ったことだが俺は魔法で人を攻撃できない。
では、どうやって賊を倒すというのか?
なに、話は簡単だ。
「魔法で攻撃できないなら──拳骨でぶん殴る‼」
叫び、俺は拳を振りかぶった。
「がは──⁉」
「一人目ッ‼」
拳の一撃。みぞおちへ正確に叩き込まれたそれにより、賊の一人があっさりと沈んだ。
「こ──」
「──の、とは言わせないぞ!」
二人目。術式によって付加した回転力で勢いを増し、放たれた回し蹴りが直撃。あっさりとそいつは甲板上に伸びた。
「クソが──!」
叫びながら別の賊が突っ込んできた。妙に体格がいいそいつの突進。普通の人間ならばなぎ倒されるどころか盛大に骨折していただろう威力を秘めたそれは──残念ながら戦闘魔導師である俺には効かない。
「おっさんにじゃれつかれても嬉しくないな」
突進を片手で受け止める。
全身に張り巡らされた【情報強化】──身体を大幅に強化する魔法によって得た膂力で、大柄な男の突進を止めた俺。そのままもう片方の手を握りしめ、俺は男に拳をぶち込む。
頬骨を盛大に打ち抜かれて男は一撃にて意識を手放した。
「残るは、一人」
言いながら振り向いた先、そこには賊達の頭だろう女がそこに立っている。
見れば片手を突き出す女。その身の内で魔力の熾りを知覚して、俺は目を細めた。
「な、なんで効かないのよ⁉」
絶叫する女。
彼女が行ったのは気流を操り、薬品を俺に嗅がせる魔法。
しかし悲しいかな。俺には無意味だ。
「戦闘魔導師が身に纏う【情報強化】には毒物耐性もある──こんなの魔導師の常識だろ」
「───ッ」
ギリッと唇をかみしめる女。そのまま彼女はそれはそれは苛烈な眼差しを俺へと向けてきて、そのまま甲高い叫び声をあげる。
「うるさいうるさいうるさい! どいつもこいつも私の邪魔をして‼ 私は家門を再興しないといけないの⁉ お父様もお母様も家の者達もそう望んでいるのだから! そのために法に反してまで、あんな小娘を攫ったっていうのに──!」
子供じみた癇癪を起す女。そんな女に俺はただ静かに眼差しを向けた。
「──憐れだな」
「───ッ‼」
俺の憐れみにとたん表情を強張らせる女。それを見やりながら俺は首を横へ振る。
「道から外れた者に、救いはない。そこにどんな理由があろうが、どんな想い込めようが、道理を無視した奴は最初から道理に救われることは、ないんだよ」
「な、な、な」
本心からの忠告として、そう俺は彼女へ告げたが、しかしそれも女には響かず、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼‼‼」
絶叫を上げながらしゃにむにに腕を振って迫ってくる女。
そんな女を見て、俺は小さく嘆息を漏らす。
「それが、お前の答えかよ」
憐れみを込めて相手を見やり、俺は拳を握りしめた。
突き刺さった拳は、せめて安らかに眠れ、と女の意識を刈り取る。
☆
救急車が赤い警報機を鳴らしながらこちらへとやってくる。
それ以外にも周囲には国家憲兵隊所属の
俺はそんな光景を横目に、救助したユキナを運ぶ。
いわゆるお姫様抱っこという形でユキナを抱えながらやってきた救急車まで運ぶ俺。
「……う……」
薄く目を見開くユキナ。その顔はまだ茫洋としていて、どうやら薬品の影響が完全に抜けきったわけではないようだ。
そんなユキナを救急車から降ろされた担架に乗せてやりながら、俺は彼女の頭を撫でる。
「まだ眠っておきなさい。
さらさらとしたユキナの銀髪に指を通しながら、彼女へ安心させるよう、柔らかな声音を作って言う俺に、ユキナはやはりぼーとした視線のままコクリと頷く。
「……は、い……」
言って、また目を閉じるユキナ。
完全に意識を落とし、寝息を立てだしたユキナを見て、俺は救急隊員に頷いた。
そのまま担架は救急車に運び込まれ、バタンッという音を立て閉じられる救急車の後部扉。
ユキナを乗せ、そのまま去っていく救急車を見送りながら、俺はその場で踵を返す。
「さて」
バリボリと頭を掻きながら、こちらへと走り寄ってくる憲兵へと視線を向ける。
「面倒くさいが、事後処理を行うとしますかねえ」
そう呟いて俺は嘆息した。
これから俺は事後処理のため事情聴取と報告書の作成に追われることとなるのだ──
「………」
──バタンという音を立て、扉を閉めた救急車。
中の患者に負担を与えないよう、ゆっくりと、しかし確かにその車両は加速を開始する。
「……ん」
その中でふと、意識を浮上させるユキナ。
まだ茫洋とした状態のまま、半ば夢現となりながら、ユキナは口をもごもごと動かし──そして、こんなつぶやきを漏らした。
「……マグヌス、さん……」
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