第3章 清原邸襲撃 その1

奈良盆地の北部、現代で言うところの「大和郡山市」辺りにあった大和国府に慌ただしく早馬が到着したのは三月七日の昼を過ぎた頃であった。

携えられた書状は源頼光からのものだった。


「なんだ、なんだ、美濃守はまだ都にご滞在かよ」とぼやきながら書面を開いた大和守・平井保昌の顔つきが俄に険しくなる。


「紙と筆を!」と声高に命じ、それらを受け取るとそのまま自室にこもり、小一時間が過ぎた。


出て来た保昌は表情を崩さないままで早馬に書状を託し「清原致信の家に急いで届けてくれよ」と命じる。

それから国府の役人達には「俺はこれから明日の夜まで病気になるから、お務めよろしく頼んだよ」と言って再び自室に引き籠もってしまった。


役人達は呆気にとられて顔を見合わせるが、自室の戸は固く閉ざされたままで、中からはうんともすんとも聞こえてこない。

彼らは仕方なしに仕事に戻るが「一体、何があったのやら?」と不思議がる他ない。


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こうして翌朝には保昌からの書状により、自分への暗殺計画があることを知った清原であったが、攻め手に「頼光の四天王」までが加わっていることも記されており、これはもう観念するより他ないという感想しか出てこない。


四天王とは知らない仲ではないし「見逃してくれないかな」という期待も瞬間思い浮かんだが、坂田金時の顔が思い浮かぶとすっぱりと諦めた。

命令に忠実なあいつがいては、他の連中がどう考えたとしたってお目こぼしは無理な話だ。

「金時はバカが付くくらいに命令に忠実だからなぁ」と清原は我知らず溜め息を漏らす。


淡路守・源頼親が自分を狙うとあれば理由はすぐに見当が付く。

当麻為頼の件だろう。


次の大和守を狙おうかという頼親だ。

自分の郎党が討たれたというのに放っておけば、彼が再び大和守になれたとしても味方する者はなかなか出てこないだろう。

それでは寺社勢力に対抗のしようもなく、受領の旨味が減ってしまう。


清原の父・清原元輔も国司を歴任して財を成していたから、そこのところの事情は分かるが、そうかと言って自分が命を狙われる段になれば納得出来るはずもない。


「二藍の狩衣を着て待てとは、どういう意味だ」と書面の内容にも合点がいかない。


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三月八日は帝(三条天皇)が石清水八幡宮へ行幸する日であった。


都の内裏を固める警護の兵や都大路を警邏する検非違使達も多くが狩り出されて、その道筋を固めたり、帝にお供をして身辺警護に当たったりしているのだ。

おかげでいつもより都の警備は手薄になっている。それを見越して頼親が決行日としたのである。


だからこそ目立つような振る舞いは控えて欲しいと言うのが頼親の本音であった。


本来なら清原の家の前でする予定だった命令を早々に下す。


「顔を隠せ!」


それまで首に巻いていた藍染めの手ぬぐいを一同はたくし上げる。

それで誰が誰やら判別しにくくなった。

ただし、昼の日中から顔を隠した集団では却って目立ってしまう。

だが、既に金時の暴れっぷりで目立った集団になってしまっている。

顔を隠して置いた方がましというものだ。


「清原がどれだけの手練れかは知らないが、これだけの人数相手では対処のしようがあるまい。あとは逃げ道を塞いで料理するだけだ」


幾ら予定外のことが起こっていても、結果が変わることはない。


「さっさと済ませるぞ」と頼親は一人呟く。


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清原邸の近くまで来ると、先回りさせておいた見張りが頼親を認めて近づいてくる。


「どうだ、中は?」


「昼前に早馬が入ってゆきましたが、それ以外に動きはありません。

確実に奴は在宅です」


それを聞いて頼親は満足げに頷く。


「積年の恨みをここで晴らしてくれようか」とやっと笑みを浮かべた。


それから清原致信の顔を知る秦氏元親子を表門と裏門に別れて見張るように命じると、その他にも塀の四方に一人ずつ見張りを置く。

「念には念を、だ」と頼親は慎重でもある。


配置を確認すると、自ら部下を率いて表門に向かった。


そこで「これは何だ」と頼親は初めて不審を感じる。

まだ申の刻(午後四時頃)だというのに表門が固く閉ざされているではないか。

何かの忌事でもあったか、と秦氏元の方を見るが、彼も不思議そうにするばかり。


そこへ間髪入れずに坂田金時が馬を降りて走り寄った。


「こんなもの、俺様に掛かれば何の意味も無いぜ」と言うより早く、大鉞を振り下ろす。

金太郎の怪力と鉞の威力が合わされば、清原邸の門など物の数ではない。

あっと言う間もなく、轟音を立てて崩れ落ちた。


「俺が一番乗り」と金時が飛び込むのに続き、慌てて頼親とその部下、更には四天王の面々が続く。


入ってみて一同は再び面食らう。


三月と言っても、現代で言えば既に四月の頃、まだ肌寒いことがあるにせよ、申の刻だというのに、妻戸から蔀戸(しとみど=現代で言えば雨戸が近い)までが既に閉ざされ、しんと静まり返っている。

この様子は明らかに異常である。


ここで偵察が報告した「早馬」のことが頼親の脳裏に思い浮かぶ。

「さては誰かが、この計画を奴に知らせたか」


頼親はキッとなって部下に命じた。


「構うことはない。全ての戸を蹴破って、しらみつぶしに探し出せ。引きずってでも奴を見つけ出せ。少々、手荒になっても気にするな!」


荒くれ集団に向かってこの物言いは、手加減無用という意味だ。

連中は一斉に庭を駆け抜けると母屋の濡れ縁に駆け上がり、蔀戸という蔀戸を打ち破り、格子戸も蹴破っていく。

打ち破られた戸から恐怖に駆られて逃げ出す者がいれば「問答無用」と切り捨てる。


そうして切られた者を頼親が一人一人と確認するが清原致信はいない。

抵抗を諦め捕らえられた者の中にも清原の姿はなかった。


どうやら母屋には目指す相手はいないらしいと頼親は目星を付ける。

そこで濡れ縁から庭の向こうの東の離れに目をやる。

そこも手下が取り囲んでいるが、中の方は動きが見えない。

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