捨てられ術師イザベルは、それでも人類を救済したい
小野山由高
独白 -終わりと旅の始まり-
第1話 "イザベル"
★ ★ ★ Isabelle ★ ★ ★
「イザベル! この役立たずが!! くそっ、痛ぇ……」
立派な鎧に身を包んだ端正な顔をした男が、倒れたわたしに向かってそう吐き捨てる。
彼の左腕には先ほど魔物に襲われた時に出来た傷がある。
腕が動かなくなるほどの重傷ではないけど、かすり傷と言えるほど浅くもない。
……前に出て戦う『剣士』だというのであれば、その程度の傷は我慢すべきなんじゃないかなと思うけど、わたしはもちろんそんなことを口には出さない。
「リチャード王子、治療を――」
左腕を負傷した剣士――リチャード王子の傍らにいる純白のローブを纏った女が手にした杖を掲げようとする。
「王子、フィオナ。まずはここを離れましょうよ。
もう一人、白衣の女――フィオナとは対極の漆黒のローブに帽子を纏った魔術師の女がそう言い、チラリと私へと視線を向ける。
その視線にはわたしに対する明確な『嘲り』と『敵意』、そして『優越感』が含まれていた。
「う、うぅ……お願いします、待って……」
地に伏したまま動けないわたしは呻くことしかできない。
なぜならば身体が動かないからだ。
怪我をしたわけではない。
わたしの身体に巻き付くように、うっすらと発光する魔力の鎖が見えている。
『
それを使ったのは黒衣の女――マゼンタである。
「くそっ、行くぞフィオナ、マゼンタ!!」
「はい、リチャード王子」
「……ふん、役立たずのあんたでも、エサくらいにはなるでしょ。あたしたちのためになれること、光栄に思いなさいな!」
リチャード王子たちは来た方向、『出口』へと向かってわたしへと振り返らずに走り出す。
反対方向、つまり倒れたわたしの足の方からは別の足音……このダンジョンに棲息しているモンスターたちが迫ってくる音が聞こえてくる。
『聖剣の勇者』リチャード王子、『奇跡の聖女』フィオナ、『茨の大魔女』マゼンタ、そしてわたし――イザベルの4人は、アルガイアー大陸南西のとある洞窟へとやって来ていた。
目的はこの洞窟に眠るという伝説の『神器』――それがどういうものかは定かではない――を手に入れるためだ。
しかし、ある程度の階層まで潜ったところで魔物の襲撃によってリチャード王子が負傷してしまう。
……大した傷ではない、とわたしは思ったのだけど、すかさずマゼンタが『束縛の魔法』をわたしに使い動きを封じてしまった。
尚、襲って来た魔物も同じように『束縛の魔法』で封じられ、その間にリチャード王子が何とかとどめを刺すことができていた。
襲って来たのはただの斥候、奥からは続々と新たな魔物たちが現れる気配がしている。
……そこで彼らは、動きを封じたわたしをエサにして時間を稼ぎ、自分たちだけ逃げるつもりなのだろう。
確かに彼らの実力では斥候一匹を倒すのが精一杯で、同等以上の強さであろう魔物たちの大群を凌ぐことは不可能と言わざるを得ない。
『逃げる』というのは正しい選択だと思う。
私をエサとして放置する、という点を除けば……だけど。
「待って……待ってください……」
呼びかけるわたしの声に一度も振り返ることなく、無慈悲にも彼らはダンジョンから脱出する足を止めることはなかった。
遠ざかる足音と迫る足音を聴きながら、わたしは涙を零す。
――あぁ……
――どうしてこうなってしまうんでしょう……?
――わたしはただ、
わたしがリチャード王子たちと行動を共にするようになったのは、三か月ほど前からだ。
当時わたしは、前に所属していたSランク冒険者パーティー【竜狩りの旅団】と別れることとなってしまい、一人で『研究』に没頭していた。
元々、わたし自身は『冒険者』ではない。ただのいち研究者である。
ただ研究にはどうしてもお金が必要だ、そのために時々『冒険者』としてどこかのパーティーに参加して報酬を稼ぐということはしていた。
アルガイアー大陸でも五本の指に入るトップクラスの冒険者集団とまで言われた【旅団】に参加しているということは、わたしの『実力』を認めてもらったということを意味している。
未だ完全な成果を出せない『研究』ではあったが、彼らはそれを必要としている――そのことを嬉しく思っていたけれども……残念ながらわたしは彼らから
『イザベル。これ以上、君と行動を共にはできない』
要約すればたったこれだけの言葉になってしまうが、そんな内容の手紙と手切れ金としては結構多めのお金を置いて彼らはわたしの前から姿を消してしまったのだ。
わたしを冒険に誘ったのは彼らの方なのに、一方的に私は捨てられてしまった。
だからわたしは、しばらくは『冒険者』として活動することは止めた。
幸い、【旅団】が置いていってくれたお金のおかげで、当分の間は『研究』に没頭することができる。
何組かわたしが【旅団】から捨てられたことを知ったパーティーが『今度は自分たちと』と勧誘してきたけれども……色々あって全て断ってきた。
リチャード王子たちがやってきたのは、そんな『研究』三昧の生活を送り始めて――どれくらいが経ったんだっけ? 一度『研究』に集中してしまうと時間を忘れてしまうのはわたしの悪い癖だ。
ともかく、ある日リチャード王子たちがわたしの勧誘へとやってきたのである。
「イザベル、
輝く笑顔でそう言っていたリチャード王子。
『聖剣の勇者』の話はわたしも聞いたことがある。
アルガイアー大陸中央部、かつて聖剣を振るって魔族を退けた勇者が興したと伝わる『シンディア王国』――その国宝こそが勇者の使った聖剣だと言う。
リチャード王子はシンディア王国の第2王子であるが、国宝の聖剣を扱うことができる『新たな勇者』である、と。
そして『聖剣の勇者』となったリチャード王子は、仲間と共に『魔族討伐』の旅を始めたという。
自由に動ける『冒険者』という肩書が都合良かったのだろう、リチャード王子たちは冒険者パーティーとして活動していた。
その実力は凄まじく高く、あっという間に冒険者ランクを上げていき『史上最速』でAランクにまで上り詰めていた。Sランクへの昇格も間近なのでは、という噂も耳にしていた。
――わたしは少し迷ったけれど、リチャード王子の申し出を受けることとした。
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