03.ひどい奴にはお仕置きが必要です


「や、やめてっ!」


 少女の悲鳴。それにかかわらず彼女の鮮やかな銀髪を掴み上げたその男は、ギラギラとした眼差しで少女を睨みながら叫ぶ。


「君さあ、身の程をわきまえなよ……⁉」


 無理やりに少女の顔を引っ張って、そのまま自分の両目へと強制的に合わせさせる男。その上で苦悶する少女の顔を見やり、男は嫌らしい笑みをその顔に浮かべた。


「なんだったら、僕が娶ってやろうか? 戸籍上は姉弟だが、別に血のつながりはないんだ。君、使用人の真似事をするのが好きだろ? そうすれば一生僕に仕え続け──」


「──はい、そこまで」


 手刀を叩き込んだ。


 少女の頭髪を掴み上げる男の手に思いっきり叩き込んだ俺の手刀によって、男は少女から手を離さざるを得なくなる。


「──⁉」


「きゃっ⁉」


 いきなりの手刀で男が後ずさり、髪を掴む腕を話されて体勢を崩した少女が倒れこむとする中、俺は少女の背中へ回り、そっとその肩を支えてやった。


「大丈夫か?」


「え、え……?」


 少女の顔を覗き込む俺へ、少女は目を白黒させながらこちを見やる。


 そこにあったのは美しいかんばせだ。


 きれいな、少女だった。


 髪の色は銀髪。肌は新雪のように真っ白で、瞳は天然氷土のように透き通っている。


 帝国の人間には美人が多いのだが、その中でも際立って美しい容姿に、俺は無意識のうちに息を飲んでいた。


 ただ、そんな俺の変化に少女が気づくよりも前に、背後で男が叫び声をあげるのが早い。


「おい、無視するなよ⁉ 貴様、僕が誰だかわかっているのか⁉」


 癇癪を上げるように喚き散らす男。そんな男へと俺はうんざり気味に振り向いて、その少女とよく似た銀髪の顔立ちを見やる。


「……知らねえよ、女性に乱暴するようなクソ野郎のことなんて」


 直截にそう告げる俺へ、盛大に顔を引きつらせる銀髪野郎。


「なっ、お、おまっ。お前⁉ 僕がユリフィス家の人間だと知っての言葉か⁉」


「ユリフィス……?」


 聞き覚えのある名だ。確か十二騎士候の一家にそんな名前の家門があった気がする。


「ユリフィスって、もしかして〝大氷禍〟のユリフィス家か?」


 氷結系の術式を得意とする家門。十二騎士候きっての武闘派であり、皇帝派の筆頭格としても知られる家門の名を名乗った少年にそう問いかけると、少年はなぜだかそこで勝ち誇ったような笑みを浮かべて、


「そうだ。僕は十二騎士候ユリフィス家のジュリアン。ジュリアン・ヴァン・ユリフィス! 黄金の世代の一人、閃撃のジュリアンと言えば、君も知っているんじゃないか?」


「え、ごめん、知らん」


 キョトンとした顔で、俺はその男──ジュリアンを見やる。


 あいにくとジュリアン・ヴァン・ユリフィスなんて名前の奴に心当たりは存在しなかった。


 ただ、そんな俺の反応に愕然と目を見開くジュリアンが可哀そうになり、俺は慌てて取り繕いの言葉を口にすることに。


「あ、でも、アレクサンドル殿ならば知っているぞ。十二騎士候ユリフィス家の次期当主殿。帝国軍の魔道将校でもあらせられる戦術級魔導師! 名前からしてあの方のご家族だろ⁉」


 何年か前に一度だけ言葉を交わしたことがあるユリフィス家の次期当主の名を出して、そう問いかける俺に、しかしジュリアン何某が返した反応は意外なものだ。


「……のか」


「え? ごめん、声が小さくて聞こえない」


 ポツリと呟かれた言葉のあまりの小ささに、俺が思わずそう問い返す中、ジュリアンは、なぜだかそこで肩を思いっきり震わせた。


「僕を、僕を僕を僕を──舐めてんのかァ‼‼⁉」


 叫び、瞬間ジュリアンの体内から魔力が熾る。


 爆発的に熱量を増した魔力が、さながら陽炎のように周囲の空間を歪め、事象へと干渉。


 そうして発動するのは攻撃的な魔力──俗に【一般攻撃術式FFT(フライ・フェンサー・テーティスファクト)】と呼ばれる魔力で作り出した光線を放つ攻性術式が、瞬時に俺とその背後にいる少女へと向けて放たれた。


「───ッ」


「きゃあ……⁉」


 視界を潰さんばかりの閃光。それと共に迫る光線。


 明らかに殺意が込められたそれを見て、俺は目を見開いた──そして、


「───⁉」


 


 ジュリアンが放った【一般攻撃術式】が、空中で突如として消え去ったのを見て、ジュリアンが愕然と目を見開く中、俺は、そうしてジロリとした眼差しを向ける。


「……おいおい、いまのはさすがに見過ごせないぞ。いくらお前が十二騎士候の出身でも、無許可で殺傷可能な術式を発動するとはどういう了見だ?」


 薄く怒りを込めて見やる俺に、ジュリアンは後ずさるような仕草をした。


「うるさい! 何様のつもりだ⁉ 木っ端家門の人間が僕に口出しをするな‼」


「いや、木っ端家門ってな、おい」


 もはや何を言っても聴かないジュリアンに俺は呆れる。


 そんな俺の姿を見て、ジュリアンは顔をひきつらせたが、しかしこれ以上面倒事を起こす気はなかったのだろう。舌打ちをして彼は踵を返した。


「あー、もう。興が冷めた。僕はこれで行かせてもらうよ。ああ、でも──」


 と、そこで視線だけ振り返ってジュリアンが少女を睨む。


「──お前が幸せになれると思うなよ。せいぜい婚約相手を不幸にして、周りを傷つける生活を送るといいさ、


「………っ」


 ジュリアンが最後に残した言葉に、少女が傷ついたように顔を歪める。それを見て、俺は思わず眉をしかめてしまった。


「なんだ、あいつ。最後まで嫌な感じだな……」


 バリボリと後頭部を掻きながらそう呟きつつ少女の方へと振り向く俺。


「君も、あんな男に絡まれて災難だったな」


 気遣いとしてそう俺が告げるのに、少女はしかし


「……あの方に私は逆らえませんから」


 諦念を込めた笑みを浮かべ、そう告げる少女。


 なにやら面倒な事情が少女とジュリアンの間にわだかまっていることを、俺は察する。


「……そうかい。まあ、いいや──それよりも、ケガはなかったか?」


「え──」


 俺の問いかけに驚いたような表情をして少女がこちらへと視線を向けてきた。


 少女は俺の視線を受け、どこか戸惑ったような表情をしながら、コクリと頷く。


「あ、はい。大丈夫、です……」


「それならよかった。せっかくのきれいな銀髪だからな。ぐしゃぐしゃになっていたら、もったいない」


「───」


 俺としてはなんとなしに呟いた言葉だったのだが、そこで少女が固まってしまうので、俺としては首をかしげるほかになかった。


「……? どうかしたか?」


「あ、いえ。なんでもありません。えっと助けてくださってありがとうございます──」


 と、そこで少女が固まった。かと思ったら、口を閉じたり開いたりしだすので、俺は少女がなにを考えているのか、察して、ああ、と口にする。


「自己紹介がまだだったな──俺の名前はハル・アリエルだ」


 よろしく、と手を伸ばして握手を求める俺に少女は「……ハル・アリエル……」と呟き、こちらをまじまじと見つめる少女。


 その上で、彼女はコクリと喉を鳴らしながら、こんな風に呟いてきた。


「わ、私はユキナ──ユキナ・ヴァン・ユリフィスと申します」


 少女──ユキナ嬢が、そう自分の名前を口にする。


 俺とユキナ嬢がそんな風に、挨拶を交わすのと同時に、ゴーンゴーンという時計の音が鳴った。それを聞いて俺は、ああ、と顔を上げ、


「もう夜会が終わる時間だな。俺はここで立ち去らせてもらうよ。一人で帰れるよな?」


 肩をすくめてそう告げる俺に、慌てて頭を下げるユキナ嬢。


「あ、はい。大丈夫です」


 深々と一礼する彼女に手を振りながら俺はその場を去っていった。


 もう、この少女と出会うことはないだろうな、とそんな風に思いながら。

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