第2話 "聖剣の勇者"リチャード

★  ★  ★  Richard  ★  ★  ★




 自分が生まれながらの敗北者だと言われて、納得できるか?

 ――俺は絶対に納得できない。

 ――いや、そもそも俺が『敗北者』だと認めることはできない。




 『勇者の興した国』『世界の守護者』『魔族を討つ剣』……そう呼ばれるのが俺の生まれた国『シンディア』だ。

 現国王ランドルフの第三子として俺は生まれた。

 俺よりも上に、10年上の姉・第一王女リーザ、8つ年上の兄・第一王子レイモンドがいる。

 ……姉と兄がいる以上、俺が『主役』となることは決してない。だから生まれながらの『敗北者』……そう第三王妃母親に言われ育っていた。

 元は旅芸人だったという母――容姿以外に取り柄のない、知識も教養も、知性すらもない馬鹿な母親ではあるが一つだけ正しいことを言っていたと思う。


『あの姉と兄さえいなければ――』


 この言葉だけは正しい。

 あの二人さえいなければ、シンディアの次期国王は俺になるはずだ。

 しかし、当然のことながら王族殺しは重罪だ。仮に母がそれを命じたとしても、たとえ第三王妃といえども死罪は免れない――そして実行犯からありとあらゆる手段を用いて画策した者へと辿り着こうとするだろう、逃げ切れるとは到底思えない。

 では俺がやったとすればどうだろうか?

 ……これもダメだ。俺の下に弟がいる。姉兄殺しとして俺は罰せられ、第三王子が次期国王になってしまうだけだ。

 姉兄弟の三人を始末すれば?

 ……馬鹿な母親ならばともかく、そんなことを実行しようとする者はいないだろう。

 兄弟全員を殺した王になど誰もついてこない。シンディアが滅ぶだけであろう――俺を罰した後に父が新たな子を設けてそれで終わるだけの話だ。




 だから俺は『主役』になれない。

 俺の人生を妨げる姉と兄に憎悪を募らせるだけの毎日を送っていた。




 そんな俺に転機が訪れたのは15歳の『誓いの儀』の時である。

 『誓いの儀』は『成人の儀』と基本的には同じである。15歳――『成人』として扱われる年齢になった者へと祝福を与える、という形だけの儀式だ。

 だが、『誓いの儀』はシンディア王族のみの特別な儀式である。

 祝福を受けるところまでは同じだが、『誓いの儀』では国宝の『聖剣』へと触れ『国家の礎となる』ことを誓うという儀式が追加される。

 ――その『誓いの儀』で、俺は自分の人生が花開いたことを確かに感じていた。




 初代国王である勇者が振るっていたと伝わる聖剣だが、以降の代でこの剣を振るえた者は誰もいない。

 勇者がいかにして聖剣を手にしたのかは伝わっていない。

 一つはっきりとしているのは、この聖剣が『本物』であること――選ばれた者にしか真の力を発揮できないという不思議な魔力を持っているということだ。

 『誓いの儀』の締めに聖剣を掲げた時、眩い光を剣が放ち、真の力を解放したことをその場にいた者全員が察した。

 ――聖剣は俺を選んだのだ!

 姉でも兄でもなく、国王である父でもなく、この俺を!




「リチャード、どうだ? 聖剣の力は? どの程度のものまで斬れるのだ? 魔法のように遠くに刃を飛ばせるのか? 刃こぼれもしないほど頑丈なのか? それとも自動で修復することができるのか?」


 ……兄の反応は意外なものだった。

 自分が扱えなかった聖剣を俺が扱えたことに混乱しているのか? と思ったが――ヤツの言葉が余裕からだということはすぐにわかった。




 聖剣があったところで、俺が『主役』になれることはなかったのだ。

 つまり、次期国王の座は変わらないということ。

 考えてみればそうだ。初代以降の国王は皆聖剣の真の力を解放させることはできなかったが、それでも関係なく国王だったのだから。父だってそうだ。

 聖剣は国宝であり国の象徴ではあるが、王の証レガリアではない。そういうことだ。




 ……俺が俺の居場所を作る。もうそれしか残された手はない。

 このまま国にいても俺が『主役』になる日はきっと来ないだろう――兄は健康そのものだし、魔族との争いも長く起こっておらず国内は安定していて不安もない。よほどのことがない限り兄の王座は変わらないだろう。

 一生不自由なまま過ごすくらいなら、『賭け』に出るべきだ。

 聖剣の力もある。『聖剣の勇者』である俺にしかできないことがあるはずだ。




 そこから3年間、聖剣を扱うための訓練をし十分に身体を鍛え、準備を整えた。

 外の世界へと出て自分の居場所を作る――名を挙げ『次の王として相応しい』と民に認められれば良し、そうでなくとも初代国王のように自分の国を作るのも良いだろう。

 父に外で『冒険者』となりたいことを告げると、少し渋られたのは意外であった。

 まぁおそらくは『聖剣の勇者』という手札を手元から離すのは惜しい、というだけのことなのだろうが。

 結局、根負けしたのか、あるいは『次期国王』がいるせいなのか……それとも他の理由があるのかはわからないが、俺は自由に旅をすることを許された。




 『聖剣の勇者』の旅立ちに当たって、流石に素性の知れない『冒険者』だけで組めとは言えないようで二人の供をつけられた。

 一人は『奇跡の聖女』の生まれ変わりと称えられる聖女、フィオナ。

 彼女が同行するというのは心強いのと同時に、兄に対して密かな優越感を覚える。

 なぜならば、彼女は兄の婚約者候補の一人だったからだ――年齢が少し離れていたことと、フィオナの後ろ盾が他の婚約者候補に比べて政治的に弱いため外されたという経緯はあったが。

 候補から外れはしたものの、兄がフィオナに対して興味を抱いているのは明らかだった。

 兄の想い人を奪った形になる――聖剣に続き、もう一つの優越感だ。そして、旅立った当初はわからなかったが、どうやらフィオナの方も俺のことを好ましく思ってくれていたようだ――勘違いではない。




 もう一人の同行者が問題だった。

 名前も覚えていない貧乏貴族の三男だか四男だか……興味がないので忘れたが、とにかく貧乏貴族の息子がもう一人の同行者となった。

 デュー。

 ……俺の輝かしい人生の幕開けに相応しくない、卑屈な笑みを浮かべた

 俺の旅が躓いたのは、全部こいつのせいなのだ……!!

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