第20話
人気ない理科実験室。
昼休みに僕と紗奈はそこにいた。
朝、ぼーっと自分の席に座ってた僕に、紗奈が通りすがりに耳元で、
「昼休み、理科実験室で待ってるから」と言われて、そのまま紗奈は歩いて行ってしまった。紗奈に呼び出されることなんて今までなかった。
「昨日、晴希の家に行ったんだって?」紗奈が言った。
「うん、勉強をしに」
「晴希の志望校って知ってる?」
「あれ公立のG高じゃなかったっけ。本人に確かめてみたら?」
「それが出来たら、亜土に聞いてないっつうの」
「なんで?」
「だって志望校聞いて、自分も同じ学校にしたら、なんかあざとくない?」
「あざとくはないと思うけど」
「マジ? 引かれると思うよ」
「晴希はそんなことで引かないよ」
僕が美笛と同じ学校に行きたいように、紗奈も晴希と同じ高校に行きたいのだ。
「でも公立で良かったよ。うち、シングルマザーだから私立行くお金なくて、心配だったんだ」
「お母さん、仕事大変?」
「うん、介護士だから勤務時間は三交代だし、夜勤も夕方から朝までだから体がきつそうだし。いつも、こわいこわい(しんどい)って言ってるよ」
「そうなんだ」
「だからご飯とかは私が作ってるんだけどね」
みんないろんな事情を抱えている。でも僕は昨日からいろんな人にちょっと踏み込んだ話ばかりをされてる。
なぜだろう? たしかに僕は聞き役には向いている人間かもしれない。
ずっとその人の話を聞いて、自分の意見は挟み込まない。求められたら言うけれど、それはその人の背中を押してあげる同意の言葉だ。
「そっか。家のことしながら、勉強するのも大変だよね。成績的にはあの高校行けそう?」
「これからがんばらなきゃだけど、全然無理ってレベルじゃないから」
「じゃあ大変だけど、がんばって」
「うん、ありがとう」
実験用の試験管やビーカー、アルコールランプ、人体模型などを前にして、僕は紗奈の背中にあるやる気スイッチを押してあげた。
だけど、と思う。晴希はLGBTなんだ。紗奈が晴希と同じ高校に通っても恋がかなうのは無理なことだった。でもそんなこと言えるわけがない。
僕は切ない思いで、紗奈を見た。うれしそうな笑顔をしている。余計に胸が痛んだ。
「あっ、明日から莉緒が入院するけど、その間、美笛ちゃんとは逢うの?」
「えっ」突然、ナイフを投げられたように、その問いは心にグサッと刺さった。
「私もハロウィンパーティーの時は、ああ言ったけど、亜土と美笛ちゃんのことを、とやかく言うつもりはないからね。
2人が仲が良いのは雰囲気からダダ漏れだよ。だから莉緒の神経を逆撫でするようなことは、出来ればしないで欲しいんだ。莉緒の目の前でラブラブな感じを出すとか、目の前でキスするとか」
「そんな目の前でキスするわけないし、紗奈は僕と美笛が付き合ってること前提で話してるよね」
「ほら、美笛って呼び捨てにした。いつもは美笛ちゃんって呼んでるのに。だからバレバレだって。わかりやすいな、亜土は」
しまった。結構、秘密にしてきたつもりなのに、こういうとこでボロが出る。
「で、逢うの?」
「今のところ予定はないよ。お互い塾の模試と期末がんばろうって話してるし」
「そうなんだ。2人のことには何も言わないけど、莉緒の入院中に隠れてこそこそ逢ってたら、それはまた違う話だから」
「そっか」
「2人のことは認めてるけど、応援はしない。莉緒のことがあるから。でも亜土が莉緒と美笛ちゃんを二股かけてるわけじゃないって分かってるから。
亜土の方は莉緒をただの幼なじみとして扱ってる。変に構ったりしてない、気を持たせたりしてない。だから私は静かに見守ってる。それが良いスタンスじゃないかな」
「そう言ってくれてうれしいよ」
僕はそんな紗奈に悲しい思いをさせないことが何か出来るだろうか。晴希とのことで何か力になれるだろうか。
でも紗奈と晴希の間には、友情以上のものは生まれない。それを知ってることが、何よりもつらかった。
「じゃあもう行くね。私たちの仲が疑われたらイヤだし」
「誰も疑わないし」
僕らは笑い合って、先に紗奈が理科実験室を出て行った。その背中に僕は、がんばれとつぶやいていた。
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