第5話 "茨の大魔女"マゼンタ

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 『魔女』と『魔族』――その関係を説明するのは難しい。

 どちらも現在は『邪神』と呼ばれる唯一神ウルファンによって創造された生命であると伝えられているが、その真偽を確認する術はない。

 協力関係にあるわけではないし、意思疎通が可能なわけでもない。

 侵略神アルガイアーの創造した生命であっても、人間と獣が意思疎通できないのと同様だ。

 とはいえ、『魔女』の一族は別に人間に迫害されているというわけではない――少なくともあたしの住む地域ではそうだ。

 だからあたしは積極的に人間の町へと行くし、そこで様々なことを学んでいった。




 シンディア王国西部、『魔女の森』と呼ばれる深い森の中にあたしの育った集落――『紫の茨』はあった。

 村の長たちは古くからの言い伝えをずっと守り続け、外の人間と触れ合うことを良しとしていなかった。もちろん、あたしが外へと出かけることにもいい顔をしていない。

 けど、『魔女』の伝統魔術と外の魔術を共に学んだあたしは、村の中でも一番の実力者だ。

 15になった辺りから、あたしは集落一番の魔術の使い手に与えられる称号『茨の大魔女』と呼ばれるようになっていた。




 20になった頃、『紫の茨』に外からの冒険者がやってきた。

 シンディア王国の第二王子リチャードとその仲間達だ。

 リチャードが『聖剣の勇者』という噂話は、人間の町によく行くからあたしも聞いている。

 その勇者様が一体何の用か、と村長たちは騒いでいたけど――


「『茨の大魔女』マゼンタ、貴女の力を貸してほしい!」


 ……こんなおとぎ話みたいなことがあるなんて、とあたしは舞い上がってしまった。

 リチャードは絵に描いたような『王子様』だった。しかも、聖剣を扱える『勇者様』でもある。

 一緒にいるのがアルガイアーの聖女と気持ち悪い小男というのが微妙ではあったけど。




 村長たちはあたしがリチャードたちと共に旅をすることに良い顔をしなかった。

 時々町へ行くのとはわけが違う。長期間――もしかしたら一生『紫の茨』へと戻ってくることはないかもしれないのだから、当然と言えば当然だろう。

 『茨の大魔女』であるあたしは、いずれ村長となる。そして、新たに生まれる魔女たちへと技術を継承していくという役目がある。

 ……それでもあたしはリチャードたちと外へと出ることに『意義』があると訴え、何とか説き伏せることが出来た。いずれ戻ってくる、と約束はさせられたけど……まぁ気が向いたら戻ってきても良いだろう。

 リチャードは王子だ。もしこの旅で愛が芽生えたとしたら将来は――そう考えると、『紫の茨』に閉じこもり『魔術の継承』だけを目的として過ごすことと比較するまでもない。

 それに、上手くいけば『魔女』の立場を今よりも向上させることができるかもしれない。森の奥に皆して閉じこもることもなく、町へと出て好きに暮らせるようになるかもしれない。

 あたしはそちらの方が絶対に良い、あたしにとってだけでなく『魔女』全体にとっても、『魔女』の魔術の恩恵をアルガイアーの末裔たちも受けられるようになるし、いいことづくめだと思う。

 結果的にそれは『人間』――アルガイアーとウルファンの末裔たち全ての人間にとって良いことだろう。


「…………マゼンタや。お前の志は理解した。

 けれども、『人を救う』などと思いあがってはいけないよ」


 あたしの考えを聞いた村長の中でも最も年上のオババ様……あたしにとっての育ての親はため息を吐いた。

 別に思い上がりはしていない、と思う。

 オババ様は続けてこう忠告してきた。


「『人類を救済する』――この言葉を口にする者がいたら、

 これを口にする者は、あたしら魔女にとっての災厄……かの憎き悪女、と同類に決まってるんだからねぇ」


 オババ様が言っている人物が誰か、『魔女』の皆は知っている。他の集落でもきっと同じ扱いだろう。

 魔女にとっては『災厄の悪女』、アルガイアーの末裔にとっては『奇跡の聖女』である、300年程前に実在した人物だ。

 内心では既に死んだ人物に対して何を、と笑いとばしながらもあたしはオババ様に『わかった。そんな怪しいヤツには近づかないわ』と答え、リチャードたちと共に『紫の茨』から旅立っていった。




 意外だったのは、旅をしていくうちに皆への印象がガラリと変わったことだ。

 まずリチャード。

 ……『聖剣の勇者』と呼ばれているのは確かだし、聖剣も使えていた。その聖剣も『本物』だろう、普通の剣ではありえない魔力を内包しているのをあたしは感じ取っていたし、実際に強靭な魔物を容易に斬り裂く威力を発揮していた。

 ただ、聖剣は本物ではあるが、リチャード自身はというと――お世辞にも立派な男とは言い難かった。

 剣術の腕は並程度だろう。あたしは剣には詳しくはないけど、それでもわかるくらいに剣に振り回されているといった印象だ。

 それでも何とかなっているのは、単純に聖剣の力が凄まじいからだと思う。

 後は性格はあまり良くない。

 あたしやフィオナには『紳士』な振る舞いをしているが、同行者であるデューへの当たりは厳しい。何か上手くいかないことがあればデューへと八つ当たりをしているとしか思えない当たりだった。

 デューの方はと言えば、理不尽な物言いをされ八つ当たりをされても卑屈な笑みを浮かべやり過ごしていたが……。

 どうやら兄である第一王子に激しい嫉妬心と劣等感を抱いているようだ。

 ……アルガイアーの末裔全体に対して『魔女』は似たような感情を抱いている者も多い。共感はできるけど……。




 フィオナについても意外な印象の変化だ。

 『邪神の末裔』であるあたしに対して、意外なほど友好的に接してくる。

 同じ女性だからというだけではないと思う。

 何か裏があるのか? と勘繰るのも仕方ないことだろう――アルガイアーの信徒、しかもその最上位であろう『聖女』からしてみれば、ウルファンの末裔である『魔女』は滅すべき異教徒だと言えるからだ。

 でも、しばらく付き合っていくうちにフィオナは純粋にあたしに懐いているだけだということが確信できた。

 ……お高く止まった聖女様だと思ったけど、中身はただの女の子だった。むしろ、あたしの方が偏見を持って接してしまっていたのだなと反省すべきことだ。




 一番大きく印象が変化したのは、デューだ。

 顔は普通、背も低く、猫背でいつも卑屈な笑みを浮かべている……正直『気持ち悪い男』というのが第一印象だった。

 リチャードと並ぶとより差が際立つ。『男』としては、少なくともあたしからしてみれば天地がひっくり返っても彼を選ぶことはないだろうと思う。

 あたしが彼に対しての印象を変えたのは容姿や性格ではない。

 だ。

 デューはいわゆる『付与術師エンチャンター』であり、それ以外の魔術は並以下――あたしは言うまでもなく、多少嗜んだ程度のフィオナよりも精度が低い――であり、かといって武術の腕があるわけではない。

 けれども、唯一使える『付与術』の精度が並外れて高い。いや、率直に言えば『規格外』だ。『茨の大魔女』のあたしが嫉妬してしまうくらいに。

 それを理解した時、あたしはこのリチャード一行の生命線は『聖剣の勇者』でも『奇跡の聖女』でもなく、この『役立たず』と罵られるデューなのだと悟った。




 付与術は、主に道具や武器を強化する『エンチャント』と、肉体を強化する『エンハンス』の2系統に分けられる。

 エンチャントは比較的簡単な術で、精度を問わなければ使い手は沢山いる。あたしも身に着けるものには自分でエンチャントを掛けているくらいだ。

 デューはエンチャントももちろんできるが、使い手としてはあたしとそう大差はなくここに特筆すべき点はない。

 彼が『規格外』なのは、エンハンスの方だ。

 魔術を使って身体能力を強化する――魔術を知らない人間からすれば『それくらいできるだろう』となるが、逆に魔術を知っている人間からすれば『とてつもなく難しい』ことだとわかる。

 なぜならば、人間の身体というのはとても複雑にできていて、『腕を曲げる』『腕を振る』という動作だけでも全身の筋肉と骨が連動してしまう。

 だから『腕力強化』と一口に言っても、その魔術はとても複雑で並の術師では発動することさえできない。

 加えて、当然だけど人間は一人一人が全く異なる身体だ。同じ年齢・性別・身長・体重で似たような体格であっても、筋肉や骨の構造は個人ごとに全く異なる。

 そしてこれも当然のことながら、自分の身体の中身もわからないのだからのだ。

 エンハンスが難しいと言われる理由はここに集約される。




 強化をすること自体はそう難しくない。これはエンチャントと同様で、ただ対象が人間に変わるだけだからだ。

 でも、強化した対象に違和感をあたえず、また動作を制御しきれるだけの強化を行うことは非常に難しい。

 『茨の大魔女』と呼ばれるあたしであっても、エンハンスはできない。せいぜいが、自分自身の『口』と『舌』にエンハンスを掛けて高速で魔術の詠唱を行えるようにする――要するに超早口言葉ができるようになる――ことくらいだ。

 一般的な付与術師エンチャンターはエンハンスを扱うことはできないし、たまに扱える術師がいたとしてもその効果は非常に低い。

 大体、元の身体能力の1割程度が限界だと言われている。

 もしそれ以上の強化をしたとしたら、身体だけが強くなり頭がついていけず、剣を振った腕が勢い余って捻じれてしまったり、駆けだした後に足がもつれて転んだりしてしまうことになるだろう。




 だというのに、デューのエンハンスは一般に言われる強化限界を超えている。


「え、へへ……僕の付与魔術なんて大したことなくて……3強化できないんですよ」


 デューの実力がとてつもないことに気付いたあたしが、どの程度までやれるのか、と訊ねた時に彼は薄気味悪い卑屈な笑みを浮かべながらそう答えた。

 ……

 付与魔術の常識を完全に覆すほどの精度としか言いようがない。

 なぜそんなことができるのか、デュー自身も細かい理屈は知らないようだしあたしにもわからないが……おそらくはこういうことだろう。

 デューは相手をよく観察し、直接触らなくても、そして頭で理解はできていなくても、感覚で肉体の構造を正確に見極めているのだ。

 正確に肉体を見極めているが故に、その人に合致した適切な強化を行うことができ、3割もの強化を与えたとしても違和感を抱かせないように細やかな制御をしている。

 もしも彼が『魔女』だったとしたら、『大魔女』の称号を与えられることは間違いないだろう。アルガイアーの末裔たちであれば、さしずめ『大魔術師』だろうか。

 ともかく、デューの実力と才能は本物だ。あたしが嫉妬してしまうくらいに優れている。

 ――だからと言って、『デューという男』に対しては好感は持っていない。なぜならば――




 デューのエンハンスがあるからこそ、『聖剣の勇者』は存在している。

 彼が強化しているからこそ、並レベルの剣士であるリチャードは聖剣を使いこなせている――ように見えるだけなのだ。

 デューこそが一行の『生命線』だとあたしが思うのは、そうした理由からだ。

 もしデューがいなかったとしたら、形だけの勇者は『聖剣が強いだけの張りぼて』と化すだろうことは間違いない。

 ……リチャードはそれを全く自覚していなかった。

 それどころか、デューのエンハンスが『たった3割』の強化であることに不満を抱いてさえいた。それがどれだけとてつもないことか理解もせずに。




「デュー、てめぇはもういらねぇ! 俺たちのパーティーから出て行け!!」


 『はぐれ魔族』との死闘を終え、しばらくたった後にリチャードは一方的にデューに向けて告げた。

 拙い、止めないと!

 そう思いながらも、どう言えばリチャードを激高させずに説得できるか、と頭をフル回転させるあたしだったけど……。


「そうですね。私もリチャード王子と同意見です」


 説得の言葉を口にする前に、フィオナがリチャードに同調してしまったのだ。

 ――馬鹿なの、この娘!?

 魔術の素養のないリチャードはともかく、フィオナであればデューのしていることがどれだけとてつもないことなのか理解できる、と思っていたのだけど……。

 その時あたしは見た。

 必死に隠そうとしていたけれど、あたしにはわかる。

 フィオナの目に浮かぶデューへの嫌悪感が。


「…………ま、そういうことだから。大人しく去りなさい、デュー」


 ――ダメだ。この二人を説得してデューを残留させる方法が

 自分が『主役』でないと気が済まない、実力に見合わないプライドを持っているリチャード。

 デューに対して異常なまでの嫌悪感を抱いてしまっているフィオナ。

 仮にこの場で説得できたとしても、いずれまた同じことが起きてしまう。

 ……特にフィオナの方が重症だ。

 あたしの予想だが、『はぐれ魔族』との戦いでデューのエンハンスを受けた時に、犯されたように感じたのだろう。それだけの嫌悪、いや『憎悪』をフィオナはデューに対して抱いてしまっている。

 気持ちはわかるし、エンハンスの特性上そうならざるをえない、というのは理解できる。

 ……正直なところ、あたしが同じようにエンハンスを受けたとしたら同じように感じるだろうと思う。

 能力としては優れているが、『男』としては最低の評価をせざるをえないデュー。

 自分が『役立たず』と罵られ嘲られても卑屈な笑みを浮かべるだけの小男。

 けれども一丁前に『男』としての本能だけはあるのか、あたしとフィオナへと――気付かれてないと思っているのだろうか――厭らしい目を向けてくる。

 デューがいなくなれば一時的に厳しい事態にはなるだろう。

 リチャードは期待外れではあるけど無能ではない、少しずつだが実力をつけているのはわかる。だから、デューの代わりの同行者が加わればしばらくの間はカバーできるはずだ。

 そう考えたあたしは、二人の説得を諦めてデューを追い出すことに賛成した。

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