02.俺の不幸な婚約
俺──ハル・マグヌス・アリエル=レインフォードは転生者だ。
長ったらしいので、普段はハル・アリエルで通している。
前世は平凡なサラリーマンだった。死因は、たぶん事故死。
そこで終わるはずだった俺の人生は、しかしなんの因果か時空の壁を越え、地球とは別世界である異世界『
今生の俺は帝国でも十指に入る大財閥の令息として生まれ、さらに魔導師としての才能にも恵まれたことで、まさに前世で見たWEB小説よろしくの日々を送っているわけだ。
そんな俺だが、本日主君にして悪友であるアルス・アルカディア皇甥殿下より、とんでもないお話を持ち掛けられることとなった。
「……いま、なんと?」
「だから、お前に
俺達が通う基礎学校(帝国の小中学校に当たる教育機関のこと)の談話室でいきなり持ち掛けられた話に目を丸くして俺が問い返すのに対して殿下は平然とそう答えてくれやがる。
それにまじまじともう一度殿下を見詰めた末、俺は信じられないという想いで口を開いた。
「いやいやいや、十二騎士候って、冗談きついですよ、殿下」
十二騎士候とは帝国魔導師界の頂点に立つ十二家門のこと。それすなわち帝国で最強の魔導師集団と言う意味でもある。
優れた魔導師の才能を持つとはいえ、しょせん財閥家門の非魔導師家系である俺と、下手すれば帝室よりも長い歴史を持つ魔導師家門は、まさに水と油──とてもではないが、相性のいい家門とは言えない。
勢いよく首を横に振って拒絶の意志を示す俺を、しかし殿下は宥めるように手を前へ出し、
「まあ、聞け。これにも事情があってだな。今回のお前の相手……便宜上〝彼女〟と言うが、その〝彼女〟は現在少々厄介な事情を抱えている」
「……はあ、と言いますと?」
殿下が話し出したことに正直聞きたくなかったのだが、逃げれそうな雰囲気もないので、やむを得ず俺は殿下の言葉を拝聴する姿勢をとる。
「簡単に言うと〝彼女〟は、少々特別な血を抱えていてな。それが理由で現在帝国魔導師界はその〝彼女〟を巡って争奪戦の様相を呈している──はっきり言えば暗闘だ」
ブッと息を吹き出した俺は悪くない。
「マジで厄介な話じゃねえですか⁉ 嫌ですよ、そんな女性を娶れとか! ただでさえ十二騎士候の血族ってことで厄介なのに、そんな裏事情、俺には荷が重すぎます!」
「だからだよ。十二騎士候は一家門一家門がちょっとした小国の軍隊にも匹敵する戦闘力を持つ。そんな家門同士の争いともなれば、帝国政府としても是が非でも止めねばならない。そのためにお前と発端となった〝彼女〟を婚約させるんだよ」
「それ、わざわざ俺の必要あります⁉ 帝室でそれを受け持てばいいじゃないですか⁉」
「バカを言え。帝室と十二騎士候で婚約などできるわけがないだろう。我が帝室は主神──大いなる神霊種から王権神授をなされた神の眷属。魔導師とはそもそもの相性が悪い。それに、表面上は立憲君主で通している帝室が、曲りなりにも強い影響力を持つ十二騎士候と婚姻を結べば、いくら我らを敬愛している臣民といえども沸騰するぞ」
帝国憲法によって政治的権限を大幅に制限されている帝室が、政治的権力はなくとも、国家の武力としての側面を持つ十二騎士候との婚約を結べば、政治にも強い影響力を持ってしまうことになりかねない。
そうすれば憲法によって成り立つ帝国の治世が崩壊する、と殿下は言っているのだ。
「……だからって、なんで俺が……」
「お前だから、だよ。だいたい自分は十二騎士候と釣り合わないとさんざん言ってくれるが、お前だって十二騎士候の血族だろ」
と、呆れた半眼を向けてくる殿下。
殿下からの鋭い指摘に俺は思わずうめき声を漏らしてしまう。
「それでも嫌ですぅ! 俺は絶対に十二騎士候の女の子と婚約なんてしませんから⁉」
「あいにくと、お前に拒否権はない。なにがなんでもこの婚約を受けてもらうぞ」
俺の言葉を切って捨てる殿下に、俺は舌打ちをしながらも、その場から立ち上がった。
「ハッ! だったら、やってみろよ! 俺はこの場から逃げさせてもらいますからね‼」
言って走り出す俺。
そのまま談話室の出口である扉へと手を掛け、その先へと逃げ出そうとした。
対する殿下は、そんな俺へ、ジロリとした眼差しを向け、
「あいにくと──それも対策済みだ」
「──⁉」
扉を開けた先に、複数人の侍女が待機していた。
全員帝室に所属する宮廷侍女。それらが扉の向こうで待機してこちらの行く手を阻む。
そんな侍女たちに行く手を阻まれ、足を止めざるを得ない俺にたいし、侍女たちはじりじりと俺の方へ距離を詰めてくる。
その姿をみやりながら、それはそれは良い笑顔を浮かべたアルス・アルカディア皇甥殿下。
「とりあえず、お前にはいまから行われる社交界で婚約者と顔合わせをしてもらうぞ」
「は、嵌めやがったなこの野郎──‼」
結果、俺の脱走は失敗することとなる。
☆
……けっきょく帝室の侍女の手で、あれよあれよという間に身を整えられた俺は、そのまま社交界の会場へ連れてこられることとなった。
「……クソ、してやられた」
言いながら俺は着せられた礼服を見やる。帝室が用意しただけあって、妙に高級感のあるそれだが、あいにくと俺みたいな前髪を伸ばして眼鏡をかけているような奴が切れば、服に着られている感が出て、ダサさが際立ってしまっている。
実際、周囲の眼も、
「おい、なんだ、あれ」
「あら、服は最高級の
「言ってやるなよ。どこかの田舎者が精一杯頑張って背伸びしたんだろうからさ」
と、まあこんな感じで周囲から向けられる嘲弄に俺は、やれやれ、と首を横へ振った。
「ったく、俺が誰だか知らずに……はあ、だから社交の場はいやなんだよ」
そう呟きながら俺は壁の端へよる。殿下からは、この後俺の婚約者となる少女を連れてきて挨拶させるから、と言われているが正直それも面倒くさい。
「どうにか回避することができないもんかね~」
嘆息を漏らしながら俺は視線をきらびやかな会場内から外へ。
国賓が滞在することもある迎賓館とあって、外に広がる庭園も広い。控えめながら、端正込めて整えられたその庭を特に意味もなく見やっていた俺は、ふとその視線の先で男女が連れ立って歩いているところを見た。
「うわ、まだ若いのにお盛んだねえ」
人目につきにくい場所へこそこそと歩いて行っておそらくは秘め事に及ぼうとしている男女に俺は苦笑気味に視線を向けた。別に出歯亀をするつもりはないのだが、かといって目につく以上は視線を向けてしまうのが人の性。
一言警告でもしてやるか? とすら俺が思った──まさに、その時。
「や、やめてっ!」
絶叫が響き渡った。件の庭園。その中にいる男女の内、男の方が少女に無理やり迫り、それにたいして少女が悲鳴をあげたのだ。
そんな少女の悲鳴にも拘らず、男の腕が少女の髪に伸びる。夜闇の下でも鮮やかに光る銀髪を無理やり掴み上げ、そうして引っ張る。
……見ていられなかった。
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