第4章 惨劇とその顛末 その1

坂田金時が自慢の鉞を振るって、部屋から部屋へと場所を移しながら、格子戸を破片と木屑に変えていく。


それを渡辺綱は苦虫を噛み潰すかのように渋い顔で見つめていた。

他の四天王・碓井貞光と卜部季武だって同様である。


「あの野郎、かつての仲間が隠れているというのに得意気に成りやがって、どういうつもりだ!」と腹が立つのだが、坂田金時とはそういう奴だと説明されれば納得してしまう。

あいつなら仕方ないかという諦めの境地になる。


もう残る部屋も二つか、と渡辺綱は心痛のあまり目を伏せた。

そんな老雄の心に構うことなく「えいやっ」の気合いの掛け声と供に鉞が振り下ろされ、その破片が舞う中を「おっ!」と声を上げながら金時が室内へ駆け込む。

続いて何かが潰れるような音と「ぎゃっ」という悲鳴ともつかぬ音が聞こえてきた。


頼親とその家来衆が金時の元へと走り寄る。


部屋に入れば荒くれ武士でも目を覆いたくなる惨状が広がっていた。


二藍の狩衣を着た壮年と思しき男が頭をかち割られて倒れている。

頭の辺りは血の海で、そこら中に頭の中身が飛び散っている。

鉞で叩き潰された面相は誰だか分からないほどの酷い有り様だ。


住み込みの家人で生き残った者に問い糾すと、朝から清原致信自身の希望で二藍の狩衣を着ていたという。

清原致信を知る秦氏元を表門から呼び寄せると、「顔は潰れていますが、年の頃や体つきなど、まず清原で間違いないでしょう」と保証する。


そんな中を部屋にひしめく武士を小突くように押しのけながら入ってくる者があった。


「押すな、押すな」と振り返ると、そこに居るのは必死の形相の尼削ぎ頭の老女――

その鬼気迫る様子に武士達も思わず道を空ける。


清少納言はその開いた間隙をすり抜けると、いきなり惨劇の後を目の当たりにした。

それでも彼女は遺体に駆け寄ると、周囲を憚ることなくすがり付く。


「お兄様、お兄様!」と叫びながら、その潰れた頭をかき抱き、血で汚れるのも構わずに泣き出した。


その泣き声を耳にしてはさすがの頼親の郎党も憐れを覚えるほかない。

かつては中宮の切り札として宮中で名を馳せ、筆を取れば枕草子を著し、時代をときめかせた清少納言が体面を取り繕うことなく泣いているのである。


出家してからは頼るべき当てもなく、実の兄に面倒を見てもらいながら余生を過ごしていたというのに・・・・・・


目指す敵を討ち取ったというのに気勢が上がらず、多くの武士達が意気消沈するばかり。


それに反して頼親の方は、清少納言が悲痛な涙を流すのを見ると「これで間違いない!」と確信を抱く。

部下をやって見張りに問い合わせてみても、屋敷から逃げだした者はいないという答えしか返ってこない。

これで間違いない。


「ようやく当麻為頼の仇を取ったぞ」と喜びの声を上げると「さ、今のうちに引き上げだ」と周囲に命じる。


その頼親の声に「この恨み、忘れぬぞ!」と清少納言が涙に暮れながらも憎々しげな目を向けてきた。

その視線の鋭さだけでなく、この世のものとは思えないような恨みのこもった声に、その場に居合わせた一同はぞっと背筋を凍らせた。


頼親が撤収命令を下したのを「これ幸い」と、潮が引くように暗殺集団は引き上げ始め、瞬く間に人気がなくなった。


ただ、清少納言の泣き声だけが邸内に響き続ける。


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半時もすると知らせを受けた検非違使がやって来た。


死体を検め、被害者の妹である清少納言や、惨劇を生き延びた家人などに事情を聞く。


武装集団は顔を隠していたから、誰が誰であるか確かなことは分からないという。

これでは確かな下手人の証拠は出てきそうもないと懸念していると、聞き込みの者から情報が入る。


「裏門で見張りをしていた者が手ぬぐいを降ろして顔が見えていた」というのだ。


「それが誰か分かるか」と期待せずに問うと「確かあれは秦氏元様のご子息・・・・」

その返事に検非違使達が色めき立つ。


秦氏元と言えば、親子共々、淡路守の郎党のはずである・・・・・・


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源頼光は四天王の面々が屋敷に戻ると、ご機嫌で迎え入れた。


「どうだ、見事に成し遂げたのか」


渡辺綱や碓井貞光・卜部季武といった面々は意気が上がらず沈み込んだようであったが、坂田金時だけは意気揚々と「見事、やり遂げてきました。この私目が清原の頭を叩き潰してみせました」


その返事に「おお、お主が見事な働きを示してくれたか。これで頼親に対してもわしの面目が立つというもの。よくぞ、やってくれた」と喜色満面の笑顔で誉める。


坂田金時以外は白けた気分で「務めも果たしましたし、これで御免」と帰ろうとするのを頼光が呼び止めた。


「これからお前達の労をねぎらって、宴の準備をしてあるから、まぁ付き合っていけ」


有無を言わせぬ頼光の申し渡しである。

一同はかしこまって「ははっ」と一礼した。


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出席を押し付けられた宴というのは楽しいものではない。

ましてや一同の気持ちとは裏腹に、源頼光と坂田金時ばかりはしゃいでいるのが腹立たしい。


「どうした、そんなつまらなそうな顔をして。この頼光と一緒に酒を供にするのが楽しくないのか」


「美濃守様、本当に、心底からそのようなことを気にしていらっしゃいますのでしょうか」


「ふん」と頼光が急に真面目な顔をする。


「お前等の気持ちの分からぬ頼光と思うか。最初から、このわしがどんな気持ちでお主らを送り出したのか想像も出来まい」


「ならば」と渡辺綱が膝を立てるのを「まあ、まあ」と頼光が制する。


「もう少し、酒でも酌み交わしながら、この頼光の相手をしてもらおうか。

これから客人があるのでな」


この頼光の言葉に四天王一同は顔を見合わせる。

とすれば頼親が直々に礼でも言いに来るというのだろうか。


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「お客様がお見えになりました」としばらくして女中が伝えに来た。

それまでの宴が苦痛以外の何物でもない時間だったので、一同は胸をなで下ろす。

早々に用事を済ませて飲み直さないわけには行かないと心に決めていた。


「待たせたねぇ」と入ってきたのは、意外にも大和守・平井保昌である。


渡辺綱は飛び上がらんばかりにして驚く。

渡辺綱ばかりではない。

碓井貞光も卜部季武もあまりにも意外な客人の登場にどうしていいか分からない。


渡辺綱が腰を浮かしかけるのを保昌が目ざとく見つけて言う。


「渡辺綱殿、何も取って食おうというわけじゃない。落ち着いて腰を降ろして欲しいねぇ。

俺は部下の仇を討ちに、たった一人で四天王を相手にしようなんて言うほど馬鹿じゃないんでね」


それにしたって清原致信の主人である平井保昌が、暗殺事件の直後にやって来るというのは穏やかな話ではない。


確かに首謀者は源頼親だが、清原をむごたらしく殺した直接の下手人は坂田金時に他ならないのだ。


これは一体どういうことだ、と狐につままれたような心持ちで居ると――


「此度は世話になったねぇ」と保昌が頼光に頭を下げた。


それから振り返ると「四天王の面々にも嫌な思いをさせたねぇ。とりわけ坂田金時には苦労してもらった。お前さんにこうして頭を下げる日が来ようとは予想もしていなかったねぇ」


平井保昌の言葉の方が、頼光と金時以外の人間には全く予期出来ないものであった。

どう反応して良いか分からずにいると「大和守、話してやれ」と頼光が促す。


平井保昌は頷いて「まぁ、聞いてくれ」と話し始めた。

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