04.運命的な出会いと言う奴はいつも幸福なものだとは限りません
……と、思っていた時期が俺にもありました。
「──こちらが、お前の婚約者となるユキナ・ヴァン・ユリフィス嬢だ」
夜会の会場へ戻ってきた俺を、強制的に捕まえた殿下が紹介したのがよりにもよって先ほど俺が助けたユキナ嬢であった。
「マジかよ」
「………」
俺が顔を引きつらし、ユキナ嬢も目を見開く中、そんな俺達の様子を見てアルス殿下が首をかしげて俺達を見る。
「どうかしたか、二人とも」
「……いえ、なんでもありません。殿下、彼女が件の十二騎士候の?」
「ああ。その通りだ。ああ、ユキナ嬢。こちらはハル・アリエルと言う。少々ぶっきらぼうなところもある奴が、根は善人だ。せいぜい尻に敷いてやってくれると助かる」
「……は、はあ……」
人様をそんな風に表しながら殿下は「それじゃああとはお若い二人で」などというお決まりの文句を告げた後、一度部屋から退室。
そうして迎賓館の休憩室に取り残される形となった俺とユキナ嬢の間には何とも言えない空気がはびこることとなった。
「……えっと、先ほどぶり、というべきかな」
「はい。アリエル様」
頷くユキナ嬢。その表情は妙に固く。そんな姿を見せられて、俺はますます困ってしまう。
「ああ、まあなんだ。あまり気を張らなくていいから。気軽にしてくれ」
「はい、かしこまりました」
俺がそう促すもユキナ嬢の態度は柔らかくならず、むしろそう言って頭を下げたままいっこうに頭を上げようとしないユキナ嬢に俺は困惑の眼差しを向けた。
「……まさかとは思うが、この婚約を望んでいないから、お前とは目も合わせることはしたくない、と言いたいのか?」
頭を下げ続ける理由をそう解釈した俺に、しかし意外にもユキナ嬢は首を横に振り、否定の言葉を口にする。
「いいえ。ただ、頭を上げるように言われてませんので」
「は?」
予想外の返答に、俺はついそんな声を出して、眼鏡の奥の瞳を丸くした。
「……わ、わかった。じゃあ頭を上げてくれ」
仕方ないので俺がそう告げるとユキナ嬢は「かしこまりました」と言って、本当に頭を上げたので、ますます俺は眼鏡の奥に困惑の色を浮かべて、ユキナ嬢を見やる。
「……先ほどのジュリアン? だったか。そいつとの会話でも思ったが、ユリフィス家ってのはなんだ、礼儀に厳しい家なのか?」
「……それについては、わかりません。私は他の家の事情に疎いので」
そうユキナ嬢が答えたきり黙り込むので、俺は気まずい思いを抱いて身じろぎする。
「……俺と君は今日から婚約者同士になる。とはいえこの婚約も国から決められたもの。互いに不満はあるだろう。いまのうちにそれについて聞くが、君からはなにかあるか?」
「いいえ、不満などございません」
嘘つけ。
俺はそう思ったが、しかしそれを口に出さないだけの分別はあった。
まあ、ユキナ嬢の考えもわかる。
普通の女性なら親しくもない男といきなり婚約させられるのも不満だろう。
それに、先ほど助けたのだって、ユキナ嬢のことを婚約者だと知っていたから、と考えれば、俺の行動も、わざとらしくも想うはずだ。
純粋な善意だと思っていたら、実は下心がありました、なんて判明して、もしかしたら裏切られた、とでもユキナ嬢は思ったのかもしれない。
そんな不満を覚えているのだろうユキナ嬢の態度に、俺は嘆息を漏らして、
「なるほど。君の態度は理解した。じゃあ、まあなんだ。そんな君に対して、俺も二つ言っておくことがある」
「はい、なんでございましょうか」
相変わらずユキナ嬢は淡々とした声音でそう問いかけてくるので、俺はひっそりとため息をつきながら、その言葉を告げる。
「一つ目は、俺の魔導師としての才能について、だ──端的に言えば、俺は欠陥を抱えた魔導師なんだ」
「欠陥、でございますか……?」
目をぱちくりとさせてこちら見るユキナ嬢に俺は、ああ、と頷いた。
「俺は〝魔法で人を攻撃できない〟──だから戦闘魔導師とかにはなれないし、魔導師としても大成はしない。婚約によって魔導師としての栄華を望んでいたのなら、申し訳ないが、そのことは諦めてくれ」
「はあ」
俺の言葉にやや鈍い反応を返すユキナ嬢。
俺はそんな彼女をちらりと見やる。いまのでも平均的な魔導師ならば激怒してしかるべき内容なのだが、これでは反応が鈍い少女に、ならば、と続く爆弾を俺は投下した。
「それともう一つ。これが本題なんだが──」
眼鏡越しに、ユキナ嬢の透き通った青い瞳を見やり、俺はそれを告げる。
「俺って転生者なんだ」
と、俺が告げた言葉に、それまで無表情を装っていたユキナ嬢がそこで初めてポカンとした表情を露わとする。それを見やりながら俺はさらに言葉を続けていく。
「転生者は転生者でも異世界転生者と言うやつだ。前世はこの
おおよそ、この世界の人間の基準で見れば、おかしなことを言っているのは間違いない俺の発言。それにたいするユキナ嬢の反応は、はたして──
「ええ、承知いたしました」
──と、やはり淡々とした反応を返す。
予想以上に鈍い反応。そんなユキナ嬢の反応に俺は思わず目をむいて、彼女を見た。
「……俺の言葉を聞いていたか?」
「はい、アリエル様が、魔導師としては欠陥を抱えており、また異世界からの転生者である、とそうお聞きになりました」
どうやら、本当に俺の話〝は〟聞いていたらしい。
ただ、それによって抱く反応があまりにも予想外で。
だからこそ、俺は彼女が俺にたいしてなんとも思っていないんだな、と確信した。
『──いいか、ハル。他人に自分が転生者だと明かしてはならないよ』
『転生者と言うのはこの世界にとっての〝劇物〟だ。それを明かせば人によって強烈な拒否感情を露わにするだろう』
『そこに心理的な距離感は関係ない。ただ、転生者である、というだけで相手から嫌われることもある──だから、自分が転生者だと無暗に明かしてはならないんだよ』
……かつて主治医に言われたその言葉通りならば、ユキナ嬢も激烈な反応を返してしかるべきなのに、そうではないという事実に俺は、やれやれ、と首を振りながら少女を見た。
「まあ、いいさ。わかっていればそれだけで」
婚約者になったとはいえ、しょせん赤の他人。
そんな人間と自分が長続きなどしまい。そういう想いを込めて、俺は少女を見やる。
「ユキナ嬢。俺の事情は以上だ。これから君と俺は婚約者になる。帝室の勅もある以上、それは避けようもないが……まあ、なんだ。婚約者と言ってもお互い赤の他人。そちらの面倒な事情ゆえに名義貸しぐらいはするが、それ以上でもそれ以下でもないと覚えておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
やはり淡泊なユキナ嬢の反応に俺は、やれやれ、と首を振るのだった。
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