第25話

 翌日の北海道新聞の地元のニュース欄に、美笛の拉致事件について書かれていた。


 昨日の夕方のテレビと内容は同じだった。


 僕への疑いが晴れて、僕を犯人扱いしたカキコミのコメントには、ガセネタを投稿した奴への非難のコメントがずらっと並び、今度はこいつを探して突撃しようぜというコメントが並んでいた。


 風向きが変わったのを知ったのか、その裏垢の奴はアカウントごと削除した。


 晴希、翔人、紗奈とは夕べもグループLINEで話し合った。結局、僕らに出来ることは犯人が捕まって、美笛が無事に戻って来ることを祈るしかない。


 学校に行くと臨時朝礼が体育館であり、近隣の中学であるO中の事件について話があった。


 夜は1人では出歩かない。下校時は複数人で帰宅する。知らない人に声をかけられてもついて行かない。何か事件に関わる目撃をしたらすぐ学校か警察に連絡する。


「これは他人事ではなく、自分の身に起こったとしてもおかしくないことなんですよ」そう校長は言った。


 女性の校長なので、女子生徒が拉致されたことに、余計に憤りを感じている口ぶりだった。


 その日は授業に集中出来なかった。どうしても美笛のことが浮かんでしまう。今、どうしてるのか?

 何かされてるんじゃないか? 


 まさか本当に美笛を殺して自分も死ぬんじゃないか。そう思うと、いても立ってもいられなくなった。


 晴希たちと途中まで下校して、別れた後、僕は1人で家まで歩いた。昨日はうつむいて顔を見られないように歩いていたが、今日は走ってる車を目で追って歩いた。シルバーメタリックの車を探して。


 家に着いて着替えていると、スマホの着信音がした。見ると莉緒からだった。


「莉緒どうした? 病院から?」

「うん、スマホが使える部屋があるから。それより、美笛ちゃんのこと、さっきニュースで知ったんだけど」


「うん、こんなことになるなんて思いもしなかった」

「あれから見てきちゃんから連絡あった?」


「全然ないよ。無事を祈るしか出来ない」

「無事に帰って来るよ、絶対。そう信じなきゃ」


「うん、そうだよな。信じなきゃ」

「そうだよ」


「莉緒の方は大丈夫なのか? 手術とか」

「なんで亜土が手術のこと知ってるの?」


 しまった。美笛のことで頭がいっぱいで、僕が莉緒の手術のことは知らないことになっていることを忘れていた。


「ごめん、莉緒のお父さんから聞いたんだ。美容室に行った時」

「あの、おしゃべり」莉緒は怒った声で言った。


「それで莉緒の体はどうなの?」

「心臓移植になりそう」

「やっぱりそうなんだ」


「私の心臓って、下大静脈から上大静脈に繋いだ血管を、無理に引っ張って繋いだから細くなってて。


それが切れる前に人口血管で繋がなきゃいけないんだけど、私の心臓が耐えられるかわからないの。


ずいぶん無理させてきたから。だから正常な心臓を移植したら、もう何度も手術する必要もないみたい。


生存率も高くなるし。だから何年も前からドナーの提供者待ちをしてるの。もし順番が回って来て、適してるドナーが見つかったら、心臓移植するんだ」


「心臓移植って、かなりお金掛かるんじゃない?」

「うちのおじいちゃんが土地を結構持ってて、それを売ってくれたんだ、私のために」


 莉緒は莉緒で戦ってるんだ。その家族もみんなが莉緒の為に頑張っている。莉緒の生命を保つ為に。


 そんな状況の莉緒になんて言葉をかけていいのかわからない。


「大丈夫なのか、莉緒」

「私は大丈夫。病院にいて、身も守られている。でも彩菜ちゃんは今どこでどんな目にあってるのかわからない。心配するなら美笛ちゃんのことを心配したい。自分のことより」そう莉緒は言った。


 莉緒は心が強い。自分だっていつどうなるかわからないのに、美笛の心配をしてる。僕も強くならなきゃ。


「やっぱり入院が長引くかも。担当医の先生と色々話し合いをして、今後のことを決めなきゃいけないから。


でも絶対帰って来るから、だから美笛ちゃんが帰ったら、私たちで優しく迎えてあげようよ。何があったかとか、そんなこと聞かずに。ただそばにいてあげようよ」


「うん、わかった」

「じゃあ、そろそろ病室戻らなきゃならないから、切るね」


「うん、今日はありがと」

「なんでお礼言うの?」

「なんか勇気づけられたから」


「20歳まで生きられないかもしれない私に、勇気づけられてどうすんだよ」莉緒は笑った声で言ったけれど、その言葉が胸にずしんと響いた。


 子供の頃から聞いていた、莉緒は20歳まで生きられない。それは僕にとって、かなり重たい言葉だったのだ。


「そんなこと言うなよ。じゃあ、また何かあったら、連絡したいけど、出来ないか」

「また私の方から電話するから、必ず出て」

「うん、わかった」

「じゃあまたね」

「うん」


 僕は電話を切った。そしてテレビをつけてみた。何か美笛のニュースがやってないかと思って。


 すると、美笛のニュースがやっていた。僕は画面に釘づけになった。アナウンサーが興奮気味にしゃべっている。


 僕はなんだよ、それ。こんなことがあっていいのかよ。マジ、こんなことあっていいのかよと思った。美笛、美笛っ!僕は絶叫した。


 事件の結末は凄惨だった。

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