第3話 アルガイアー暦375年6月26日

★  ★  ★  Raymond  ★  ★  ★



 リチャードの動向は密かに探らせてはいた。

 『聖剣の勇者』という肩書は旅立ちからほどなく広まり、わざわざ探らずとも評判は耳に入るようにはなっていたのだが。必要があるのだ。


「…………馬鹿な弟だ」


 私の部屋――私室に置くにはやや大きめの使い勝手の悪いテーブルの上に置かれた聖剣を見て、私は嘆息する。




 『聖剣の勇者』一行の行方がわからなくなってから半月ほど経ち、探らせていた私兵から報告と共に送られてきたのがこの聖剣だ。

 私が手に取っても聖剣は何の反応もしない。これは『誓いの儀』の時からわかっていたことだ、驚きも失望もない。

 初代国王――かつての勇者以外でこの剣を扱えたのは、リチャードのみ。私も、父も、祖父も……誰もこの剣を扱うことはできなかった。

 

 『なぜ』そうなのかが私にはわかっているし、『なぜ』の内容も特段目を惹くようなものはない――至ってありふれた『伝説の武器』でしかないことがわかっているからだ。

 ……もっとも、昔の王たちは勇者の血を引いているにも関わらず聖剣が扱えないことに不安を感じ、『聖剣は国宝であり象徴』だの『時が来るまで眠りについている』だのの言い訳をしていたようだが。

 まぁ良い。使い道のない聖剣ガラクタは国へと戻った。また元のように『象徴』として置いておけば良いだろう。




 溜まっていた報告書に目を通す。

 探らせていた兵には、『リチャードに異変が起こらない限りは即時報告の必要なし』を命じている――リチャードがどこで何をしようとも私には特に関心はない。

 『聖剣の勇者』の評判は耳に届くのだ。それが届くうちは元気でやっているということだ。いちいちそんな報告に目を通すほど暇でもない。

 しかし、今回だけは話が別だ。




 報告書が送られて来たのは、今回を含めて2回。

 1回目は旅立ってから半年ほどが経ったころだったか。旅の同行者としてつけていたデューという少年を追い出した、というものだった。

 ……本当に馬鹿な弟だ。とその時も深くため息を吐いたものだった。

 何のために彼を同行させたと思っているのだろうか――いや、きっとリチャードはその意味を理解していなかったに違いない。

 

 リチャードとデュー、両方の動向を探れていたのが、ここから二手に分かれて探らなければならなかったのは手間であった。

 次期国王とは言え、私自身が幾らでも金や人を使えるわけではない。ここもリチャードは誤解していたように思えるが……今となってはどうでも良いことか。




 2回目が今回――だ。

 私兵たちがリチャードの行方を突き止め、最後に向かったであろうとある洞窟へと赴いた時には既に手遅れだった。

 リチャードとその仲間たちの死体は酷い状況だったらしい。

 顔どころか、男女の区別さえつかないほどに損壊していたとのことだ。

 それでもリチャードたちだとわかったのは、周囲に散らばる各自の所持品のおかげだったらしい。

 聖剣を始めとした遺品は、報告書と共に私の元に送られてきている。

 それはともかく、重要なのはリチャードの死ではない。聖剣が戻って来たことでもない。

 デューを追い出した後、辿だ。




 リチャードが『冒険者』となってから辿った道筋は概ねわかっている。

 『奇跡の聖女』フィオナとデューと共に王都から旅立った後、しばらくは近隣の都市で活動していた。

 その後、王国西部の『魔女の森』へと向かい、そこで『茨の大魔女』マゼンタを加えて4人で行動するようになった。

 そこから先は、正しく破竹の勢いでリチャードたちは名声を上げていった。

 危険な魔獣の退治、流れて来た魔族の討伐、違法魔術師による犯罪組織の壊滅等……一介の『冒険者』としてはありえないほどの功績をあげている。このこと自体は評価に値するだろうし、私も雑事を片付けてくれたことをありがたく思う。

 ……だが、あの愚かな弟はそれを自分の力だと勘違いし、何を思ったのかこのタイミングでデューを追い出したのだった。




 翳りが見え始めたのは、デューを追い出してからなのは明白だった。

 それはそうだろう。

 デューをリチャードに同行させたのは私だ。

 彼を同行させたのは、単純に

 付与魔術は大きく分けて2種類がある。

 道具に対して魔術と同じ効果を与える『エンチャント』。

 生物に対して肉体の限界を超えた強化を与える『エンハンス』。

 一般に付与術師と言えば、前者のエンチャントを主とするものを指す――故に、付与術師エンチャンターという呼び名なのだ。

 デューはエンチャントも可能だが、特異なのはエンハンスを得意としていることであり、しかもその効果が通常のエンハンスよりも高いという『破格』とも言える能力を持っている。

 ……ただし、彼の真価はあまり理解されないとも言える。

 それは『エンハンス』という特殊な魔術の特性によるものなのだが――まぁいいだろう。

 結論としては、リチャードと仲間たちはデューの真価を理解できなかった。故に彼を追い出した、そういうことだろう。

 彼がずっと同行していれば、リチャードも早々簡単に命を落とすことはあるまい……そう思って彼を同行させたのだが、無駄に終わってしまったようだ。




「――これは……?」


 報告書の内容と地図を照らし合わせながらリチャードの旅を追っていた私は、あることに気付いた。

 デューを追い出した後、『不調』となっていたリチャード一行だったが、あるタイミングで妙な場所を訪れていた。

 王国領内の外れ、とある寂れた村のある場所だ。


「…………


 その寂れた村を訪れる理由に私は心当たりがあった。

 村にいる『付与魔術の研究者』を訪ねていったのだろう。

 おそらくは、彼女――イザベルをデューの代わりとするために。




 そこから先、報告書によればリチャードたちの足取りが掴みづらくなっていったという。

 さもありなん。

 私はそこから先の報告は全て読み飛ばした。

 


「全く……最後まで馬鹿な弟だった」


 地位に関わらず『人』にとって最も重要なことはなにか?

 私は、である、と考える。

 人の命には『価値』がある。これは厳然たる事実だ。貴族と平民といった立場だけが『価値』を決めるのではない。その人間の持つ『能力』こそが『価値』を決める指標である。

 己の『価値』を見極め、価値に沿った分を弁えた人生を送ることこそが平穏で幸せなことであろう。

 もちろん、己の『価値』を高める向上心は大切だ。現状に満足することなく、常に高みを目指すことはその人の『価値』を高めることに繋がり、より豊かな人生を送ることができることと私は信じる。

 私のこの考えに則れば、リチャードは『己の分を弁えていない』人間だと言えよう。

 加えてリチャードが抱いていたのは向上心ではなく野心だった。

 身に合った野心もまた向上心同様に『価値』を高めることにつながるだろうが、身に合わぬ野心は自身を滅ぼすだけだろう。

 ……私の考え通りにリチャードは身を滅ぼした、それだけのことだった。




 リチャードの件は残念ではあったが、仕方のないことだ。

 聖剣の真の力であっても、リチャードを救うことはできなかった――つまり、だということ、それが再確認できただけ収穫はあったと思うこととしよう。




 ……私も人間だ、出来の悪い腹違いの弟であったとは言え、その死を悼むという感情はある。

 『家族』としての最後の義務だ。私は――を執り行うべく動き出そうとした。

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