第14話 アルガイアー暦375年6月4日 -6-
★ ★ ★ Magenta ★ ★ ★
くち、くち、くち、ぐち
「へー、
「でしょう? 見た目は奇妙な肉の塊なのに、なぜか身体を動かしたり物事を考えたり不思議ですよねぇ」
くち、くち、くち、くちゅ
「それで、針を差し込んで何をしてるんだ?」
「うーんと、脳ってどうも場所によって役割が違うみたいなんですよねぇ。なので、今回はわたしの聞きたいことを話せる箇所を探ってるところです」
「ふむ? なぁ、これって人間共通なのか?」
「ええ、大体共通ですよぉ。魔女も魔族も獣人も、わたしが調べた限りではほぼ同じでしたねぇ。でもぉ、個人差は結構あるんですよねぇ……」
「となると、一人一人で結局異なる付与術になってしまうのではないか? そうだとすると、お前のやりたいことにはつながらないだろう?」
「そうですねぇ。でも、身体自体もそうですけどぉ、一部の例外を除けば『大体同じ』なのは間違いないですからぁ、
「なるほどな。万人向けであればその方法しかないか。これは我々建築部にも同じことが言えるな」
くち、ぐち、くち、ぐちぃ
「さて、この辺だったかなぁ?
リチャード王子ぃ、右手あげてくださぁい」
くちち、ぐち
「あ、大丈夫そうですねぇ。お返事してくださぁい」
「ぁ、ぃ」
「うんうん、
それじゃ、前の付与術師さん――えっと、デュー? でしたっけ? その方について教えてくださいねぇ」
ぐちゅっ
「ふんふん、男の子で年齢は15歳。貴族の末弟、と……うーん、貴族は面倒だけどぉ……実家に戻ってさえいなければどうにでもなるかなぁ?
容姿について教えてくださぁい」
ぐちっ、ぐちっ、ぐちっ
「黒髪に黒目、背の高さはフィオナさんより少し高いくらいでマゼンタさんより低い。となるとわたしよりは全然大きいですねぇ。
別れた時点では太っても痩せてもいない、筋肉もあまりついてない感じですかぁ。
髪質はどうでしょう? 直毛? 癖っ毛? 眉は太いですか細いですか? 目は一重? 鼻の形は? 唇の形はどうでしょう? 歯並びは?」
くちくちくちくちぐちくちぐちぐちくち
こんなの、
『よければ見学を』なんて言ってたけど、イザベルはあたしとフィオナに
「う、うぇっ、うげぇっ!」
もう何度目になるだろう、フィオナがもう何も出ないだろうに嘔吐している。
吐きすぎてついには涎に血が混じってしまっていた。
あたしも吐きそうだが、何とか堪えられている――が、もしフィオナがおらずあたし一人だったら心折れて同じような感じになっていただろう。
身体の向きを強制的に変えられているだけで動けないわけではない。
けど、足が動かない。
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
リチャード王子の有様は、
恐ろしいのは、
……遠からず死ぬのは間違いないが、イザベルの匙加減一つで延々と生かされ続ける可能性もある。
「うふふっ、大体わかりましたぁ。
……うーん、心を読む技術の応用で、思い浮かべているイメージを映像化する技術が欲しいですねぇ」
「おお、それはいいな。もしできれば、僕も思い描いた設計図をあっという間に出力することができるな!」
「まぁできたとしても……何百年か先かもしれないですけどねぇ。生命科学部も脳だけを研究しているわけではないですし」
「人類救済計画もなかなか進まないな。直接的な手段を補助するために欲しい技術も山積みだが……一つ一つ解決していくことを願うしかないな」
「ですねぇ。
――さて、2つ目の目的も達成しましたし、最後の3つ目……おやぁ?」
その時、遺跡の壁にヒビが入ったのを全員が気付いた。
記憶が正しければ、そこは入口があった場所……だったはず。
それを認識した次の瞬間、壁が崩れ穴が開いた。
「ふぃ~、結構硬かったニャー」
開いた穴から二人、遺跡の中へと入って来た。
先頭の一人は女――狼の獣人だろうか?
その後ろから、大きな袋を背負った大柄な赤毛の男が着いてくる。
……どこかで見たことがある、ような気がする……?
「――た、助けてくださいぃっ!」
と、今まで怯えて泣くだけだったフィオナが一番早く動いた。
あたしたちがいる場所から入口までそこまで距離はない。
イザベルがエンフォースで動きを止めようとするよりも早く、フィオナが外から入って来た女の足元に縋り付こうとし――
「触るニャ」
「ぶぐぅっ!?」
近づいた瞬間、膝蹴りを顔面にまともに食らいフィオナは地面に転がされる。
「うぁ……うぁぁぁぁぁ……」
可哀想に、今ので鼻が折れたのかもしれない。
ドバドバと鼻血が溢れ出している。
……ああ、可哀想で、そしてバカな娘……!
こんな場所に、こんなタイミングで、分厚い遺跡の壁を砕いてやってくるヤツなんてまともなヤツのわけがないのに……!
「あ、ネメアちゃん。ようやく来ましたねぇ~」
「ふん。イザベル……お前、人を呼び出しておいてなんで入口塞いでるんニャ? おかげで余計な手間がかかったじゃないかニャ」
「あー、ごめんねぇ~。最初にちょっと失敗しちゃってぇ、ボーラ君に塞いでもらったままだったんだぁ」
「ま、いいニャ。依頼の
ゴリウス」
ネメアと呼ばれた狼獣人――なんで猫みたいな喋り方しているのか、こんな時であってもふと気になってしまった――が顎で背後の大男へと指示を出す。
「う、うぬ」
「ゴリウス君も久しぶり~」
「い、いじゃべう、ごんぢわ」
「はい、こんにちわ~。だいぶ言葉が話せるようになってきたねぇ~。
あ、マゼンタさんたちにも紹介しておきますねぇ。
この狼なのに猫語を話してる痛い子は、生命科学部キメラ課所属のネメアちゃん。それで、この大きな子は助手のゴリウス君です」
「おい、イカレ女。痛いヤツみたいに言うニャ。アタシだって好きでこんな話し方してるわけじゃないニャ。後、今は戦術研究部の防衛課所属ニャ」
「わかってますよぉ。
えっとですねぇ、ネメアちゃんは元々は猫の獣人なんですけどぉ――」
「猫じゃないニャ! 獅子ニャ!」
「キメラ課の研究の一環で、自ら
それで、ゴリウス君も同じキメラ課の研究で、猿の魔獣に人間を合成したキメラなんですよぉ。力持ちでぇとっても優しくて、それでいて強い頼りになるいい子なんですぅ」
「ふんっ、アタシに比べたらまだまだニャ。
ボーラ、アタシらが来てるのどうせ気付いてたんニャろ? なら余計な手間かけさせんニャ」
「……今回のクライアントはイザベルだからね。イザベルが言わなきゃやらないよ。
……まぁ言われてやってあげたとしたら、また追加料金取るけどさ」
「えぇ~……」
……ネメアとゴリウス、この二人もイザベルの同類……。
逃げ場が本当になくなった。
ネメアは自分でこじ開けた入口の前に陣取り動く様子がない。
そして、見た感じ『戦士』ではありそうだ。イザベルのエンフォースがなかったとしても、あたしでは彼女を掻い潜って逃げ出すことも、その後逃げ切ることも不可能としか思えない。
ああ……ダメだ……もう、あたしたちに未来はない……それが嫌でもわからされてしまった。
「ほれ、ゴリウス。さっさと渡すニャ」
「うぬ」
ネメアに促され、ゴリウスが背負っていた大きな袋の口を開け――中身をその辺の床に転がしていく。
それは――
「ひ、ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
それを見たフィオナが悲鳴を上げる。
……あたしも叫び出しそうだったけど、遠くない未来に訪れる自分の惨たらしい死を前に叫ぶ余裕すらない。
ゴリウスの袋から転がって来たのは――
それもおそらく複数人……。
『おそらく』とつけたのは、転がっている死体はバラバラに切断されていたからだ。
バラバラになっても尚目立つ頭が……多分3つ。どれも長い髪をしているし、『女の死体』が3人分だろう。
「わぁ、ありがとうございますぅ~。
…………って、あれ? あれれ? この顔……もしかして……」
「ん? お前の知り合いだったかニャ?」
「あぁー! やっぱりぃ! エマさんにローラちゃん! こっちはジュリアちゃんじゃないですかぁ!
……ネメアちゃん、この人たちと一緒にいた人たちはどうしましたぁ?」
「ぶっ殺したニャ。ついでに何か近くにいた魔族もぶっ殺しておいたニャ。
お前の仕事請けるのぶっちゃけ嫌なんニャけど、今回はなかなか面白かったニャ。結構強くて殺りがいがあったニャ~」
「うぅ~……【竜狩りの旅団】が全滅しちゃいましたぁ……こんなことなら、ベンジャミンさんとの約束守らないでいれば良かったぁ……」
「あー、ニャるほど? お前が取り逃したSランクパーティーだったかニャ。なかなか強かったニャー、おかげでアタシの『武』もより磨かれたニャ」
「残念ですねぇ……はぁ、仕方ないかぁ。うぅ、まさか結構近くに【旅団】が来ていたとは……ついてないなぁ」
【竜狩りの旅団】……確か聞いたことがある。
人間、魔族共通の災厄である『竜種』を倒したことでSランクとなった、大陸でも指折りのパーティーだったはず。
……それを、このネメアは全滅させた……? しかも、メンバーの女3人の死体をわざわざ持ってきた……? 一体何のために……?
「嘆いていても仕方ないですね。
それじゃ、3つ目――最後の目的を果たしましょうかぁ。
マゼンタさん、フィオナさん。お二人とも
……は? え?
イザベルがこの状況で何を言っているのかわからず、あたしもフィオナも混乱する。
――混乱よりも、恐怖の方が勝っているのには変わりないけど。
「3つ目の目的……『聖剣の勇者』一行には、
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