05.まさかの同居生活です。どうしよう……
しょせん、魔導師の諍いを止めるためだけの名目的な婚約。
将来、俺はユキナ・ヴァン・ユリフィスと結婚するかもしれないが、それまでは俺もユキナ嬢も最低限のかかわり以外は、特になんのかかわりもないことだろう。
……と、思っていた時期が俺にもありました(通算二回目、天丼演出)。
「──アリエル様。お荷物はこちらでよろしいですか?」
「あ、ああ、ユキナ嬢。そこに置いておいてくれ……」
新居特有の化学物質が放つ独特な匂いが鼻孔をくすぐるのを感じ取りながら、俺は荷物の入った箱を持ち上げ、それを片付けようとするユキナ嬢へと視線を向けた。
場所はグリバルゼア公国のアンネール市。
俺の出身家である帝都アルカディアードからは南西に遠く離れた南方領邦の大都市であるそこ。その都市の中にある集合住宅の一室へ俺達は荷ほどきをしているところだ。
「そういうわけで、アリエル様。本日より同居人としてよろしくお願いいたします」
「お、おおう……」
挨拶というよりはうめき声のような声を出してしまいながら俺は目の前に立つ少女を見る。
私服姿の彼女は、以前あった時に見た礼服姿よりもどこか生活視が溢れていて、以前よりかは親しみがわく……ではなくて。
「……すまん、ユキナ嬢。しばらく部屋にこもらせてくれ」
「……? はい、承知いたしました」
ユキナ嬢の許可も得たので、俺はくるりと踵を返すと、そのまま全速力でこの新居の自室へと駆けこむ。扉を勢いよく閉めると同時に、俺が手を伸ばした家庭用の通信機。
個別に回線が引かれた
『やあ、ハル。何の用かな?』
「なんの用かな、じゃねえんですよ、殿下⁉ いったいこれはどういうことですかッッッ⁉」
たまらず通信相手に向かって吠える俺に、向こう側にいるその人──帝国皇族の一人であるアルス・アルカディア
通信相手であるアルス・アルカディア皇甥殿下。
俺にとっては基礎学校時代からの悪友で家門としても主君と臣下にあたる関係──それ以上に悪友でもあるその人に俺はたまらず苦言を呈す。
そんな殿下に通信を入れてどういうことだ⁉ と怒鳴りこむ俺に、向こうは向こうでクツクツと笑みを浮かべながらこう答えてきた。
『婚約者だから、同棲するのは当然だろう? お前も第二魔導高専に入学するため、引っ越すと聞いていたし、ちょうどいいではないか』
……そうなのだ。今日から俺とユキナ嬢は同居──否、同棲を始める。
というのも、俺は第二魔導高専──正式名称を帝国魔法大学付属
そのための住居について、レインフォード側で選定を進めていたのだが、そこへ件の婚約騒ぎにおけるお詫びとして帝室から新居を贈るという申し出が。
そこまではよかった。
だが、なぜかそこにユキナ嬢がついてくることとなった。
「婚約者とはいえ……⁉ いや、婚約者だからこそ! 普通は若いうちから同棲なんてしないでしょう⁉ 何考えてんですか、帝室は⁉ バカなんですかッッッ」
『……お前、現代に不敬罪がなくてよかったな。じゃなきゃ、帝室の一員である俺の前でその言動。断首されていてもおかしくないぞ』
呆れたようにそう言ってやれやれと首を振るアルス殿下。
「断首されるとかどうでもいいんですよ⁉ いいから、このことについて俺が納得するような事情を説明してください! 普通あり得ないでしょう、この状況!」
俺としては、極めて常識的なことを言ったつもりだった──だが、
『あのなあ、それはこの婚約が実行力のあるものだと周囲に示すためだ。まさか形ばかりの婚約だとでも思っていたのか? 魔導師同士の争いを止めるのに、そんななあなあが通用するわけがないだろう』
思わずうめくような声を出してしまった俺は悪くない。
「……帝室は、そんなに本気なんですか……?」
『それはそうだろう。帝国内で魔導師が相争うなどあってはならんからな……特に現代は
冷徹な声音。殿下が普段は見せない皇族としての性質をのぞかせながらそう告げるのに、俺はなんとも言えない想いを抱いてしまう。
昨今の厳しい世界情勢。仮にも超大国たるアルカディア帝国が敵対陣営へ隙を見せるような真似を見せてはならない、と殿下は言っているのだ。
その事情を察した上で、俺は深く深くため息をつく。
「せめて、事前に説明してほしかった」
『バカ言え。説明したら逃げるだろ、お前』
さすが悪友。俺のことをよくわかってらっしゃる。
「だからってぇ……」
『まあ、なんだ。こういう時はオルフェウス先輩に倣ってこうとでも告げておこうか──』
言って、殿下は最後にこんな言葉で締めくくってくださった。
『──人生の墓場へようこそ』
「うっせ、ばーかばーか!」
そんなやり取りを最後に俺は殿下との通信を切る。
叩き込むように受話器を通信機へ戻して、その後、俺はまだ荷物であふれかえた自室の中でそこだけかたずけられた寝台の上に勢いよく寝ころぶ。
「はあ、なんでこんなことになったんだよ」
国からの命令で不本意な婚約をさせられ、そうかと思ったら今度は同棲だ。
「……問題の一番は件の婚約者殿だ。明らかに俺のことが嫌いそうな相手と同居だと? ああもう……考えただけで胃が痛くなる……」
こちとら転生者とはいっても、その精神性は極めて普通のリーマンなのだ。
そんな俺が国の一大事ともかかわるような婚約をなされて、さらに明らかこちらを嫌ってるだろう少女の機嫌もとれと? 無理がすぎるだろう……。
「ああ、でも」
と、そこで俺はユキナ嬢とのことでよかったことを見出す。
「──ユキナ嬢って俺のことを転生者だからって気持ち悪いとは思ってなさそうなんだよな」
『──いいか、ハル。自分のことを転生者だとは言ってはならないよ』
主治医から言われたその言葉通りならば、ユキナ嬢は俺が転生者だと明かした時点で、相当な拒否感情を抱いてもおかしくないだろうに、不思議とそんな様子は見られなかった。
少なくとも引っ越し作業中に嫌悪感を露わにした様子は見られなくて、たとえそれが興味関心の薄さからでも俺はそこへ意外感を覚える。
「まあ。だからって、仲良くなれる道理もねえんだが」
はあ、とため息をついて一度眼鏡を外した俺はそのままゆっくりと瞼をつむる。
疲れたし、少し寝よう。そう思って俺が意識を手放そうとした──まさに、その時。
「──あの、アリエル様。少し、よろしいでしょうか?」
こんこん、と控えめに自室の扉が叩かれて、その向こう側からそのような声がかけられる。
ユキナ嬢だ。
「あ、ああ。なんだ?」
許可を出せば、扉が開かれて「失礼します」という発言と共にユキナ嬢が顔を出す。
突然のユキナ嬢の行動に俺が戸惑う中、はたして彼女はこんなことを告げてきた。
「アリエル様。僭越ながら、お食事を用意させていただきました。よろしければ、お召し上がりになりませんか?」
ユキナ嬢のそんな言葉に、俺は目を丸くする。
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