第13話 アルガイアー暦375年6月4日 -5-

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「わたしの研究テーマはもう話した通りなのでいいですよね?

 このボーラ君だったら、災害等から安全に身を守るための『避難所』を作ることがテーマです。わたしのように人類そのものから危険を排除するのではなく、危険から身を守るための手段を模索するという方向性ですねぇ」

「ああ。ただ、僕の所属する建築部は何もシェルターだけを作っているわけではない。いざという時のシェルターだけでなく、普段の暮らしをより快適にできる家や竜種に襲われても壊れない頑丈な建造物、それに数百年――あるいは千年以上後になるかもしれないが、人間の数に反して土地が少なくなった時のための複合型高層建築物や水上都市なども設計中だ」

「他にも色々と研究テーマがあるんですよぉ。

 変わり種だと、政治体制で人類を救済するっていうところもありますねぇ」

か……確か北方だったかの国で実践して、周辺の国を巻き込んで滅ぼしかけたヤツがいなかったか?」

「そうなんですかぁ? わたし、知り合い以外の研究成果はあんまり知らないんですよねぇ……。

 後は、『伝説の武器』とかを作るとかもありますよぉ。

 リチャード王子のこの『聖剣』も、大分古いですけど工房部が作ったヤツですねぇ」

「お前と似たような方向性の部だな。『個人』の強化によって脅威から守るという思想のところだ。

 ……ふむ? そうか、この聖剣とやらもそうなのか。確か300年前にはあったはずだから――もいいところだな」

「ですよねぇ。

 というか、頭おかしいですよねぇ。使って。万人が使えない道具なんてガラクタも同然ですよぉ、防犯機能にもなっていませんしぃ。それに『魂』なんて不安定なものに依存しているのもよくないと思いますねぇ」

「生命科学部だったかが一時期『魂』の重さがわかったとか喜んでなかったか? まぁ重さなんてわからなくても武具に封じ込めることができてたし、だからどうしたって感じだが」

「あ、それ間違いだったみたいですよ? 死んだ瞬間に重さが減った、って話ですよねぇ? あれ、単に体の中の空気が抜けた分だけ軽くなったってオチらしいですよ」

「なんだ、そうなのか。魂の問題には少し興味があるんだよなー……人工的に魂を作ることができたとすれば、『意思を持つ建造物』が作れるかもしれないしな。人間が口で命令したら自動でドアを開けてくれたり、明かりを灯してくれたりと便利機能が作れるのだが……」

「うーん、工房部も今の人たちも魂を武器に込めるというやり方は継承していないらしくて、魂のことはよくわかってないんですよね。もったいない」

「ああ。たとえその部で使えないと判断したものであっても、委員会メンバー間で共有していくべきだ」

「まぁ『魂』って言っているものも、本当に実在しているかは怪しいものですけどねぇ。持ち主を選ぶ聖剣だって、実際はモデルの人間の思考パターンをコピーして特定の人間にのみ反応するっていう機能をつけただけなんじゃないかなってわたしは思いますし。

 …………あ、マゼンタさん。ごめんなさい、ついつい話し込んじゃいましたねぇ。

 今話していた『魂』にも少し関連するんですけどぉ、わたしが調べたところ、人間の身体って基本的には『脳』――頭の中にあるものが支配しているみたいなんですよ。この辺、生命科学部でも調査が難航しているらしいんでわたしの独自研究ですけど。

 すごいんですよ! 例えばわたしたちって手とか足とか動かせるじゃないですかぁ。それって全部『脳』からの命令が体の中を通っていってやってることなんですよ。瞬きみたいな本当に勝手にやっている動作とか、熱いものに触った時に反射的に手を引いちゃう動きとか、意識しない動作も全部『脳』からの命令で動いているみたいなんです。

 ということはですよ? 付与術で肉体を強化するのと同時に、『脳』の強化もやれば3割と言わず5割、10割……いいえ、もしかしたら元の10倍の強化とかも可能になるかもしれません!

 そしてもう一つ、『脳』からどのように身体を動かす命令を出しているのかがわかれば――自在に肉体を操ることができるとは思いませんかぁ?」

「……!? まさか、あんた……!?」


 イザベルの言葉で幾つかの疑問があたしの中で解けた。

 でも、そんなことって……!?

 あたしが『正解』へと至ったことにイザベルは満足そうにうなずく。


「うふふっ、上手くできるようになるまでに100年くらいかかったんですよ、これ?

 肉体の構造を知ることが付与術エンハンスの強化につながり、脳と肉体の関わりを知ることでより効果の高い強化も行える――まぁ身体がついていける人がほとんどいないし力加減が難しいので、わたし自身にしか強化としては使えないんですけどぉ……他人の身体を少しなら操れるようにまではなりましたぁ。

 はい、マゼンタさん。お口閉じてくださーい」

「……っ」

「はい、今度は開けてぇ」

「うぁ……ぁぅ」


 あたしの意思に反してイザベルの言葉通りに身体が動く。

 イザベルのやっていることがどれだけのものか、嫌でも理解してしまったあたしは恐怖で息がどんどん荒くなってゆく。心臓もさっきから鳴りっぱなしだ。

 大きく口を開いたまま、まるで犬のようにはっはっ、と息を吐き涎を垂らすことしかできない。


「ふふふ……ワンちゃんみたいで可愛いですよぉ、マゼンタさん。

 既にマゼンタさんたちには付与術をかけてありましたから、こうやって簡単に操れるっていうわけです」


 魔術を使った形跡もないのにどうやって、という疑問を先読みしたイザベルが話す。

 まさか――今までの冒険であたしたち全員に対して付与術を使った、使ってこと……!?

 気付かれないようにほんのわずかだけのエンハンスを常に使い続け、いざとなればそのまま操る――デューとは全く別方向でイザベルの付与術も『規格外』としか言いようがない。


「考えを読む、っていうのもこれの応用ですぅ。

 どうやら『考える』とかも全部『脳』が行っているようなんですよねぇ。なので、操るのではなく読み取ることで、頭の中で考えていることがわかるっていうカラクリです。まぁこれも研究中なので『何となくこう思っている』とかくらいしかまだわからないんですけどね。

 で、もう一つあるんですよぉ。強制強化エンフォース

「ひぃっ!?」

「うぁ……あぁぅ……?」


 イザベルが付与術を使うと同時に、フィオナの小さな悲鳴が上がる。

 そちらで何かが起こった。思わずあたしも目を向けると――王子の身体に異変が起こっていた。

 倒れた王子の左足、膝から下だけががくがくと別の生き物のように動き……。

 ……聞くも悍ましい音を立て、膝がありえない方向へと曲がりへし折れた……。


「うーん、わたしの理想としてはエンハンスで誰でもお手軽強化、なんですけどぉ……で、わたしがエンハンスするとこんな風にんですよねぇ。

 なのでわたしはこれを『エンハンス』ではなく『エンフォース』と呼んでいます。実態はただの超強力なエンハンスなんですけどねぇ。

 じゃあ使い道がないかというとそんなこともないんですよ?

 御覧の通り、相手の身体を勝手に動かすことができますからね。お手軽な束縛バインドの代わりにはなりますね――流石にわたし以外だとたとえ技術として知っても、まだここまでの強化エンフォースはできないと思いますけどぉ。

 それでも非力な人が中途半端な自己強化エンハンスを使えずとも、襲ってくる魔物相手に強制強化エンフォースを使えば、逃げる時間を稼いだりはできますよね?

 そうそう、リチャード王子たちの旅でもしていたのでしたぁ。

 おかしいとは思いませんでした? 王子へのエンハンスは相変わらず大した効果ではないのに、突然Bランクの魔物にも勝てるようになったって」

「……それも、あんたがエンフォースで……」

「正解です。

 そう、王子への強化は王子の身体が脆すぎるのと、外側はともかく内側がわからないので思い切った強化はできませんでしたけどぉ……魔物側なら別に身体が壊れちゃっても全然かまわないですからねぇ。遠慮なくエンフォースの力加減の実験をさせていただいてましたぁ。わたしのエンフォースで動きにくくなった魔物を、王子は仕留めていたってわけですねぇ。

 加減なしなら――今の王子みたいになっちゃってわたしがやったってバレちゃうので、あくまでも『動きにくくする』っていうくらいの実験でしたけど」


 …………ダメだ、

 今わざわざイザベルがエンフォースについて説明したのは、それをあたしにわからせるためだ。

 もし逃げようとしても、リチャード王子のように足を無理矢理へし折られるだけに終わるだろう。

 最初に距離を開けたあの時だけが、こいつから逃げる唯一のチャンスだった――それも結局、ボーラが自在にこの遺跡を瞬時に作り替えられる以上不可能だったのだけど……。

 詰んでいる。そうとしかいいようのない状況だ。

 一通り説明して満足したのか――『研究者』が本職らしいし、自分の研究成果を誰かに話したくて仕方なかったのだろう――あたしからフィオナへと視線を戻す。


「……フィオナさん? これが限界ですか?」

「ひっ……!? ご、ごめんなさい……ごめんなさいぃ……!」


 最初に治すように言った左腕は……全然治っていない。

 少しだけ裂けているようなところは塞げているものの、これでは応急手当にすらなっていないと言えるだろう。

 不満そうなイザベルの言葉に、フィオナはうわごとのようにひたすら『ごめんなさい』を繰り返している……。

 ……もうフィオナはダメだろう。イザベルたちの正体を知る以前に、リチャード王子にされた仕打ちを見ただけで心が折れてしまっている。


「むーん? 現代の『奇跡の聖女』でもこのくらいですかぁ……やっぱりアルガイアー正教は邪魔ですね。生物の身体を調べることを禁じてしまっているせいで、奇跡の精度が300年前からほとんど変わってない……ふむ、それでもそこそこ治せているのはフィオナさん自身の実力ですね。うーん、でも個人の資質に頼った方法ではやはり意味がない……奇跡も全員が使えるわけではない……でも医療術は根本的に奇跡も魔術も使わないで治療を行う技術だからこれを広めていけば……そのためにはアルガイアー正教が邪魔ですねぇ……」


 ぶつぶつと呟きながらまた別のことを考え込む。

 アルガイアー正教は確かに生物の身体を調べる、もっと言えば『人間の身体を調べる』ことを禁じているとは知っている。

 ……多分、その原因は300年前のイザベルエリザベスの所業からだと思うんだけど……こいつに言ったところで通じはしないだろう。


「まぁいいか。その辺は後で考えるとしましょう。

 今は2つ目の目的を果たしましょうかねぇ」


 1つ目――フィオナの治療を間近で見る、は結果自体はどうでも良かったのだろう。

 単に『奇跡が発展しているかどうか』を確認したいがためのことだった、今だからわかる。

 そしてイザベルの知っている奇跡と、『奇跡の聖女』の奇跡が大差がないことがわかった――フィオナたちからしてみれば『意味がない』ことなんだろうけど、イザベルにとっては『意味がないことがわかった』ことで一定の成果を得たことになるのだろう。

 特にフィオナに失望も怒りもなく、再び笑みを浮かべたイザベルは放置されていた荷物を持ってくる。

 脱出する……? と思ったけど、がここから始まることを、あたしもフィオナも知る。


「脱線ばかりで申し訳ありませぇん。

 3つ目の目的の前準備も兼ねて、ちょっと『作業』させてもらいますのでぇ少し待っててくださいねぇ」

「……おい、まだかかるのかよ。おまえたちがいなくならないと、このシェルターの後始末ができないだろうが」

「ごめんねぇ、ボーラ君。折角の『素材』だから捨てていくのはもったいなくってぇ。

 あ、ついでだからボーラ君も見学していっていぃよぉ――魂とは違うけど、どうやって身体を動かしているか調べるのは参考になるんじゃない?」

「ふむ。お前の研究は纏められたものに目は通しているが、確かに生で見るのとは違うか。仕方ない、もうしばらくは付き合ってやろう」

「うふふ、ありがとぉ」


 荷物――本当なら往復分の食料やテントが入っていたはずだ。

 片道分の食料は既にない。残り半分の食料が入っているだけ……と思ったけど、イザベルが中から取り出したのは『道具』だった。

 トンカチ、ノミ、ノコギリ、そして見たことのない溝が掘られたキリ、異様に長く先端が歪んだ針が数本……。


「なんだ、その貧相な道具は? そんなので大丈夫か?」

「仕方ないじゃないですかぁ。工房部にもお願いしてるんですけどぉ、あの人たち『武器』以外に興味ないから全然作ってくれないんですよぉ。一般の鍛冶師さんたちにお願いしても上手く作れるかわからないし、足が着いちゃったら面倒ですしぃ」

「……工房部もなかなかの問題児揃いだな。それぞれの方法で『人類を救済する』のは良いが、協力し合うということを知らんやつが多い」

「道具だけ作っても『人類を救済』したことにならないと思っちゃってるんですかねぇ……も『刃物は面倒だから嫌』って作ってくれないしぃ」

「マキ――ああ、あの根暗女か。面倒以前に、刃物はヤツの専門外だろうし仕方ないな」

「? ゴーレム作れるなら刃物なんて簡単に作れるんじゃないですか?」

「……お前……いや、言っても無駄だな」


 雑談をしながら取り出した道具を並べてゆくイザベル。

 何をする気だ、と問う気力すらもう湧かなかった。

 うつ伏せに寝かせた王子の背中に跨り自分の両ひざで頭を固定し、微笑みを浮かべながら道具を手に取る。


「あ、折角だからマゼンタさんとフィオナさんも見学どうぞぉ。

 を見れば、きっとお二人も脳の凄さを理解できると思いますよぉ。

 それじゃあ王子、いきますよぉ」


 手にしたノミを後頭部に当て、トンカチを大きく振りかぶった――

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