第21話 美術館が完成した。とさ二
ゴホゴホ。
きれいな絵画たちは燃え盛る炎に覆われて、そして悲しげに灰へと化していく。俺はそれを見ていることしかできない。
しかも前も後ろも炎が広がっており、完全に退路をふさがれてしまった。
ドンザレスとクリストフの奴らめ、完成したばかりの美術館を火の海にしやがって。絶対にゆるせねえ。それよりもくだらない命令しかできない肉塊のやつも痛い目にあわせてやりたい。
「生きて戻れればの話だな……」
燃える美術館に取り残されながらも、俺はまだあきらめていなかった。
「誰かいるか!」
その時燃える炎の音共に誰かの声が聞こえた。
「私はリコスだ。ここに居る!」
「リコスさんですか? ダニエルです、助けに来ました」
自警団のダニエルさんだ。声は壁の反対側から聞こえた。
「ちょうど私の反対側に居ますね」
「あぁ、この壁さえ超えることができれば……」
高さは設計通りなら三メートルほどある。さすがに飛び越えられる高さではない。
「ロープか何か持ってきます!」
「すまない。頼む!」
ダニエルさんはロープを取りに戻っていった。
────
「何事だ!」
フリソスたちが騒ぎを聞きつけ、美術館前に集まってきた。
「それが美術館に盗賊が現れて、火を放ちまして……」
「盗賊が火をだと」
「魔法が使われた形跡はほとんどありませんね」
リリィは灰色の魔法陣を展開し炎の分析をした。
「やつら火炎瓶を投げてきました」
「だから私たちが気付くのが遅れたのか、やるじゃん盗賊とやら」
「そんなこと言って場合じゃありませんよ」
「リリィ、水系の魔法で消火応援に。ティミィとティナも魔法は使えるんだろ」
「ねーちゃん任せとけ!」
「お手伝いさせていただきます!」
リリィを先頭にティミィとティナの三人は、水系魔法を使い消火活動へ加勢した。
「魔王様、中にはダニエル団長が誰か取り残された者が居ないか、助けに入っていきましたが、まだ戻らないのです」
「ならば私が中に入って行く」
「であればご主人様、風の結界を」
「強い魔法は封じてしまったからな……しゃーない、娘に頼るか。アネモス参れ!」
「お呼びでしょうか。魔王様」
白いフリフリのエプロンドレス姿の女の子が、何もない空間から突如現れた。髪形はツインテールで、左右違う色のリボンを結んだ、かわいらしいという表現が似合う女の子だ。
「私に風の結界を張れ!」
「かしこまりました。魔王様」
すると呪文の詠唱なしに白い魔法陣が展開され、魔王自身を薄い風の膜で覆いつくした。
「アネモス、いつもすまない。ありがとうな」
「魔王様のためであれば何なりと。私奴も付いてまいります」
「ならば私と来い」
フリソスとアネモスは、美術館の入口から中に入って行った。
「魔王様、この炎ならネロねーさんの力であれば、すぐに消せるのでは?」
「本当は二人を一緒に呼びたいのだが、二人の力を使わせると、あの天使が起きるのでな」
「それは……たしかにお辞めになって正解だと思います」
「だろ? 天使はこのまま眠っていてもらわないと……そこに居るのはダニエルか」
ダニエルは煙に巻かれながら、出口を目指してこちらに向かってきた。
「誰か残っている者は居たか」
「はい。リコスさんが中に……ゴホゴホ。炎に塞がれてしまい逃げれないのです、ゴホゴホ」
「アネモス、この者に風の結界を」
「はい、魔王様」
白い魔法陣が展開されダニエルの体を包み込んだ。
「外に運び出せるか?」
「このまま外へ」
アネモスがそう唱えると、ダニエルは宙に浮き出口へ向かうため、スッと煙の中へ消えて行った。
このままだとリコスも危ないな、先を急がねば。
たしかリコスの設計では、大きな広間を迷路のように区切っているだけだったな。それなら通路を進むより上から行った方が早い。
「アネモス、上から行くぞ」
「はい、魔王様。浮上」
二人は宙に浮くと炎の中心めがけて飛んで行った。
恐らくはあそこにリコスがいるに違いない。
待っていろよ、リコス。今すぐに助けてやる。
────
火の手がそこまで迫ってきやがった。
俺は壁に凭れ掛かって、死の時を刻々と迎えようとしていた。
内部はすでにサウナよりも暑くなっており、装備一式のおかげで、灼熱の炎から体を守ることがかろうじてできている状態だ。
汗はとどまることを知らずに出続け、干からびる寸前である。
「もうだめか……」
「フリソス……すまねぇ」
最後まで出来なかったよ。あと一歩だったのに……。
意識がもうろうとしている中で、俺は幻覚を見ているようだった。フリソスのことを考えていたら、目の前に彼女が現れたのだ。
「これ以上は付いていけそうにない……すまない」
俺は精一杯、謝ることしかできなかった。
「もうよい、リコスは頑張った。もうしゃべるな。火はもうじき消える」
「そうか……ならよかった……だが肉塊だけは許せない……ゴホゴホ」
俺はフリソスの腕の中で完全に意識を失っていった。
「アネモス、風の結界を。脱出する」
「はい、魔王様」
────
「むにゃむにゃ」
外は吹雪に凍てつくような寒さの中、ここは暖炉の火が絶えずともされ暖かい部屋。
キングサイズよりも大きな特注のふかふかなベッドで、眠るのは醜い肉塊の姿だ。
両隣には裸の女性が一緒に眠っている。
だが女性たちには鎖で繋がれており、自分の意志でここに居るわけではなさそうだ。やつは何も懲りていないのである。
フリソスは繋がれている女性たちの鎖を手に持ったレイピアで断ち切ると、女性を起こし逃げるように催促した。
女性たちは抜き散らかされた服を羽織ると、感謝をしつつ逃げるように部屋を飛び出していった。
「いつまで寝ているつもりだ。おい、起きろ腐れ外道が」
怒りに満ち溢れた一言が部屋をこだまする。
「ふがぁ……なんだ、誰に向かって無礼なことを言いやがった……」
「お前だよ馬鹿が!」
フリソスは剣を肉塊の喉元に突き刺し答えた。
「何が目的だ。魔王よ。それよりも俺のメスどもをどこにやった!」
「心底むかつくやつだな。今夜の一件のお礼に参上したまでだ」
フリソスは剣を収めると、近くのテーブルにあったグラスにワインを注ぐとグビッと飲み干した。
「わしのコレクションで、美術館なんぞをやるのが悪いんだ」
ワイングラスをテーブル置き、そのままナプキンで口を拭うと、瞬時にナプキンがベティナイフへ変えてしまった。
刹那。一気に寝ている肉塊めがけて突進していく。フリソスは肉塊の上にのしかかると、持っていたベティナイフを枕元に突き刺した。
「まだわからないのか、我の力をもってすれば、お前ごときなんぞすぐに葬ることができるんだぞ」
「……わかった」
『魔王様、アネモスです。天使が寝返りをしました』
「今日はこれぐらいにしておく」
フリソスは肉塊から降りると、すぐに空間を渡り部屋を後にした。
肉塊の枕元に刺さっていたナイフは、元のナプキンに戻るとひらりと形を崩した。
肉塊は悔しくてたまらない。
だが魔王の恐ろしさを改めて知って手が出せないでいる。
「く・や・し・い!!!!」
肉塊は吹雪の吹く山城で、大きく叫び狂うのであった。
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