人類を救済するための100万通りの方法

第9話 アルガイアー暦375年6月4日 -1-

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「はぁ~……もう、色々と準備してたのにぃ、全部無駄になっちゃったじゃないですかぁ。

 ……上手くいかないですねぇ、本当に……」


 訳がわからない。

 なぜ、イザベルがここにいる!?

 あたしの束縛魔法バインドで動けないはずなのに!?

 束縛魔法を解くためには、魔術の構造を理解して解除ディスペルで一つずつ鎖を解いていかなければならない。

 仮に解除魔法が使えたとしても、すぐに抜け出すことなんてできるわけがない。だからこそ、あたしはこの魔法を得意とする『茨の大魔女』なのだから。

 ……驚きと混乱で呆然としているあたしの様子に気付いたのか、イザベルがこちらを見てにこりと微笑む。


「えっとぉ、流石『茨の大魔女』ですね、マゼンタさん。わたしの魔術ではとてもではないですが抜けられなかったですよぉ。

 だから――」

「イザベルゥゥゥゥゥッ!!!」


 リチャード王子がキレた。

 バカ! そんな場合じゃないでしょう!?

 あたしたちが止める間もなく、王子は聖剣を片手にイザベルへと斬りかかろうとする。


強制強化エンフォース

「!?」


 だが、イザベルが魔術を使った瞬間――リチャード王子が風のような速さで壁へと突っ込んでいった。

 いや……イザベルへと突っ込んで行ったが勢い余って、という感じだ。

 顔から壁に激突した王子は気絶はしなかったみたいだけど、顔を抑えて呻いている。


「お話の途中なんですけどぉ……」


 訳の分からないことばかりが起こっている。

 けど、一つだけわかっている。

 

 何かはわからないが、こいつはあたしたちにとって魔物以上に危険な存在なんだ――そう本能で理解してしまった。


束縛バインド! 王子、フィオナ、動きなさい!!」


 わからないけど危険、それだけで人を害するのかと問われると……相手による、としか言えない。

 ……今までイザベルのことを散々虐めてきたあたしたちが『命を獲る』ことを躊躇うのは、それはそれで馬鹿げた話だとは思う。

 とにかく束縛でイザベルの動きは止めた。

 その間に王子が立ち直りイザベルを

 多分、それ以外にあたしたちが無事にここから脱出する術はない……と思う。一度見捨てたイザベルが、もう一度あたしたちと協力してくれるとは思えない――奥に魔物が沢山いるこの遺跡で仲間割れしてどうするんだとも思うけど……。


「あ、ちょうどいいですねぇ。

 マゼンタさん? わたしの魔術ではこの束縛は解除できません。だから――強制強化エンフォースっと」

「……は?」


 イザベルが少し力を込めただけで、あたしの束縛がバラバラに砕け散っていった。

 またにこっと微笑み、


「ね? こうやって抜けたんですよ」


 何てことのないようにそう言った。

 …………ありえない、わけではない。『魔術』『魔法』と言ってはいるものの、それらは全て『技術』だ。

 人の扱う技術であれば、『結果』はあくまでも現実世界に物理的に作用することになる。

 だから言ってしまえば束縛は、『魔力で出来た光の鎖で相手を縛って動けなくする』という効果になる。鎖には触れるし、あまりにも大きな体格の魔物には破られる。

 だが、イザベルが『力』で無理矢理束縛を引きちぎるなんてありえない……! 先ほどのドレイクマンですら動けなかったというのに、小柄で華奢なイザベルの力では絶対に抜けられるわけがない。たとえ付与術エンハンスを自分自身に使ったとしたって……。

「……っ、……っ!?」


 事実はどうであれ、イザベルの動きを少しの間だけなら封じ込めることが出来る。

 あたしは続けてもう一度束縛を掛けようとしたのだが、


「あ、マゼンタさんは少し大人しくしててくださいねぇ。鼻は塞いでないので息はできるから……まぁ大丈夫ですよね?」


 これもイザベルの仕業……!? 一体どうやって……。


「説明してあげたいんですけどぉ、まずはわたしの用事をここで済ませちゃいますね。

 さて、王子様、フィオナさん。こちらへ来てくださぁい」

「き、貴様……一体……!?」


 ……そこそこ時間は稼いだはずなのに、リチャード王子は自力で立ち直ることができていなかった。

 未だに壁の傍で呻いているだけだった王子と、あたしの傍でへたり込んだままのフィオナが――まるで糸で操られる人形のように、見えない力に無理矢理立ち上がらされこちらへと歩かされてくる。

 なぜ自分の身体が自分の意思に反して動いているのか、二人は全く理解できていないようだったが……あたしは気付いた。

 まさか、これは付与術の応用、か……?


「はい、このあたりで良いですよぉ。

 じゃあまずは王子から行きますからねぇ。強制強化エンフォースっと」

「!? ぐ、ぐあっ、俺の腕――腕が……あ、あがっ、ぎぇああああああああああああああっ!?」


 ――目の前で起きていることは、イザベルが現れた時から訳の分からないことばかりだったけど、その中でも更に訳の分からないことだった。

 王子の左腕が本人の意思に反して勝手に動いている。

 まるで絞られる雑巾のように……腕が勝手に捻じれ、皮、肉、骨――すべてがぐちゃぐちゃにねじ切れてゆく。


「はーい、王子様ぁ。ちょっとうるさいので痛み止めあげますねぇ~」

「……あ……う……?」


 喉が裂けるんじゃないかというくらいの絶叫を上げていた王子だったが、イザベルが数度頭を軽くたたくと急に静かになった。

 目がとろんとしていて、起きてはいるけど意識が虚ろ……という感じだ。

 『痛み止め』の魔法、いや奇跡? でもあんな重症の痛みを一瞬で感じさせなくさせるなんて……ありえない!

 こいつイザベルの目的は一体何なの……!?

 虐めてきたあたしたちへの復讐? それとも他の何か?


「あ、わたしの目的ですかぁ?」

「……!?」


 唐突に、イザベルがあたしに向かってそういう。

 としか思えない!?


「えっとぉ、ある程度だけですよ? 心の中全部読めたりは流石にできないですねぇ。いつかできるようにはなりたいとは思ってるんですけどぉ。

 それでわたしの目的ですけど、2つ――あれ、3つかな? まぁいいや。それくらいあるってことです。

 じゃあ1つ目、いきましょうかぁ。フィオナさん」

「……う、うぅ……」

「あれ? フィオナさーん? そろそろ混乱から立ち直ってくださいよー。

 ……もう、しょうがないですねぇ」


 言うなり、パン、と弾けるような音と共にフィオナが倒れた。

 頬を張ったのだ。


「あ、あぁ……私は、私……」


 痛みで多少は意識が戻ったか、叩かれた頬を抑え目の前に立つイザベルを見上げる。

 イザベルは変わらず優し気に微笑み、フィオナを見たまま床に転がるリチャード王子を指さす。


「フィオナさん。、治してみてください」

「え……? アレ……? リチャード王子……?」

「そうそう、リチャード王子を治してあげてください。

 あ、時間はたっぷりとあるので、急いで治せとはいいませんよ? 落ち着いて、ゆっくりと治してあげてくださいね。でも、あんまりゆっくりすぎると――うーん、王子も死んじゃうかもしれませんけどねぇ」

「……!!」


 痛み自体はどういうわけか『痛み止め』が効いているので感じていないようだが、捻じれた腕からは血が流れ続けている。

 すぐに出血多量で死ぬことはないだろうけども、それでも長時間もつとは思えない。

 言われたフィオナは、倒れたリチャード王子と微笑むイザベルへと何度も交互に視線を彷徨わせ――やがて、のろのろと立ち上がり王子の元へと向かった。


「では、フィオナさんが治療をしている間に少しお話しましょうかぁ。あ、フィオナさんの治療を近くで見たいので、失礼ですが背中向けさせてもらいますね」

「……」

「それでわたしの目的の1つ目ですけどぉ……わたし、『奇跡の聖女』の治療を見てみたいんですよねぇ。ちょっとした切り傷とか火傷とかを治す場面は何度も見ているので知っているんですけどぉ、もっとを見てみたいなって思って」


 何を言っているんだ、こいつは……!?

 いや、言っている意味はわかる。

 フィオナが全力を出して奇跡を使って治療をする場面を見たい、と言っているのだと。

 そのためだけに、王子の腕をめちゃくちゃに潰したのだ、こいつは……!


「わたしも外科手術で治療はできるんですけどぉ、やっぱり『本職』の治療も参考にしたいなって思いましてぇ……。

 えへへ、楽しみだなぁ、『奇跡の聖女』の治療♪ 左腕の後は、手とか足とか斬り落としてくっつけるところとかも見たいなぁ~」

「ひっ……!?」

「! それか、もしかして聖女の奇跡なら新しい手足が生えてきたりするんですかねぇ? もしそうなら、にも恩が売れちゃうかもしれませんねぇ。わたしの研究にはあんまり関係なさそうですけど……いえ、本場の奇跡は参考になりますよね、きっと」


 フィオナの奇跡を間近で見たい、本当にそれだけのためにこんなことをしているっていうの!?

 それ以前にわからないことだらけだ……!

 この異様な状況から逃れる術も見つからない……!

 イザベルがあたしの方を振り向く。

 ……その表情は、相変わらず穏やかな――場に全くそぐわない笑みを浮かべていた。


「あ、そうそう。さっきわたしの目的について話しましたけどぉ、それってあくまでも今回の目的でしかないんですよねぇ。

 なのであらかじめ言っておきますね?

 わたしの最終目標は、ことです。そのために、付与術を更なる高みに持っていきたいんですよぉ。

 フィオナさんの治療の見学も、付与術への応用のために必要なことなんですよぉ。

 残りの目的についてはおいおい語って――あれ? フィオナさん、どうかしましたか? 治療が進んでいないようですけどぉ?」


 再びイザベルはフィオナの方へと視線を戻す。




 ――『人類を救済する』……ああ、この言葉を聞いて、あたしはなぜ最初からイザベルに対して悪感情を抱いていたのかを悟った。




「『人類を救済する』――この言葉を口にする者がいたら、

 これを口にする者は、あたしら魔女にとっての災厄……かの憎き悪女、と同類に決まってるんだからねぇ」




 『紫の茨』を出る時にオババ様から言われた言葉が脳裏を過る。

 300年ほど前の、アルガイアーの末裔とウルファンの末裔との戦争――その最中に現れた『奇跡の聖女』と伝えられる人物。

 アルガイアー側からすれば『奇跡の聖女』ではあるが、ウルファン側からしてみれば『災厄の悪女』。

 かの大戦において、『人類救済』を謡いながら最も多くの魔族魔女魔獣を殺害したと伝わる殺人鬼……。

 その名はエリザベス――オババ様の言う、絶対に近づいてはならない人物と、あたしは知らず関わってしまっていたのだ……。

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