第4話

 翌日。

 今日はバイトのシフトがないので、家でサークルの仕事を片付けている。

 旅行サークル『TRIP FOR DREAM』。おれはその副サー長をやっている。前田はサー長だ。

「よし」

 コーヒーで口を濡らしながら、キーボードをたたく。『TRIP FOR DREAM』通称トリドリでは旅行にいくたびに地球の歩き方やるるぶ的なものを発行している。もちろん学生が発行した雑誌など大して売れるはずもないが、この活動こそが学生自治会から部室をもらう公認サークルとしての建前となっている。意外にも教授陣には人気で、生協の書籍部に下ろした半分は毎号売れている。

 ふと、時計を見上げる。

「もう七時か」

 そろそろ朝比奈が来る時間だ。

 食卓を片付けておこうと腰を上げたのと、同時に呼び鈴がなった。

「──広末さーん」

「開いてる」

「えっ、そうなの? ほんとだ」

 いちいち明けに行くのが面倒だったので、帰宅した際に、開錠したままにしておいた。

 朝比奈がえっちらおっちらとスーパーのビニール袋を抱えて部屋に入ってくる。

「えらい荷物だな」

 手料理を作ってくれることになったが、家に食材がなかったため、朝比奈が買い出しに行ってくれた。食材費をおれが持ってくれる代わりだとかなんとか。

「そうだよ。重かったんだよ。はい、これお釣りとレシート」

「ああ」


 荷物をおいた朝比奈はいったん自分の家に戻り、まもなく調理道具を手に俺の家に戻ってきた。一応最低限フライパンや包丁はあったのだが、実際に調理するとなったときには足りないものが多いのだろう。

 早速朝比奈はエプロンを着てお料理モードに入った。

「それじゃあ、ぱぱっと作っちゃうね」

「ああ」

 特にこんな料理を食べたいだかとは伝えていない。完全に朝比奈の裁量。

 さて、トリドリの編集を進めよう。大学の課題は面倒だが、旅行好きのおれにとってこの作業では苦行ではない。今回は3月の4年の先輩たちのベトナム卒業旅行についての記録である。ベトナムは物価が安く、果物がおいしかった印象だ。

 トリドリの活動は、サークルのみんなで集団募集のバイトに行き、金を稼いで旅行といった感じである。国内から海外まで旅先は様々だ。まあおれはトリドリ以外にも自分の生活費を稼ぐために、掛け持ちしているバ蓄である。

「ふっふふ~ん」

 軽快な鼻歌とともに包丁でざくざくと野菜を切る朝比奈。

 おかしな気分だ。つい先日まで赤の他人だった後輩を家に入れて飯を作ってもらっているのだから。こんなところ萌ちゃんにでも見られたら。なーんてな。

 手慣れた手つきに思わず目を奪われていると、俺の視線に気づいたのか朝比奈が怪訝な顔で振り返った。

「……ひ、広末さん。なに?」

「あっ、いや……すまん」

 慌てて視線をそらす。鼻歌を聞いてしまったのがまずかったか、妙に意識された。

  トリドリの編集に戻る。ベトナム旅行は四日間にわたり、とても充実していたので書くことも多い。

 数分経つと今度は鍋の蓋がことことと音を立てながら揺れだした。蓋を開け、お玉で味見する朝比奈。

 そして、完成の合図。

「よし! 広末さん。できたよ」

 白米は用意していなかったのでレトルトのものを電子レンジで温めた。

 間もなく朝比奈が皿に料理を盛り付けて食卓に並べた。

「朝比奈家特製野菜炒めの完成です!」

 大きな皿にどっかりと鎮座する茶色の炒め物。

 続いて味噌汁と焼き魚が食卓に並べられた。

 おれは思わず、喉を鳴らす。

「……もしかして嫌いなものでもあった?」

 こんな短時間でよく三品も作ったなぁと感心していると、朝比奈が不安げに俺に尋ねた。

「……いいや。感無量ってとこです」

 俺が食べたかったのはまさしくそう、今食卓に並んでいるちょっと地味だけどいわゆる家庭的ものなのだ。

 「ほっ」と息をついた朝比奈は向かいの椅子に腰かけた。

 よし食べようと箸を伸ばすと朝比奈ががしっと俺の手を掴んだ。

「広末さん?」

「んん? ……ああ。いただきます」

「うん! いただきます」

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