第15話 アルガイアー暦375年6月4日 -7-

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「今回は本当に上手くいかないことばかりでしたよぉ。

 逃げられたSランクの代わりになるかと思って『聖剣の勇者』に同行したのに、肝心の勇者は張りぼて……追い出された付与術師の方がとしては優れている有様。

 そっちを追いかけたいけど情報が足りないしぃ、どうしようかなぁと思ってたんですよぉ。

 それで、じゃあ情報を引き出すのと、ついでにと思って、この舞台を用意して皆さんを誘い込んだんですけどぉ……。

 ……はぁ~、折角だからとちょっと奮発して、ボーラ君にお願いして色々と凝った仕掛けとか魔物とか用意してたんですけどぉ、まさか最初のドレイクマンで躓いちゃうとは思いませんでしたよ……しかも、わたしを置いて逃げようとしちゃいますしぃ――はぁ、本当予定が狂うかと思って、あの時は焦りましたねぇ~。

 まぁ結果は概ね予定通りになったし、『道具』を取りに戻る手間も省けたからぁ……むしろ良かったのかなぁ?

 うーん、でも『聖剣の勇者』パーティーが入口でっていう結果に他の人に見えちゃうのはちょっとアレかなぁ……? そこは諦めるしかないですかね」


 全滅……全滅……?

 イザベルは最初からあたしたちをこの遺跡で全滅させるつもりだった……。

 戦っているうちに怪我も増えるだろう、フィオナの『本気の治療』も見る機会はあっただろう。

 そして進むも退くもできなくなったら、今までやってきたようにデューの情報を無理矢理引き出す。

 最後には全滅を装って行方を眩ます――『死』を偽装して隠れたエリザベスの時のように……。

 彼女の計算違いなのは、思っていた以上にあたしたちが早く撤退を決めたことと、その時にイザベルをエサにしようとしたことくらいだろう。

 ……もう何度目の絶望だろう。

 あたしたちは最初から詰んでいたのだ。

 イザベルと関わってしまった時。

 デューを追い出した時。

 リチャード王子が旅立った時。

 ならないために引き返せるタイミングはいくつかあったはずだが、未来を見通すことのできないあたしたちに選択することはできず――

 ……それ以前に、イザベルのようながいるなんて思いもよらなかった……。

 ああ……こんなことになるなら、オババ様たちの言う通り外の世界になんて出なければ良かった……。


「い、いやあああああああああああっ!!!」

「わ、フィオナさん?」


 『全滅してもらう』をどのように解釈したのか、フィオナが半狂乱で叫ぶ。


「死にたくない! 死にたくない!!

 なんで!? 私神様にいっぱいお祈りしてるもん! ねぇなんで神様は助けてくれないの!?

 いやだ、いやだいやだいやだぁぁぁぁっ!! 死にたくないよぉ!

 ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいイザベルごめんなさい! 虐めたりしてごめんなさい! でも違うのあれは王子が怖くて次に私が同じ目に遭うんじゃないかってぇ……うぇぇぇぇん……!」


 ……もうフィオナが何を言っているのかわからない。

 困ったようにイザベルは微笑み、優しく微笑んでフィオナの頭を胸に抱きかかえる。


「よしよし、大丈夫ですよぉフィオナさん」

「許して……許して……」

「許すも何も、わたしは別に怒ってませんよぉ? うふふっ、久しぶりに刺激的で情熱的な体験でしたよ。

 それにぃ、フィオナさんたちがそうするように仕向けたのもわたし自身ですしぃ、気にしてませんよぅ。王子がフィオナさんたちを虐めちゃって、パーティーが空中分解する方が嫌でしたからねぇ」

「お願い、助けて……死にたくない……」

「ですから、大丈夫ですってぇ。なんでわたしがフィオナさんを殺さなきゃならないんですかぁ?

 ほら、見てくださいよ」


 イザベルが見るように促したのは――元Sランクパーティーのバラバラ死体。

 女が3人分。それが意味するところは、つまり――


「ね? ? そのためにネメアちゃんにお願いしたんですからぁ――まさか【旅団】がとられちゃうとは思いませんでしたけどぉ……」

「しつこいニャ。お前が『身代わりにする女の死体3個持ってこい』って言うからやったんニャ。感謝ぐらいしろニャ」

「感謝はしてますよぅ。あ、ちなみに【旅団】の方の後始末は大丈夫ですかぁ?」

「愚問ニャ。ちゃーんとニャ。3人いなくなっても気付かれないとは思うニャ」

「……そういえば総合技術部が肉片や身体のほんの一部からでも個人識別をする技術を開発していると聞いたな。まぁまだ実用にはほど遠いし、その技術開発にも生命科学部の協力が欲しいと言っていたな」

「生命科学部って、あちこちでネックになっちゃってますねぇ……何とかなりませんかぁ、ネメアちゃん」

「古巣の連中のことなんて知ったこっちゃないニャ。アタシは『武』を磨くことしか興味ないニャ」

「――あ、フィオナさん? 話が逸れちゃってごめんなさいねぇ。ついついおしゃべりに夢中になっちゃってぇ。

 それで、身代わりを用意しているのでフィオナさんもマゼンタさんもここで殺すなんてありえませんよぉ。

 そもそもわたしぃ、殺人鬼じゃないですよぅ? 人類を救済するのに、人間を無意味に殺すなんてしませんよぉ」

「……ほ、ほんと? 殺さない? 殺さない?」

「はい、本当ですよぉ」


 泣きながら笑みを浮かべるフィオナ。

 ……だけど――自分のすぐ傍で頭を開かれたリチャード王子のことを彼女は都合よく忘れ去ろうとしている。

 …………助かる目なんて――


「そういや、その二人は連れてくでいいんだニャ? ……このアタシを運び屋として使うとは、ほんといい度胸してるニャ」

「うふふ、感謝してますよぉネメアちゃん」

「んで、結局そいつらどうする気なんニャ?」

「えーっとですねぇ、フィオナさんはわたしの研究につきあってもらいますねぇ。身体は頑丈ではないですけど、奇跡の力はやはりもう少し研究したいんですよねぇ。

 なので、使調と。

 人間って、怒ったり泣いたり悲しんだり興奮したり、色々と感情の変化に伴って脳から指令と一緒に何らかの薬? みたいなものを出しているっぽいんですよね。だから、奇跡や魔術も同じようなことが起きてるのかもしれません。

 そもそも、奇跡とかってどういう理屈で発現しているのか未だにわかっていない部分が多いんですよね。人間が身体を動かすのと同じレベルで奇跡や魔術が使えちゃってるわけですがぁ、身体を動かす理屈がわかるようになってきたのも最近ですし、同じように奇跡とかの理屈を解明したいんですよねぇ。

 これはまぁわたしの研究そのものには関わってはいないですが、もし理屈がわかったとしたら誰でも平等に同じレベルで奇跡と魔術を扱えるようになるかもしれません!」

「……あ、迂闊だったニャー。まーた話が長くなっちゃうけど……まぁいいニャ。

 つまり――ニャ?」


 希望を抱いたフィオナの笑顔が凍り付き、縋るようにイザベルの顔を見上げ――イザベルは満面の笑みを浮かべた。


。奇跡の力も大体わかりましたしねぇ」

「ま、ま、まって……お願いします、イザベル! わた、私、がんばるから! すごい、奇跡使えるようになるから!」

「いいですよぉ。すごい奇跡が使えるようになっていただければ、わたしの研究にも役に立ちますしねぇ。

 1年くらい? 2年くらい? 時間はたっぷりありますし、待つのは構いませんよぉ」

「えへ、えへへ……」

「すごい奇跡が使えるようになったら、調からねぇ」

「……えへ……?」

「楽しみですねぇ。奇跡の効果によって変わることがあるのかないのか、変わるとしたらどの辺りが変わるのか。うふふっ、調べることが山積みですよぉ、研究者冥利に尽きますねぇ。

 ――あ、心配しないでくださいね、フィオナさん」

「……」

「王子と違って脳をかき混ぜたりはしないので、すぐに死ぬことはありませんからぁ。

 今のところは半年くらいなんですけどぉ、技術は進歩し続けているんですよ! しかも奇跡の力を持つフィオナさんなら1年は大丈夫ですよ、きっと!」

「え、えへ、えへ……へへぇひひひひぃぃぃ!? ……」


 自らの運命を悟ったのだろう。

 そしてそれを受け止めきれず――フィオナは奇怪な笑い声を上げながら白目を剥いて意識を失っていった。


「ありゃ? フィオナさーん? ……んもう、寝る前に服脱いで欲しかったのにぃ……。

 仕方ないなぁ、ネメアちゃん。適当にびりびりに破いちゃってくださぁい。あ、怪我させないでくださいねぇ」

「注文多いニャー……まぁいいニャ」


 どうせ身代わりの死体がバラバラになっているのだ、服だって千切れていないと不自然だろう。

 ……この期に及んで、まだそんなことを考える余裕がある自分が恨めしい。

 いっそ、狂ってしまえればいいのに。


「あたしは……」

「ん?」

……?」


 逃げることはもう不可能だ。

 聞くべきなのか聞かざるべきなのか、どちらが良いのかもわからない。

 それでも自然とあたしは自分の迎える運命を訊ねていた。


「マゼンタさんはぁ、マキちゃんに売っちゃいますねぇ」


 先ほども名前が出て来た、ボーラ曰く『根暗女』にあたしを『売る』……?


「マキちゃんは総合技術開発部のゴーレム課の、すごいゴーレム師なんですよぉ。

 ゴーレムの技術を応用して、失った手足の代わり――義手とか義足も作っているんですよねぇ。しかも、生身の手足と変わらないような、すごい義手義足なんですよぅ。流石にまだ内臓の代替はできないみたいですけど、マキちゃんならいつかきっと出来ると思いますよぉ。

 生命科学部でも人工臓器の研究をしている方はいらっしゃるんですけどぉ、ゴーレムなら故障したなら取り換えればいいしぃ、もしかしたら半永久的に動くことができるかもしれませんねぇ」

「あの根暗女、魔術師なんて必要にしているのか?」

「はい。

 魔術にしろ奇跡にしろ、使う時って手や杖を掲げたりするじゃないですかぁ。奇跡だと患部に手を翳しますよねぇ? なのでぇ、使の研究をしたいってぇ言ってるんですよぉ。

 うーん、フィオナさんと同じようにマゼンタさんも頭を開いて魔術を使っている時の状態を調べたい気持ちはあるんですけどぉ……わたしの研究テーマ的には魔術そのものはあんまり関係ないんで、マキちゃんに買い取ってもらおうかなと」


 ……え? 売られる……?

 しかも、『魔術を使える義手の開発』をするってことは…………え……?

 あたしは自分の手に思わず視線を向ける。

 いや、でも、フィオナに比べれば……。


「それにぃ、マゼンタさんは『女』じゃないですかぁ。

 ほら、生命科学部の特に頭おかしい連中が『女の腹を使わずに赤子を作る』って研究してるじゃないですか。マキちゃんの研究が一段落ついたらそっちに転売してもらってぇ……えへへ、実はその時の売値の何割かを受け取る約束もしてるんですよねぇ」

「……お前が言ってた金の当てってのはそれか。

 しかし……ふむ、確かにいい金にはなるかもしれんな。人工臓器を作る連中とは別に、他人の臓器を移植する技術を考えているヤツがいた覚えがある。子宮以外の臓器も売れるだろう」

「ふふふっ、なので安心してくださいね、マゼンタさん。

 マゼンタさんもフィオナさんも、からぁ」


 ……はは、あはは……。

 売られちゃうんだ、あたし。

 奴隷みたいに、ですらない。

 肉屋で部位別に売られる牛や豚のように……。

 こいつらは全員頭がおかしい。狂っているなんてもんじゃない、もっと恐ろしく悍ましい何かだ!

 『人類を救済する』――その目的は壮大で崇高かもしれない。そのために『不老不死の霊薬』を飲み『人』としての生き方を捨て去ったのはわかる。

 だけど、目的を達成するための手段が致命的に狂っている。

 人を救うための手段を模索するために人を殺す。

 殺すと思って殺しているのではない。結果的に死んでいるだけではあるのだろうけど、死ぬ人からすれば変わりはない。

 しかも、ただ死ぬだけじゃない。

 こいつらの手に落ちるということは、命が尽きるまで弄ばれる生き地獄に落ちるということを意味している。

 ……リチャード王子が一番マシな死に方だったかもしれない。

 …………いや、まだ王子は死んでいない。けど、もう何もわからない――心臓が動いているだけの肉塊と化している。

 ははは……。

 なんで……?

 なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないの……?

 あたし、そんなに悪いことしたの?

 家畜みたいに捌かれて売られるような最期を迎えなきゃならないくらいの悪人なの?


「……たす、けて……かみさま……」


 ウルファンでもアルガイアーでも、名前も知らない別の神様でも、いっそ悪魔でもいいから。

 人類よりも、あたしを救けて……!


「マゼンタさん」


 イザベルが笑みを消し、真顔であたしの顔を覗き込む。

 ――多分、この時……あたしは初めてイザベルの『素顔』を見たのだと思う。


 

 

 ――それがわたしたち『人類救済計画実行委員会』の理念です。

 わたしたちは必ず……何百年、何千年かかってでも必ず人類を救済します。

 あらゆる人が健康に、安全に、幸せに天寿を全うできるようにしてみせます。

 今はまだわたしたちの技術は未熟で、研究の協力者の方の命が尽きてしまうことが多いですけど――それも必ず克服します。

 だから安心してください。

 あなたたちは後の世の人々を救済するための礎となるんです。

 ――そう、あなたたちもまた、『人類救済計画実行委員会』の一員となるのです」


 ……何もかもが手遅れだった。

 始めから逃れる術なんてなかった。

 幸運は自ら掴まなければならないとは言うけれど……不幸災厄は望まずとも勝手に向こうからやってくる。

 あたしたちにとっての不幸イザベルに自分たちから近づいてしまったあの日、既に運命は決まっていたのだろう。




 ――イザベルの言葉を聞きながら、あたしも絶望に沈み、意識を手放した――

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