第2話
翌日の朝。
余裕をもって大学に到着した。こんなに朝早く登校したのはいつだろうか。全く堕落したものである。しかし、今日この一限の授業はじめの出席を逃すと落単の危機にある俺はさすがに休めなかった。
「よぉ」
教室の後ろのほうに陣取り、しばらくして授業が始まるころ。気のない声で前の席の前田が話しかけてきた。ちなみにこの前田という男も俺同様落単すれすれの勇者である。一年の春以来の同じ旅行サークルの付き合いである。
「どしたん? 顔色良くねーぞ 飲み会?」
「いんやゲーム」
「あー、ポケモンの新作ね。大学生にもなってポケモンとはなぁ」
「んぁ? おれはべつにストーリーとかやってんじゃねーの。ネット対戦な」
「はいはい」
あきれた顔の前田。しかし、突然「おっ」と声を上げた。
「朝比奈ちゃんじゃ~ん」
教室前方に視線をなげかける前田。
「……朝比奈?」
あ、昨日うちに来たやつだろうか。
「はっ? お前、知らねーの? 一年の朝比奈ちゃんだよ。ほら、あの子あの子」
たくさんの女子に囲まれて教室前方に陣取る朝比奈。
「可愛いよな。朝比奈ちゃん。まじで。最近、超かわいい新入生が入ったってうわさえでもちきりなんよ。やぁ、やっぱり生で見るとかわええな」
遠くから見ても分かる。小柄な体。大きな瞳。間違いない。昨日のあいつだ。
そうか、あいつ一年か。うんうん。ちなみに俺と前田は二年である。なぜ一年の語学の必修授業に二年が混ざっているかって? 落としたんだよ。馬鹿野郎。
「……あいつ、おんなじ学部だったのか」
「ん? お前、知ってたのか?」
「い、いや……」
小声でつぶやいたつもりだったが、前田に聞かれてしまった。
「ま、俺たちにとっちゃあ高嶺の花だけどよ。なんせあの顔だぜ? 顔選考のテニサーに入るってうわさよ」
「……ふん。そんなにかわいいか?」
「あーそうかそうか。お前には心に決めた萌ちゃんがいるもんなー。でもやめといたほうがいいぜ。萌ちゃんは。いままで何人も食い荒らしてサークル3つほどつぶしたって聞くし」
「萌ちゃんはそんなことしねーよ」
「ふん、こちゃ重症だ」
あきれて首を振っていた前田だったが、再び朝比奈のほうを凝視しだした。
「お、おい。広末」
「ん?」
「朝比奈ちゃんが……」
「……?」
「おれに手、振ってる」
見ると、朝比奈が前田ではなく、俺に手を振っていた。
「あーあれ、おれにだわ」
「はっ⁉」
当然の如くまわりの野郎からの視線が俺に集まる。全く面倒なことになったものである。こんな状況を萌ちゃんに見られでもしたら。
*
その後、授業の出席だけ受けておれと前田は講義を脱出。
「あの教官、代返見抜いてきやがるからなぁ」
そのせいではじめの出席ぐらいはいる必要がある。
その後、前田とパチ屋に向かう。
「四?」
前田に聞かれて俺は財布の中を見る。
「一だな。金がねぇ」
「金がねぇからこそ四だろうがよ」
「甘ならいいぜ」
「うんじゃ、それで」
*
敗北。
前田ははまりにはまり3万まけ。おれはギリギリ天井に届き九死に一生を得て2千円負け。かす。
太陽が落ちて間もない時刻だが、俺はくたくただった。おもに演出にあおられまくったメンタルが。
「はぁ……」
町は春の暖かな風に包まれ、すっかり冬の存在を忘れてしまったようだ。とかいう清純な感傷に敗北を濁す。
ため息交じりに恵比寿荘のきしむ階段を上り、自室のある二階へ。
「────あっ、やっと帰ってきた。お帰り、広末さん」
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