第17話

 チャリで◯○市の海沿いのK町まで行く。JRだと間に駅3つしかないのだが、坂が多いので途中で降りて押したりするので1時間くらいかかる。


 莉緒の両親がやってる美容室もK町の隣のC町にある。僕はチャリを立ち漕ぎしたり、降りて押したり、坂道をスピード出して下ったりして、K町に着いた。


 そのK町に虹公園というのがある。普通の公園なのにスケボーの練習用にハーフパイプがある。そんな公園滅多にない。


 半円形のバンクにある左右の坂を振り子のように上ったり下がったりする。

 

 そこに行けば翔人がいるはずだ。


 予想通り、ハーフパイプに翔人はいた。翔人は僕の姿を見つけると、パワースライドで減速して止まり、スケボーを抱えてハーフパイプから降りて来た。


「どうしたよ、亜土、突然来たりして」

「翔人がここにいる思ったから」と僕は言った。


「雪降ると出来なくなるからな。つか、なんかあったのか? 急にこんな所まで来て。スケボーでもしたくなったのか?」


「いや、そうじゃなくて、莉緒んちの美容室に行こうと思って」僕は嘘をついた。本当は翔人の顔が見たかったのだ。


「そっか。ちょうど途中にあるもんな、ここ」そう翔人が言った。

 そして、「亜土、暗い顔してるぞ。なんかあったのか?」と言った。


 たしかになんかあった。でも、そのなんかを今ここで話すことは出来ない。


「チャリで来たからかな。疲れたんだよ、坂が多いし」

「そうなんだ。それならいいけど」と翔人は言った後、「俺の華麗な技見て行くか?」と言った。

「うん、見せてよ」

「おう」


 翔人はスケボーをプッシュして坂を上がって行き、スタンスを決めると、反転して坂を下って来た。途中で前輪を上げたり、スケボーと一緒にジャンプしたり、技をおり混ぜてきた。


 すげえと思った。まだ始めて2年くらいだと聞いていたけど、やっぱり運動神経が良いんだなと思った。

 

 僕は翔人が繰り出すいくつもの技を食い入るように見ていた。時間の流れも忘れて。


 翔人がスケボーから降りて、それを抱えてハーフパイプから降りて来た。


「すげえな、翔人」僕は言った。

「こんなの、まだまだ素人だよ。X GAMESとか出てる奴なんか神だよ、俺から見たら」翔人がベンチに座ったので、僕も座った。


「そんなにすごいんだ」

「今度、YouTubeで観てみろよ。すげーから」

「うん、観てみるよ」


 少し間があって、翔人が「あのさ」と言った。

「どうした?」

「俺、高校行かないかも」

「えっ」


「親がうるさいから、受験するだけするけど、スケートボードを本気でやりたくて。みんな小さな子供の頃からボードをやってるからな。


中学入ってから始めたのってかなり遅い方だと思う。だからマジでやらないと。オリンピックに出るような選手だって14歳ぐらいの奴がごろごろいるしな」


「マジで?」

「ああ。スケボーをカスタマイズするのに金が足りなきゃバイトでもするし。だからそれ以外の時間はボードに打ち込みたいんだ」


「翔人はいいな」

「なんで?」

「夢があって」

「お前だってあるだろ」

「ないよ、なんも」

「なんもない方がいいだろ。これからいくらでも見つかるし」

「そういうもんか?」

「そうだよ」


 翔人はハーフパイプに戻って行った。

 僕は翔人が高校を行かないという覚悟を聞いて、そのプレイに心を揺さぶられた。

 

僕には何が出来るだろう。夢なんて見つかるのだろうか? わからない。


 結局、虹公園を出たのは7時近かった。もう11月の北海道は日が短くて、真っ暗だ。

 

 でもついでだから、莉緒の両親のやってる美容室を見に行ってみようと思った。


 チャリでC町まで行くと、寂れたシャッター街が見えて来た、ぽつんぽつんとやっているお店もあるが、ほとんどが錆びついたシャターが降りたままだ。


 僕は繁華街だった頃のC町を知らない。僕が物心ついた頃にはもう今みたいな感じだった。


 その通りの外れに明かりが見えた。ちょっとカフェみたいな白いおしゃれな建物が莉緒の両親がやってる美容室だ。


 店の横に自転車を止めて中を覗き込むと、莉緒のお父さんとお母さんが客用のソファーに座り、何か話していた。深刻な顔をしていた。


 なんだか入りずらくなって、帰ろうと後ろを向いた時に扉のガラスに背負ってたリュックがぶつかって大きな音がした。


 僕は思わず振り返ると、中にいたお父さんと目があった。すると立ち上がって歩いて来て、扉を開けてくれた。


「おお、亜土くん久しぶり。どうしたよ、今日は?」

「いえ、近くまで来たから寄ってみただけです」


 莉緒のお父さんは僕の髪を見て、「前髪伸びてきたんじゃないか、切って行くか?」と言った。


「いいです、いいです。お金も持って来てないし」

「いいよ、カットだけだからタダで。もう予約のお客さんもないし、閉めるつもりだったから、ついでにやってあげるよ」


 半ば強引に僕は美容室の椅子に座らされて、白いカットクロスを着せられた。鏡越しに莉緒のお父さんを見た。莉緒は目元がお父さんにそっくりだ。莉緒のお母さんが「汽車で来たの?」と僕に聞いた。

 北海道では電車のことをフツーに汽車という。


「チャリです」

「チャリで? 1時間くらいかかるでしょ」

「そうですね」

「じゃあ帰りはうちの車で送ってくよ。自転車はトランクに入るから」


「そうだな、今からN町まで帰るんじゃ、8時過ぎちゃうよ。ご両親も心配するんじゃないかな」と莉緒のお父さんが言った。


「でも、いいんですか」

「なんもなんも、これくらいしなきゃ、莉緒の勉強も見てもらってるんだし」

「でもお金もらってるから」


「あんなの家庭教師付けたら、その3倍は取られるって。ありがたいと思ってるよ」と莉緒のお父さんが、僕の後頭部を指で押さえながら言った。


 僕が「莉緒、あさってから検査入院ですよね」と言った。一瞬、お父さんの顔が曇るのを鏡越しに見てしまった。


「あ、うん。ちょうど火曜日で店が休みでちょうど良かったけど」お父さんはそう言いながら、なんだか心ここにあらずな感じがした。


 そして僕の髪を切りながら、「亜土は莉緒の幼なじみだから、言っておいた方がいいかな」と言った。

「莉緒、また手術しなきゃいけなくなるかもしれないんだ」

「本当ですか」


「うん、慢性心不全になって、心臓の機能が落ちて来てるんだよ。今はなんとか持ちこたえてるけど、次に何かあったら莉緒の心臓はもうもたないかもしれない」


 莉緒の心臓は、20歳まで生きられない31%の方に入ってしまったのか。


「それを莉緒は知ってるんですか?」

「知ってる。だからその前にみんなでうちでパーティーしたいって」

「それでハロウィンパーティーしたんですか」


「莉緒は莉緒で悩んでる。いつも明るく見せてるけど、それが俺にはつらいんだよ。弱音はいてもいいのに、絶対はかないから」


「そうですね」

「だから亜土くんにこれからも莉緒と仲良くしてて欲しいんだ。俺たち親にははかない弱音も、亜土くんには言うかもしれないから」


 僕はこれは聞いてはいけないのかもしれないのだけれど、どうしても聞かずにはいられなかった。


「もし何かあったら莉緒はどうなるんですか?」

 鏡越しのお父さんは少し黙って僕の髪をカットしていた。そして言った。


「心臓移植が出来たら、20歳過ぎても生きられるようになるはずだ。登録もしてあるから、提供者の順番待ちなんだ」

「心臓移植って、大変な手術じゃないですか。万が一失敗したら莉緒はどうなるんですか?」


 お父さんは鏡越しに、つらそうな表情をしただけで、何も言わなかった。

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