第4話 "奇跡の聖女"フィオナ

★  ★  ★  Fiona  ★  ★  ★




 創造神アルガイアーへの信仰心において、私を上回る人物はこの世に存在しないでしょう。

 ……なんて、ね。

 でも全くの冗談というわけではない。




 『奇跡の聖女』と呼ばれた人物は、300年ほど前に実在していたらしい。

 アルガイアーの神官の扱う癒しと守護の奇跡を誰よりも上手く扱えていたことから『奇跡の聖女』と呼ばれていたとのことだ。

 その力を使い、多くの人を癒し、救ったと伝えらえているが――その最期は決して幸せなものではなかったという。

 300年前は魔族との戦争も激しかった頃だ。『奇跡の聖女』は魔族から狙われ、殺害された……と伝えられている。

 ……ある意味では不吉な称号を私は受け継いでしまったというわけだ。

 私が望んで『奇跡の聖女』と呼ぶように言っているわけではないし、これも『役目』だから仕方ないけれども……。




 私に『奇跡の聖女』と呼ばれるに相応しいだけの癒しの力が備わっていることは本当だ。

 その才能を見込まれ、私は拾い上げられたのだから。




 親の顔も知らない、誰かに育ててもらったこともない――『王都の闇』『悪の吹き溜まり』とさえ呼ばれる貧民街で過ごしていた私を拾い上げたのは、アルガイアー正教の大司祭・グリゴール様だった。

 どういうわけかは未だにわからないが、グリゴール様は私に眠る『奇跡』の才能に気付き新しい『奇跡の聖女』とするつもりだったようだ。

 『奇跡』――とは言うものの、突き詰めればこれは結局のところ『魔術』の一種でしかない。ただ『治癒』や『守護』に特化した魔術をアルガイアーの信徒が使う場合に『奇跡』と呼ぶだけの話である。

 だから実は私はいわゆる『魔術』も扱うことが出来る。専門的に学んだわけではないので簡単なものしか使えないけれども、火を点けたり等のちょっとしたことに道具を必要としないので『奇跡』よりも重宝している――そんなことを口にしたらグリゴール様を初めとした高司祭様たちに怒られてしまうから秘密だ。




 ともかく、貧民街の浮浪児が今や『奇跡の聖女』様だ。

 我がことながら笑ってしまう。顔に出すのは『聖女らしい』穏やかな笑みだけに留めるけど。

 性格というのはなかなか変わらないものだ。

 私も別に荒っぽい性格というわけではなかったけれども、『奇跡の聖女』となった今でも根本的なところはきっと変わっていないと思う。




 そのことを思い知らされたのは、リチャード王子の旅に同行することになってからだった。




 旅の同行者としてレイモンド王子から付けられたのは、デューという冴えない男だった。

 『成人の儀』を済ませたばかりだというから、年齢は15歳のはずだ。

 ちなみに、旅立ちの時点でリチャード王子が18歳、私はその1つ下の17歳となる。

 どこかの貴族の末弟と聞いている。

 私は『奇跡の聖女』と呼ばれてはいるものの、当然貴族ではない――そして神職としても実は『役職』のようなものは持っていないので、立場としては『平民』と何の変わりもない。あえて言うなら、『神官見習い』だろうか。

 ……もちろん、国民としての立場と『奇跡の聖女』としての立場では後者の方が優先される。

 だから、扱いとしては貴族と同等だったし、大司祭であるグリゴール様ともほぼ対等に話すことができる。

 何が言いたいかというと、デューは私の『下』であるということだ。

 聖女として人を顎で使うなどということは当然するわけにはいかない。単に私の中でそういう序列としている、というだけである。そしてデューの方も自分の立場がわかっているのだろう、年上ということもあって私には丁寧な言葉遣いをしている。




 そんな彼の態度を見ていると、無性に苛立ってくる。

 最初はなぜなのか自覚がなく戸惑っていたのだけど、しばらく旅を続けていき様子を見ているうちに理由が理解できた。

 

 おどおどとしていて、リチャード王子に怒鳴られないようにと怯えながら卑屈な笑みを浮かべ、高圧的な命令にも文句ひとつ言わず従う。

 ……貧民街の中でも最底辺の階級カーストに位置していた頃の私は、今のデューと同じだった。

 グリゴール様に拾い上げられ、『奇跡の聖女』と祭り上げられ、おとぎ話の中だけだと思っていた世界に住むことになったはずなのに、デューを見ていると昔の自分を思い出す。

 それは、私の『本質』はあのころから変わっていないのだと突きつけられているように思えてしまう。

 苛立ちは怒りに、怒りから嫌悪へ。

 聖女としてあるまじきことだとはわかっているが、私だって人間なのだ。自分の感情全てを偽ることはできない。




 

 表情、仕草、一挙手一投足、ありとあらゆることに嫌悪感が募る。同じ空気を吸っていることすら耐えがたいほど。

 私は聖女だ、絶対に――アルガイアーの子供たる人間を個人的な感情で嫌いになってはいけない。嫌いであることを他人に悟られてはならない。

 ギリギリの嫌悪感を堪えつつ、私は旅を続けていたのだが……この嫌悪感が『憎悪』に変わった出来事があった。




 旅をしてしばらくしてから、『茨の大魔女』マゼンタが私たち一行に加わった。

 ……彼女についても色々と思うことはあるのだけれど――そこはアルガイアー正教に関係する話だ。正教の教えについては一通り、どころか徹底的に叩き込まれているが故に『魔女族』に対して知識としては思うところはある。

 が、作られた聖女である私にとっては、彼女にはどちらかというと親近感を抱いていた。むしろ『友達』として上手くやっていけるのではないかと思っているくらいだ――彼女がどう思っているのかはわからないけれど……。

 ともかく、マゼンタと共に旅をすることになった私たちは、ある日『はぐれ魔族』と遭遇……戦うこととなった。

 アルガイアー正教の教えに従えば、『魔族』とは創造神アルガイアーとは異なる邪神の生み出した人類であり、不倶戴天の敵である。

 実際のところはどうなのかは知らない。多分だけど、『魔族』というのは特定地域に棲息する亜人種のことを纏めているのだと思う……けど、聖女の口からそんなことは言えない。

 先代聖女の時代、そしてシンディア王国初代国王にして勇者の時代に『魔族』との激しい戦いが起き、遥か南方の海の向こう側へと追いやったと歴史は語る。

 でも全ての『魔族』がアルガイアー大陸から一掃されたわけではない。ごく少数の生き残りはいるし、海の向こうから密かに渡ってきているものもいるようだ。

 私たちが遭遇したのはそうした『はぐれ魔族』と呼ばれるものだった。




 獣と人間が混じり合ったかのような姿の『はぐれ魔族』は、今まで戦ってきた魔物とは一線を画す強さだった。

 強靭な肉体に俊敏な動作、それに加えて見たこともない魔術を使ってくる。

 それでも私たちに勝てない相手ではない。そう思っていたのだけど――


「あっ……」


 追い詰められたはぐれ魔族が、後方から皆の支援を行っていた私の方へと向かって来た。

 私の守護障壁と癒しの奇跡がある限り自分に勝ち目がない、と悟ったのだろう。

 マゼンタの束縛バインドを力で引きちぎり、リチャード王子の剣を掻い潜って私へと向かってくるはぐれ魔族を止めることはできず――邪悪な爪が私を斬り裂こうとしていた時だった。


強化付与エンハンス:フィオナ様!」


 デューの付与魔術が私に掛けられたのはすぐにわかった。

 はぐれ魔族の動きが急にゆっくり動くように見えたし、それに合わせて私も素早く動けるようになった。

 咄嗟に私は手にしていた杖を振り回し、迫ってきていたはぐれ魔族の側頭部を打ち付ける。

 すると、非力な私の殴打だというのに、成人男性よりも大きく屈強なはぐれ魔族の身体が大きく吹き飛んでいった。

 吹き飛んだはぐれ魔族は、その後リチャード王子とマゼンタによってとどめを刺され絶命。

 ……私たちは窮地を脱したわけなんだけど……。




「……ありがとうございます、デュー。おかげで助かりました」


 を私は言わざるを得なかった。

 デューが咄嗟に私に付与魔術を掛けなければ、はぐれ魔族に殺されていただろうことはわかってはいるけど――あの付与魔術の感触が悍ましく感じられてしまい、どうしても嫌悪感が募る。

 まるで私の身体をデューにすみずみまでまさぐられたかのような……そんな感じがしたのだ。

 知らない男に身体を触られるだけでも嫌なのに、内心で嫌っている男ならばなおさらだ。しかも、直接触られたのよりも深い場所――体内を触られたようなもの、抑え込んでいた嫌悪感がこの時爆発し、『穢された』という思いが憎悪へと変じさせた――

 恩を遥かに上回る憎悪。私がデューに感じていたのはそれだけであった。




 だから――それからしばらく経ったある日、リチャード王子がデューを一行パーティーから追い出すという宣言に、私は反対することはなかったのだ。

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