第2章 大和守 その2

頼親は同母兄弟の兄としての自意識や高名な異母兄・頼光への対抗意識からか、長じるにつれて誇り高いというか高慢なところが出てくるようになり、保昌には付き合いづらい人間となっていったのだ。


「大和守就任の挨拶をせよということでしょうか」


「分かっているくせに、そうやってはぐらかそうとするんだから」と保昌は笑ってみせる。

だが、頼親の方は表情を崩さないまま答えた。


「世の中、叔父上のように如才ない人間ばかりではございません。それがしには一向に見当も付きません」


頼親の態度に保昌は少々腹が立ってきた。


分かっていながらのこの態度――こいつは本気で俺とやり合う気なのか、とその真意を見定めたくなる。


「まぁ、いいや。先ずはこの書状を読んでみな」


そう言って、保昌は懐から一枚の書面を差し出す。

そこには国司への訴えが記されている。


当麻為頼が源氏を後ろ盾として乱暴狼藉を繰り返すことや、源頼親からは土地の所有や境界で便宜を図るなら当麻為頼の無法を止める当てがあると持ちかけられたことが記され、これに対し国司の正統な対処を求める訴えであった。


「こんなものが叔父上の目に止まりましたか。ですが、このような一通の世迷い言ごときに惑わされるようでは大和守など務まりませんよ」


飽くまでもしらばっくれる気か、と保昌の目つきが鋭くなる。


「いかに私が強欲と申しましても、寺社の施設に火を放つような無法を容認するはずがありません。このような訴えは私を陥れようとする讒訴にございましょう」


平然と言い放つ頼親に保昌は半ば呆れつつ「じゃあ、これもみんな心当たりのない訴えというわけかい」と保昌は懐からズシリとした紙束を取り出し、頼親の面前に放り投げた。


頼親が手に取ると、寺社のみならず大和のいろいろな豪族からの訴えが記されている。

どれも当麻為頼と源頼親の強引な所領獲得の手口を何とかして欲しいという訴えであった。


「これだけ訴えがある以上、大和守としては善処しないわけにはいかないねぇ。

だが、俺とお前の仲だ。手厳しい取り締まりは姉さんも困ることだろう。

だから、これまでのことは無かったことにして目をつぶろう。それでも悪辣な行為を続けるのなら、それ相応の覚悟が必要だと知っておいてもらおうかと思ったもんでね。

どうだ、納得したか」


保昌が見ると、頼親の方は申し出を少しもありがたがっていないようであった。

それどころか冷たい笑いをその顔に浮かべている。


「叔父上、そのように仰って、こうした連中の便宜を図れば自分が土地所有の融通をしてもらえるのではありませんか。

そんな自分の利益のために甥を邪魔するとは、少し了見が狭いのではありませんか」


嫌な奴だね、と保昌は顔をしかめる。

それでも平然として答える。


「全くないとは言わねぇよ。だが、それは役得のうちじゃないかい。

お前のは強奪、俺のは役得。この二つは似て非なるものよ。

役得はみんなが納得してのものなんだ。そこのところは勘違いしちゃいけねぇよ」


頼親の方は保昌に対して、全く悪びれた様子もなく答えてきた。


「大和守様、お話がそれだけでしたら、もう用件はお済みでしょう。

それがしはこれにて退散させていただこうかと存じます」


飽くまでも譲歩しない気か、と保昌も諦める。


「いいだろう。そちらがその気なら、おれとしても自分の職分を全うするだけだねぇ。

後悔するなよ」


凄味を効かせたつもりの保昌を頼親は冷笑で応えた。


こうして叔父と甥の面談は物別れに終わったのである。


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面談後も源頼親は叔父をあざ笑うかのように当麻為頼を使って強引に領地獲得を続けていった。

これを放置すれば大和の寺社勢力や豪族の不平不満がたまるばかりで、国が治まらなくなる。

大和守の任務を全う出来なくなるばかりか、国司の権威までもが失墜しかねない。


「もしも俺が表立って頼親を成敗しようものなら、頼光までも出張ってこざるを得なくなるかも知れねぇしなぁ。そうなりゃ大がかりな武力衝突だよ・・・・・あいつもそんな風に事を大きくしたくないだろうよ」などと保昌は思案する。

「冷たいようだけど、こうするほかないんだよねぇ」と断を下した。


その結果、呼び出されたのが清原致信である。

清原は父の代から仕える家司であった。


「清原よ、どうにもこうにも困ったもんでねぇ」


「ここ最近は困りごととは無縁だったのでは?何と言っても宮中の華、和泉式部様のお心を射止めたのですから」


「ほぅ、お前の口からそんな艶っぽい話を聞くとはねぇ。

年を取って少しは『もののあわれ』が分かるようになったのかい?」


「またそのように私をからかいますが、私も既に五十になろうかという年でして、そんな言われようにも少し慣れてしまったようで」


「人間、年は取りたくないねぇ。俺にからかわれて戸惑っているうちが華だったかも知れねぇよ」


「年を取ったのはお互い様です。大和守様こそ、そのお年であのような色香の匂う美女を娶ったとあれば、都中のからかいの的でございます」


保昌は清原の物言いを笑い飛ばす。


「お前にだけはそんなことを言われたくないけど、何かとお騒がせの女だからねぇ。

妹さんなんぞは『あんな艶聞の華を娶ることもありませんのに』なんて言って笑っているんじゃないのかい」などと口にしながらも、実のところは少し誇らしかったりするのである。


二人とも清少納言の薫陶を多少は受けていながら、彼女からすれば「もののあわれも分からない、頭の中まで腕力任せな不調法者(現代風に言えば脳筋男か)」にひとくくりされる存在に過ぎない。


「そんなことよりも、困ったことがあってな」


「甥御様のことでございましょう」


「おっ、打てば響くような良い返事じゃないの」と保昌は笑顔で頷いた。

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