第7話 ■■■■■、そして"終わり"
★ ★ ★ Magenta ★ ★ ★
リチャード王子がデューを追い出そうとした理由もまた、想像するしかない。
……あくまでもあたしの想像だけど、デューは彼の劣等感を
なのに、実際にはリチャード王子の実力はデューのおかげだった。
そのことを彼も薄々悟っていたのだろう。
でも彼のプライドがそれを認めるわけにはいかない。
結果が、『デューの追放』というわけだ。
追い出されるデューには悪いけど、リチャード王子とどっちが優先かと言われたら――当然リチャード王子となる。
彼が自分の力不足を認めて大人しく国に帰るなり修行しなおすなりすれば、それはそれでベターエンドではあろうけど……リチャード王子の性格上そうはならなかった。
だから、旅を続けるためにデューを排除した。そういうことなんだろう……とあたしは思う。
あくまでも『リチャード王子の旅』なのだ。デューを認める=リチャード王子の旅は続けられなくなる、となる以上仕方のない話だ。
デューが抜けるのは痛いけど、最終的にはあたしも納得せざるを得なかった。
……実を言えば、デューの技術はともかくそれ以外に関しては、あたしも概ねフィオナと同じ感情を抱いていたからね。
そこからしばらくの間は予想通り苦しい旅となった。
デューがいなくなった後も、リチャード王子はAランク冒険者として振る舞おうとしていた――つまり、ランクに見合った依頼を受け続けていたことが原因だ。
3人で魔物と戦う以上、前線に立つリチャード王子には頑張ってもらわなければならない。まぁこれはデューがいた時から変わっていないけど(デューを『囮』にすることもしばしばあったが……)。
そのリチャード王子の実力は、到底Aランクの難度に見合っているわけでもなく……後衛のあたしとフィオナにも被害が及びそうになることがしばしばあった。
リチャード王子は荒れた。荒れに荒れた。
八つ当たりしていたデューも既にいなく、下手をするとあたしたちに矛先が向くかもしれない、と恐れもした。
そんなある日、リチャード王子が上機嫌であたしたちに言った。
「新しい仲間を加えようと思う」
思ったよりまともな発言に、内心で胸をなでおろした。
欠けているものを埋めるために他人の力を借りるのは決して悪いことではない。むしろ、当然のことだと思う。
一人でなんでも出来る人間なんていないのだから。
けど、続く言葉にあたしは慌てた。
「噂話を聞いたのだが、王国の外れの方にある村に高名な
その人を勧誘しようと思っている」
これは拙い。
リチャード王子はデューの
どちらにしても、新しい付与術師を入れても同じことの繰り返しにしかならないだろう。『高名な付与術師』だったとしても、デューのエンハンスを超えることはできるとは思えないし、そもそもエンチャントの方で有名な可能性が高い。
「王子、術師は足りてると思うわ。それよりも、前衛を入れませんこと?」
言いながら、あたしは別の席にいる冒険者グループであろう男女へと視線を向ける。
赤髪の大柄な壮年の男性と、黒髪におそらくは『狼』であろう耳と尻尾が生えている獣人の少女の二人組だ。
どちらも前衛なのだろう、大きな斧や槍を傍らに置いて食事をしながら談笑しているのが見えた。
他に連れが見当たらないということは、前衛二人だけのパーティーなのだろう。かなり珍しい。
あの二人……あるいはどちらか片方だけでも入ってくれれば、リチャード王子を上手い具合に補佐しつつあたしたちパーティーもバランスが良くなり上手く回ることになるだろう。
フィオナは何も言わない――デューを追い出した後、彼女の口数は減りあたしには何を考えているのかよくわからなくなってきた――が、あたしの意見にもリチャード王子の意見にも、賛成も反対も示さない。
あたしの意見にリチャード王子は笑顔を浮かべたまま首を横に振る。
……その笑顔は、どこか鬼気迫る異様な迫力を滲ませていたように思えたのは、あたしの勘違いじゃないだろう。
「いや、前衛こそ足りている。俺たちに必要なのは、俺たちの力を更に引き出せる能力だろう」
――説得はやはり無理か。
リチャード王子にとって、『聖剣の勇者』こそが主役であって残りのメンバーは引き立て役……ということなのだろう。
確かに『聖剣の勇者』が想像した通りの万夫不当・一騎当千の戦士であるならば、魔術・奇跡・付与術による支援を行うというのがベストだとは思う。
けど、現実はそうではないのだ。
「ここからだと数日かかるな。今日はもうこのまま休んで、明日から出発しよう!」
元々議論するつもりもないのか、『高名な付与術師』を迎え入れるというのは決定事項のようだった。
……不満と不安を表には出さないように努めながら、あたしは頷くしかなかった。
「わぁ~、『聖剣の勇者』様に誘われるなんて光栄ですねぇ。ぜひお供させてください~」
『高名な付与術師』――イザベルの第一印象は、
穏やかな笑みを浮かべた落ち着いた女性ではあるものの、背は低く、童顔なのかあたしたちよりも年下に見える――が、実年齢は全く読めない。若作りしているだけかもしれないし、本当に若いのかもしれない。
典型的な、男受けを狙って媚びて、女に嫌われる女……それがイザベルの第一印象だった。
フィオナはやはり何も言わなかったが、その目が雄弁に物語っていた。
彼女にとっては、デューとは別の方向性で嫌悪の対象になったのだろう。
あたしも同感だ。この女は好きになれない、むしろはっきりと『嫌い』だ。
「よろしく頼む、イザベル。
前の付与術師は本当に役立たずでね。貴女には期待しているよ!」
でも、リチャード王子はそんなあたしたちの感情に気が付くことはなく、イザベルのことを心の底から歓迎しているのだった。
――いい気味だ、と我ながら性格の悪いことを考えてしまうのは仕方ないことだろう。
イザベルが加わった後も、リチャード王子の『不調』は治らなかった。
当然だ。彼の『不調』は規格外のエンハンスを扱うデューが欠けたことによるものなのだから。
「くそっ、イザベル! 何だ、この貧弱な付与術は!?」
「えぇ~……で、でもリチャード王子、わたしのエンハンスはこれが限界で――」
「そんなわけがないだろう!? あの役立たずのデューよりも効果が低いではないか! デューですら俺の能力を3割上げられたのだ、おまえならもっと上げられるだろう!」
「――3割? それは、本当ですか?」
リチャード王子に詰られるイザベルの目が、その時……何か、ドロッとした不気味な光を宿したような気がしたが……。
「本当ですよ、イザベルさん。ええ、本当にあのデューという男の付与術は人間の能力を3割ほど上げておりました――悍ましい」
最後の一言は小さく吐き捨てる言葉だったが、続くリチャード王子の怒声に掻き消されてしまった。
「おまえは高名な付与術師ではないのか!? それが、デューにも劣るというのか!? 何とか言ってみろ、役立たずが!!」
「そ、そのぅ……エンハンスは相手の身体の構造を良く知らないと、上手く効果を発揮できな――うぐっ」
言葉の途中でイザベルの顎を掴み、リチャード王子は嗤った。
「そうか。なら、
「……っ」
人目も憚らず無理矢理自分を引きずっていくリチャード王子を見てイザベルは何を考えていたのだろう。
その表情はあたしたちには見えず――しばらくしてから、ボロボロになったイザベルがリチャード王子の部屋から叩き出されたのを見て、あたしたちは微かに嗤った。
いい年をした男女が寝食を共にする時間が長ければ、自然と
あたしがパーティーに加わった時点で、既にフィオナとは
でも、自然とあたしも
王族だし、妃を複数持つというのも……まぁありなのかな? とかそんなことくらいにしかあたしは考えていなかった。
……リチャード王子の旅が続き今より更に名声を上げていけば、もしかしたら『聖剣の勇者』としてシンディア王国の国王になるかもしれない。初代勇者のように自分の国を新たに興すことになるかもしれない。そうでなくても、『聖剣の勇者』であれば当然国の重鎮にはなれるだろう――そんな想いがあった。
色々と問題はあるが、未来は明るい。あたしはそう確信していた。
デューを嫌いになった理由は実は
リチャード王子とフィオナが気付いていたかはわからないが、デューはあたしたちの
……気持ち悪い。本当に、気持ちが悪い。
彼が王子だけでなくフィオナへと強力なエンハンスを掛けられた理由も、彼女の裸をはっきりと見たからだろう。体型のわかりにくい神官のローブを纏ったフィオナの肉体の構造なんて、見ただけで把握できるわけがない。
それとなく忠告してやろうとも思ったけど、デューと二人きりになって話すということに嫌悪感を抱いてしまう。
王子に言いつけてやろうか、でもそんなことをすれば流石に『可哀想なこと』になるんじゃないか、と悩んでいたけれど……あたしが動く前に王子がデューを追放してしまった。
――結局のところ、デューの技術の高さは認めるところではあったけど、それ以上に嫌悪感を抱いていたのはフィオナだけでなくあたしもだったというわけだ。それでも、デューが欠けることによって起きる問題よりも、デューがいなくなることで解決する諸々の方が自分にとって良い、そう思ったことに変わりはない。
……そして、あたし、フィオナだけでなくイザベルもここから
けれど、イザベルの扱いはパーティーの中での最下層――かつてのデューのいた場所へと位置づけられている。
外での冒険の最中は、かつてのデュー同様に荷物持ちをさせ、王子にエンハンスをかけて強化させ、時には囮となって魔物を引きつけさせた。
デューと異なるのは、イザベルが『女』であることだろう。
だから夜になればイザベルは
……どうやら、王子だけでなくあたしたちも、この無力な女を甚振ることに楽しみを見出してしまったらしい。
夜のことはともかく、冒険に関しては――多少の改善が見られた。
デューの追放後、イザベルの加入後にCランクの魔物に苦戦していたリチャード王子であったが、何とかBランクの魔物とまでなら互角以上に戦えるようになってきた。
たった3割、されど3割。
身体能力、反射神経、あらゆる肉体に関する能力を満遍なく3割も上昇するとなると、字面通りの『3割』の強化とは言えない。
全体的に強化しているのだから、はっきり言って倍以上となっていると言えるだろう。
リチャード王子本来の力が倍になり、それに聖剣の力を加えてAランク相当だったのがデューのいた頃だ。
イザベルの場合だと能力は倍にすることは出来ず、ようやくBランクである。
……王子の苛立ちは解消されることはなかった。
多少はマシになったが、『自分の本当の力はこんなものではない』という思いが消えないのだろう。その『本当の力』はエンハンス込みなので王子の思い込みはそもそもが間違っているのだけれど――そのことを指摘することはできないしする意味もない。
あたしもフィオナも、『第二のデュー』あるいは『次のイザベル』になることを心のどこかで恐れていた――だからイザベルを虐める王子を諫めなかったし、むしろ同調してしまっていた。
まぁ、Bランクにまでは追いつけたのだ。このまま
あたしたちの耳に『神器の眠る洞窟』の噂が届いたのは、そんな時だった。
選ばれし者にしか使えない『神器』――詳細までは噂ではわからなかったが、もし実在するのであればリチャード王子の聖剣のようなものなのだろう。
……リチャード王子が使いこなせるかどうかはわからないけど――
「ははは! いいじゃないか、『伝説の神器』! 良し、俺たちが探しに行こう!」
王子は『伝説の神器』を自分が扱えること前提でいるらしい。
……まぁいいか。
使えれば良し。もし使えなかったとしても、王国なりアルガイアー正教なり冒険者ギルドなり、どこか適正に買い取ってくれるところに売ってお金にしてしまえばいい。
使えなかったことに王子は苛立つだろうが、イザベルがそれを全部受け止めることになるだけだ。
あたしたちは反対することもなく、噂話を頼りに『神器の眠る洞窟』を探し、そうして見つけることができた――
とある村から片道3日ほど離れた深い森の奥、そこに『神器の眠る洞窟』はあった。
あたしたちは躊躇うことなく洞窟へと足を踏み入れ、慎重に探索を進めてゆく。
ある程度進むと、唐突に洞窟が途切れ明らかに人工物で出来た『遺跡』へと景色が変わった。
どうやら地下にある遺跡の方が本命らしい。
遺跡入口付近で目立たない場所に大荷物を置き――イザベルに持たせたまま彼女が何らかのアクシデントではぐれた場合に困るからだ。ここから村に戻るにしても3日はかかってしまうのだから――あたしが『
そして、入口から見て地下2階分ほど降りた後に、魔物の襲撃を受けた。
現れたのは一見するとただのリザードマンであったが、すぐに違うことがわかった。
全身の鋭く逆立つ鱗、頭部の角――陸生巨竜『ドレイク』の特徴を持ったその魔物は、『ドレイクマン』と呼ばれる半竜半人だ。
滅多に現れない、Bランクの魔物だ。
現れたのは1匹だけだが今のあたしたちでは苦戦は必至だ。
なぜならば、そいつはあたしたちと遭遇するや否や、身構えるよりも先に鳴き声を上げた。
まず間違いなく仲間へと侵入者を知らせたのだろう。ぐずぐずしていたらBランク魔物の集団に襲われることとなってしまう。
そうなったらもうおしまいだ。リチャード王子の実力では、エンハンス込みでドレイクマン1匹と互角。あたしたちが支援をしても群れとはとても戦うことはできない。
――だからあたしは、『
束縛したドレイクマンは何とかとどめを刺せたが、リチャード王子は腕を怪我し動けないドレイクマンですら一撃で倒すことが出来ていない。
ここらが潮時だろう。
あたしの意図を王子とフィオナもすぐに汲んだようだ。
懇願するイザベラを置いて、あたしたちは脱出することを選択したのだった。
「……!?
「そんなバカな!?」
後ろから魔物の大群が迫ってくる音は聞こえない。けど、ぐずぐずしてもいられない。
荷物を置いていた遺跡部の入口まで戻って来たというのに、異常事態が起きていた。
「に、荷物は確かにある……なのに、なんで……」
『隠蔽』をかけた荷物はなくなっていない。
記憶している限り、周囲の景色――崩れた遺跡の壁や柱も変わっていない。
なのに、遺跡から洞窟へと戻る出口だけがきれいさっぱり消えているのだ……!
そもそも、ドレイクマンに襲われたところまではほぼ一本道だった。別の道に入ってしまうなんてこともありえない。
「くそっ! 何なんだこれは!?」
傷の痛みもあるだろう、王子が苛立ち壁へと聖剣を叩きつけるが――
「!? な、なんだこれは……」
遺跡の壁は聖剣の力によってあっさりと斬り裂かれた。
けど、出口は作れない。
なぜなら、聖剣の刃よりも遺跡の壁が分厚かったからだ。
無理矢理出口を作るにしても、これでは――
背後から迫ってきているであろう魔物の群れに追いつかれたら、逃げ場がない。
全滅――その二文字があたしたち全員の脳裏に過った……。
「あぁ~、良かったぁ。追いつけましたぁ~」
「…………は? お、おまえ……!?」
「もう、びっくりしちゃいましたよぉ。
どうやってあたしの束縛魔法を破ったのか、いやそれ以前に魔物の群れをどう捌いたのか……。
にこやかな笑みを浮かべたイザベルがそこにいた――
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