第19話

 月曜は塾の日で、夜の6時から9時まで授業がある。


 あのハロウィンパーティーの夜以来、美笛と逢ってなかったので、授業の合間の時間にしゃべった。


 僕の中学校からこの進学塾に通ってる生徒もいるが、クラスが違うのでいくら話していても学校で噂にはならない。


「さっきの数学の授業、理解出来た?」美笛が言った。

「うん、なんとかね」


 美笛はホワイトボードに書かれた数式をスマホで写真に撮って、指で広げて見た。


「ここんとこが、よくわからない」

「そこはさあ」そう言いながら、僕が説明した。

 自然とお互いの顔が近くに寄り、なんかうれしくなる。


 美笛と話していると心が癒される。これで美笛にまで何か秘密を打ち明けられたらどうしよう。お父さんが不倫してるとか、お母さんが宗教にハマってしまったとか打ち明けられたら、僕の心はもたないかもしれない。


 それでも僕は美笛のことを支えるだろう。力いっぱい。それしか出来ないから。


 説明が一区切りつくと、僕は言った。


「今度、どこかに遊びに行かない? 受験生の言う言葉じゃないかもしれないけど」

「うん、遊びに行くのを楽しみに勉強がんばれば励みになるんじゃないかな」美笛はうれしそうだった。


「映画はどう」

「うーん、今観たいのやってないんだよね」

「じゃあ、どこかいいとこないかな」

「水族館とかは?」

「あ、いいかもね」


「◯◯市の水族館はちょっとね。レトロっぽくていいんだけど、デートにはちょっと向いてないよね。観覧車もしょぼいし。ゴンドラに乗っても一周五分で地面に着いちゃうもんね」


 ◯◯水族館は入場料が400円と安いのだが、館内がロマンティックじゃない。

 展示されてる水槽の中の魚に、料理した時の美味しさが星マークで示されている。


 食べることを前提にしてるのがなんだか、魚屋さんの生け簀を観てるみたいでエモくないのだ。


 でもクラゲの水槽を見てるのは好きだ。


 小さなクラゲたちが光の中を自由に動き回って、それが何かの模様みたいにも視えて、時間を忘れて眺めていられる。


「N市のマリンパークは? ちょっと遠いけど」

「でもデートにはいいかも。綺麗だし」


 マリンパークは水槽が見上げるくらいに大きくて照明も綺麗だ。


 イルカのショーや、何万尾もいるイワシが巨大な群れで動くショーなど、ネットの写真でしか見たことないけど、行ってみる価値はありそうだ。


 そして2人きりでN市まで列車のシートに膝を寄せ合って座り、車窓を眺めながらちょっとした小旅行の気分を味わうのも良い感じがした。


「うん、マリンパークにしようよ」

「じゃあ、塾の模試と学科の期末試験が終わったら行かない?」

「うん」


「お互い、それを励みに勉強がんばろうね」

「うん、そのご褒美にいっぱい楽しもうよ」

「そうだね、楽しもう」


 次の授業が始まり、僕らの会話はそこで途切れた。

 でもテンションは爆上がりした。模試と期末の勉強がんばって、いっぱい遊ぶぞ!


 9時に授業が終わると美笛は迎えに来た父親の車で帰って行く。


「またLINEするね」そう言って手を振った美笛が教室を出るのを見送った。テンションは爆上がりしたままだった。

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