08.晴天霹靂
「──対象の気絶を確認」
俺とユキナの新居に忍び込んでいた賊達は、そう言って地面に仰向けに倒れている俺とユキナの方へと近寄ってきた。
「こちらの女の方が対象だな?」
「ええ、そうよ。そのまま女をこの楽器入れにいれてちょうだい」
男の声、続いて女の声。人数にして、4人ほどだろう。そいつらが横に倒れる俺を放りっぱなしにしたままユキナを抱え上げて持ち込んでいた大型の楽器入れにユキナを入れる。
ただ、それは賊達も気になっていたのだろう。男の一人が俺へと視線を向けて、賊達の頭であるらしい女に問いかけた。
「こっちの男の方は?」
「そのまま放っておいて。なんでも本家の方々によると、この娘を守れなかったっていう責任で失墜させるとか言う話だから」
つまり、ユキナが攫われたというのに、婚約者の俺はそれを守る力がなかった、と示したいのだろう。そんな意図が透けて見える会話をした後、ユキナを収納した楽器入れを閉じて、男達は素早く俺達の新居から退去していく──
……。
………。
…………………………。
「……行ったか」
むくり、と俺は起き上がる。
慌ただしく賊が去っていた後、気絶していなかった俺は上体を起こして玄関に座り込んだ。
「………ッ」
そのまま立ち上がろうとしたが、その瞬間、頭の奥で疼痛が起こって視界がかしいだ。
やむを得ず俺は立つのを止め、座りなおしつつも内心で生じた苛立ちのまま舌打ちする。
「たるんでいるな……前までだったら玄関へ入る前に賊へ気づけた」
玄関に入り込んだ瞬間、俺は室内に人の気配があることに気づいていた。
その気配を探ろうとして……しかしその直前に、薬品をかがされたことで意識を失った。
おそらく魔法だろう。口や鼻へと人を気絶させる薬物を運ぶ類の術式だ。
それに直前で気づいていながら、対処が遅れたせいで一時意識を手放す羽目になった。
とはいえ、直前に気づいていたこともあり、その前に解毒術式を展開していたおかげで、完全に気絶することはなかったのだが──
「……だからと言って、ユキナを攫われたことにかわりはねえがな」
自分の情けなさにひどく苛立つ。
最近は、鍛錬を怠けていたとはいえ、ここまでたるんでいるとは思わなかった。
おかげでこちらとしては最悪な気分になる失敗をしてしまい、ただひたすらに俺は内心で苛立ちを抱える──この怒り、連中へ十倍返しにでもしないと収まらないだろう。
その上で、俺は一度自分の精神を落ち着け、冷静さを取り戻す。
まずは室内の確認から、と俺は新居の中を見て回り、
「……荒らされた形跡はなし、か」
連中、本当にユキナを攫うことだけを目的にしていたらしい。
こういう時では嘘でも強盗を装うものだが、それすらせずただユキナだけを攫っていった連中の手口──これが、意味するところはつまり、
「舐められているってことか、おい。強盗を装いもせず、俺を気絶させたわりには確認もおろそか──連中からすれば俺のことなんて大した脅威だと思ってないってことだな、要は」
どうやら俺は相当舐め腐られているようだ。
まあそれもわかる。相手からすれば、魔法資質を持つとはいえしょせん財閥系出身の子供。
ユキナのような十二騎士候直系でもなく、ましてや魔導師の名門というわけでもない。
そんな相手を警戒することなど〝魔導師の常識〟では考えもしないだろう。
連中にとってとるに足らない存在なのだ、俺は──それが致命的な勘違いだとも知らずに。
「ユキナを守れなかった、ねえ」
賊の頭たる女が告げた言葉。
ふと、それを思い起こして、俺はクツクツとした笑みを浮かべる。
「いいじゃねえか。その言葉が間違いだってことをいまから教えに行ってやるよ」
告げた瞬間、俺はかけていた眼鏡を外す。
瞬間、俺の目の色は黒色から、金へその色を変化させた──
☆
連中が攫ったユキナを運んで逃げ込んだ先は、俺達の新居から少し離れたところにある川沿い──そこに浮かぶ一隻の船だ。
河川用に製造された底面が低い形状の船は、それ自体に居住性があり、一部の人間などはそこを家として河川を渡り歩く生活をしているような代物だ。
ゆえに、そこへ巨大な楽器入れが運び込まれても誰一人おかしいとは思わず、さらに河川から海の方へ行けば、容易に行方をくらませられるという利点を持ったそれ。
「なるほど。奴らは考えていやがる」
そんな船を〝ちょっとした裏技〟で見つけた俺は、橋の上からそんな船の様子を見やりつつ、体内で魔力を熾すと、そのまま【観測術式】を展開した。
『この後はどうする?』
『このまま沖に。そこで待っている本家の方々にあの娘を引き渡すわ。それで私達のお仕事は終わり。後は憲兵に通報されようが、ユリフィスの本家が動こうが、本家の方々がどうとでもしてくれる。そうなれば私達も──』
術式でそちらを観測すれば、そんな会話を拾うことができる。
──俺の術式にも気づかないあたり、魔法資質は持っていても低位だな。少なくとも本職の戦闘魔導師ではない。
そう俺は奴らの技量を図りつつ、さらに船の内部にも【観測術式】を向け、そして船の一室に楽器入れへ入れられたままユキナが眠っているのを見つけた。
「……チッ。淑女は丁寧に扱えって習わなかったのか連中」
乱暴にもほどがある。
そもそも帝室が仲人を務めて成立した婚約だというのに、それを気にせずこんな暴挙に及んでいるあたり、どうせ大した力もない家門が跳ね返ったのだろう。
「まあ、だからこそ、付け入るスキは大きいわけだが」
言いながら俺は腰元へと手を向ける。
俺の腰に吊るされた〝装置〟の調子を確かめ、それに問題がないことを確認すると同時に、俺は橋の欄干へ足をかけた。
「───」
術式を展開。俺は【
バッタを意味する名の術式によって、足元に踏み込んだ力を何倍にも増幅して反発させる力場を発生させ、そのまま俺は跳躍。
一瞬で十階建ての高層建築にも匹敵する高さまで飛び上がると、続いて俺は腰部の〝装置〟を駆動させる。
腰部両端。そこにある射出機から、鋼線が発射された。
先端に鉄の塊である分銅を持つその鋼線は亜音速の速度で宙を飛翔。そのまま一直線に賊達が乗り込む船へと向かって突き進む。
現代の戦闘魔導師が使う高機動戦闘装置によって、発射された鋼線とその先の分銅が、賊の船に到達。そのまま船の甲板に激突した分銅は、内部に保存されていた術式を正しく機動させると、分子間力を生じさせて磁石のように船甲板へ引っ付いた。
射出の次は巻取りだ。
ギュルルルルッッッ‼ と轟音を立てて俺の腰部で発射された鋼線が巻取りを開始する。
同時に、背面に設置された噴射機構から電子噴流が発生して勢いよく俺の体を加速させた。
常に術式で肉体を保護している魔導師でなければ耐えられないような殺人的加速と振り子運動により一瞬にして、船への距離は瞬時にゼロとなった。そして──
「やあ、ごきげんよう!」
「え? うお──⁉」
まずは操舵室の制圧。
振り子運動による遠心力を噴射機構による加速力で増幅させ、砲弾もかくやという勢いで船へと乗り込んだ俺は、船の操舵を行っていた操舵首を勢いのままに押し倒す。
張り手の一撃だけで操舵首の意識は刈り取られた。
そうして倒れる操舵首。
一方でその音を聞き、下側ではダダダッという激しい足音が起き、
「な、なんなのッ。いまの音は⁉」
叫び声と共に賊達が操舵室の下に飛び出してくる。
出てきた賊はそのまま操舵室を占拠した俺を見つけると、ギョッとした眼差しを向けた。
慌てて懐へと手を突っ込むと、なんと、そこから拳銃を取り出すではないか。
そのままこちらへ銃口を向け撃ち放とうとする賊達。
だが、俺はそんな狼藉を許しはしない。
ズガガァァァアアアンンンッッッ‼‼‼
すさまじい轟音を立てて、落雷が船の甲板に落ちる。
鋼鉄製の甲板を一部とはいえ焼き焦がし融解させるほどの熱量とその衝撃にたまらず賊達がたたらを踏み、中には倒れる者すらいた。
そうして賊の機先を制した俺は、眼下で固まる賊達を見下ろす。
呆然とこちらを見上げてくる相手へ向けて、俺はそこであえて笑みを浮かべると、両腕を大きく広げて見せた。
「どうも、はじめまして、賊の皆さん」
ここは礼儀正しく恭しい態度で一礼。
やはり相手が犯罪者とはいえ礼を失してはならない──これからぶっ飛ばす相手ならばなおさらに。
そうして一礼する俺を見て呆然とする彼らへ、俺は〝その名〟を名乗った。
「──俺の名前は
────────────────────
【猟兵】
レルゲン。軍などの公的機関に属さず、民間の立場で戦闘魔導師としての職務を行う者達のこと。
多くの戦闘魔導師は軍などの公的機関に属するが中には民間人の立場を維持したまま、職業とする者がおり、特に人類の脅威である魔獣の討伐などを主に行う。
そういった民間の魔導師を指して"
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