3
***
しくった、と男は深呼吸をした。
深夜だ。いくら月明かりがあるとはいえ、フォルスト村は僻地であるし、典型的な田舎だという認識だった。だからこそ、男は抜け道にこの村を選んだのだ。
しかし、まさかこんな夜遅くに村人が出歩いているとは思いもしなかったのである。
縄を打たれて引きずられる。こちらの話も聞く耳持たずだ。
どうやら家畜泥棒だと間違われているらしい。それならばいかようにもできると逆に肝が据わった。都市部ではない。ここは田舎だ。で、あれば、連れていかれるのはせいぜい村長の物置小屋、もしくは家畜小屋だと相場が決まっている。
多少の金銀を掴ませれば、すぐに解放されるだろう、と甘く見ていたのである。
階層持ちの塔、しかも独房に入れられるのだと気づいたときには遅かった。
(なぜ、こんな場所に、こんな塔が)
歯噛みしてももう遅い。
こんな立派な独房があるのなら、ひと暴れしてやればよかった。多少の騒ぎが起こったとしても、足を止められる方がやっかいだ。
しかし、時はすでに遅い。
暴れる機会を失った男は、今、絶望的な気持ちで己の信ずるものに祈りの言葉を捧げている。
一刻も早く、この独房を抜け出さなければならない。
しかし、どうやって。
後ろ手に縛られた縄はちょっとやそっとじゃ抜け出させそうにないほど、固く結ばれている。仮に縄を外せたとして、脱出の手段を見つけるには時間がかかるだろう。
見張りは厳重だ。
塔の入り口には数人の男が詰めており、松明が焚かれ、煌々と明かりが灯っている。この分だと、おそらく交代で見張りをするのだろう。
息をつめて男は気配を伺った。
夜が明け、あたりが明るくなってきても、見張りの手が緩むことはない。
男の顔に焦りが滲んだ。眠れなかったせいもある。
(異常だ)
こんな田舎の村なのに。何をそこまで警戒する必要があるのか。そもそもこの塔からしておかしいのだ。こんな立派な塔を立ててまで、一体何を閉じ込めておくつもりなのか――。
そんなことを考えているときだった。
突然、目の前の壁が、がこんっと落ちたのである。
「……なっ!?」
壁に開いた穴から、双眸が見える。
男の胸がずくんと鳴った。
差し込む朝日に照らされた、印象的な光を湛えた瞳。
太陽の色でもあり、空の色でもあり、森の色でもある。大地のあらゆる祝福を受けた瞳。
「こんにちは、異国の泥棒さん」
軽やかな声。少女の声色。
男は目を見張り、そっと息を吐いた。
(大地の瞳……)
こんなところに、いたのだ。
(親愛なる、大地の精霊――クルトルを守る者よ)
男は口の端に笑みを刻む。
(見つけた。【大地の娘】だ)
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